74話 知りたいこと
黒川氏夫婦と立花編集長のところで話を聞いた後、天十郎は一人になりたがった。
【数日後、一人で天十郎が帰って来た】
夏梅は「お帰り~」といつもと変わらずに挨拶して「蒲は?」と聞いた。天十郎が「営業。少し蒲にも、仕事をさせないとね」とやさしく答えると、笑いシワができるほど、くちゃくちゃの笑顔をみせた。
子供が生まれてから、夏梅、本来の笑顔を天十郎にも見せるようになってきた。いつものように、子供達は誰が好きかという言い争いで、二人でひとしきり騒いだ後に、日咲と玉実が不在である事を確認した、天十郎が夏梅に話しかけた。
「塁ってどんな奴だったの?」
突然の質問に、夏梅は不安そうな顔をしたが、「私と塁だけの話を、誰とも共有したくないけど」そういいながらも、重たい口を開いた。
「塁はね、いつも後ろの席にいた。私は旧姓保田。塁は真間だから、名前順で並ぶと必ず私の後ろにいたのだ。今は亜麻夏梅だけどね」フッと悲しげに笑ったが、僕の話をしている夏梅はとても嬉しそうで、二人だけで暮らしたわずかな日々のようだった。
「私が後ろばかり見るから、先生はいつも怒ってばかり、塁を前の席に移したら夏梅は、前を向くのかって言われていた。消しゴムも借りた。鉛筆も借りた。教科書も…」
「教科書を借りたら困るだろ?」
「でも、塁は何でも貸してくれた。天ママみたいにおしゃべりじゃなくて、私に、自分の気持ちを「悲しいぞ」「嬉しいぞ」「複雑だぞ」って教えてくれる。時々、飛行機の話や機関車の話をしてくれた。どこで、どんな飛行機が飛んでいるのか。どんな機関車が走っているかって、少しもわからなかったけど、夢中で話してくれるの。それを聞いているのが嬉しかった。楽しかった。本当に塁がいれば楽しかった。黙っていても、そっぽを向いても楽しかった。居なくなったとたんに、なにも楽しくないの。笑うのだけど、笑い声が、体の中であちこちにぶつかりながら落ちて行くのがわかる。どっか別次元に吸い込まれていくようで、あの時のように心が弾まない。パパやママが死んで独りぼっちになっても、塁の顔を見れば楽しかったし、怖い事は、なにも感じなかった。でも、塁がかくれんぼした瞬間に、呼んでも返事がなくて、それが暗くて怖くて、悲しくて全部ぐちゃぐちゃになった。塁も今の私を見て「悲しいぞ」って言っているかな?そうだといいな。私と一緒の気持ちだといいな。そう思うの」
「悲しいぞ」僕は頷きながら夏梅の頭をなでた。
【夏梅は気が付いたように】
真正面から天十郎を見て「今日はどうしたの?」と真顔で聞いた。
「おかしいか?おかしいよな、いや、この間、家に帰っただろ?」
「うん?」
「だからさ、寂しいのかと思って、夏梅は寂しいのか?」夏梅が驚いて天十郎の顔を見た。夏梅同様に僕も驚いた。
今までに夏梅の事を気遣う事は一切なかった。今日の天十郎のベクトルは表立って完全に夏梅へと指している。
「どういうこと?」
「塁が一番だろ?」
「うん」
「塁に会いに家に帰っているのだろ?」
「うん」
「黒川氏夫婦になぜ夏梅が帰りたがるのか聞いた。あのソファベッドの事も…」と天十郎は夏梅の顔を覗き込んだ。
「そう」何か感情が揺らぐと思ったが変化はない。
僕はそんな夏梅が心配になった。自分の意志のないところで男たちに追い回されている時の顔に似ている。夏梅は脅かされていると感じていると思った。とっさに夏梅を抱きかかえた。
「聞いて悪かったかな」
「いや、いいよ」夏梅は天十郎が何を聞きたいのか、問いたださない。
【夏梅は何を思っているのだろう】
少し時間をおいて天十郎がボソッと聞いた
「夏梅さ、SEXって嫌いだろ?」
「SEX?好きな人とのSEXは好きだけど、望まないSEXは嫌い」
「ふーん、当たり前っぽいな。女性って好き嫌いの問題なのか?SEXを演技している女性が多いっていうでしょ」
「演技って、オルガスムスの事?」
「そうだな」
「聞きたい意味がよくわからないけど、そもそも、その質問にどんな意味があるの?わからないな。人によるでしょ?知ってどうするの?性別に関係なくSEXは、相手が嫌だと思えば成立しないし、求めるものが違えば、答え合わせをしても、正解しないよ。私は私の事しか、わからない」
「じゃ、夏梅の事を聞いていい?」
「げっ?」




