21話 質流れ?
ポートレートの作成から進展はなく、日々が過ぎた。天十郎は出かけることなく毎日、料理、洗濯、掃除、家事全般をすべて引き受け、楽しそうに過ごしている。そんな中、だてメガネの黒川氏夫婦と釣りに出かけていた夏梅が、鼻の穴を大きく膨らませて、文句をいいながら帰って来た。
黒川氏夫婦とは、子供の頃から知り合いだ。親同士が知り合いで、僕らに釣りを教えてくれたのも、黒川氏夫婦だ。
船釣りは、貸し切りと乗合がある。人数がそろえば貸し切りで、船を借りて沖合で釣りをするのだが、今回は乗合の為に人数合わせは必要ない。それに五目釣りなので、コマセを籠に入れ、海底に落としてしゃくりあげながらリールを巻く釣り方は夏梅一人でも問題なくできるし、黒川氏夫婦がついていれば大丈夫だと安心していたのだが…。
【玄関先で】
釣り用の合羽をうまく脱げず、クーラーを蹴とばしている夏梅に、蒲が近づいた。
「釣果は?」
「アジ五本」
「それだけ?」
「坊主じゃないからいい」
「五目だしな」
夏梅の機嫌がとても悪い。
「なんだよ。海臭い」天十郎がやって来た。天十郎を見ると夏梅は
「それ!聞いてよ。壊れたレコードみたいに、だれもかれも近寄って来て同じことを言う。最後には今度会うとき迄に預けて行きます?私は荷物預り所か?」夏梅はかなり怒っている。
「嫌~参った」
遅れて、黒川氏夫婦が玄関に入って来た。大きな袋を持っている。広めの玄関ホールがとたんに混みあった。
「こんにちは!先日はどうも!」天十郎があいさつした。
「これ、夏梅ちゃんの」
日美子さんは大きな袋を指さした。天十郎は袋が気になっているようだ。
「いらない、私、預かった覚えがない」
「またか」
「最近、又一段とレベルアップしてない?」
蒲が笑いながら夏梅に尋ねた。
「そうかな?」
「就航前から大騒ぎ」黒川氏が笑っている。
「十名のうち、私と夏梅ちゃんのほか、もう一人女性がいたのに、うちのを除いて六名全員が隙あれば夏梅の隣にすわり、預かったものがこれらだよ」
大きな袋を日美子さんが差し出した。
「そんなもん受け取るなよ。二階の納戸がいっぱいだよ」
蒲が袋を蹴とばした。
「そんなにたまったの?またフリーマーケットに持って行くわよ」
日美子さんが元気に答えた。
「処分するのですか?」
天十郎が日美子さんと袋を見ている。日美子さんが
「天十郎さんはファンからもらったプレゼントをどうしているの?」
天十郎に聞くと少し考えて、「ほとんど、事務所が管理をしているよな」と、答えると突然に夏梅が袋を蹴とばし、プリプリしながら
「おい、それ!聞けよ。私はね、プレゼントじゃなくて預けて行くの。違うの、まったく違うのよ。みんな預けて行くの」
「預けるって?」
天十郎はみんなに聞いた。黒川氏夫婦と蒲が、困ったような顔して笑っている。
「みんな、貴方に預けます。またお会いするときまで持っていてください。何なの?なぜ、なぜに置いていく?もう二度と会う事はないのに、どうして自己主張するわけ?まったく、けち臭い。くれたらいいのに、くれたら捨てられるのに、預けると言われると捨てられないじゃない。大体、なぜ無料で預からなくちゃいけない訳?」
夏梅はふくれている。
「質流れも三か月くらいだから、無償で預かっているから、こっちで処分しても文句は言えないよ。大丈夫だよ、誰も取りに来る勇気は、ないさ」
蒲が、言ってこちらをみた。
「ああ、その場限りだからな」と僕が答えた。天十郎は不思議そうな顔をしている。
日美子さんがそれをみて、
「天十郎さん、聞いてよ。狭い釣り船の上で、私たちが追っ払っても、追っ払っても次から次とやって来て、釣りどころじゃないわよ」と、ため息をついた。
「ゆっくり釣りがしたいのに」夏梅が半泣きだ。
「まあ、それしか出来ない」蒲が馬鹿にしたように付け加えた。
「天十郎、お前、稼いで仕立てに乗せてやれよ」
「仕立てって?」
「貸し切りの事」
「釣り船を借りる事?どれくらいの金額?」
「一回十万円以上だろ」
黒川氏が答えると、天十郎は叫んだ。
「嫌だ。お前が釣りをやめろ」
「それ嫌い!」と叫ぶと、リビングの自分のソファベットに逃げ込もうと駆け込んでいった。
「夏梅がさっきから言っている。それ?というのは天十郎さんの事?」
日美子さんが小さな声で蒲に聞いた。蒲は頷いた。




