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02

 幸い、鍵は開いていた。だからセシリアは中へおそるおそる足を進める。室内は薄暗く空気も淀んでいるが、セシリアはかまわず奥まで行き、お目当ての場所でしゃがみ込んだ。


 手が汚れるのも気にせず灰や炭、燃えた木屑などを掻き分けていく。


 もう処分されているかもしれない。でも、自分の予想が正しければここにあれがあるはずだ。そこでセシリアの手にわずかに硬いものが触れた。取り出して縁をかたどるようにそっと触れる。


 外の方へ向いてわずかに差し込んでくる光にかざすと、ほのかに姿を現したそれは真っ黒で、元の輝きはまったくない。しかし形からセシリアの予想していたもので彼女は大きく目を見開いた。


「セシリア?」


 開いたドアの隙間から人影が現れる。セシリアはその人物とまっすぐに対峙した。


「いったいどうしたの?」


 驚いた声はここの持ち主の者だ。セシリアは静かに答える。


「ワインの出来を聞きに来たんです」


 訳がわからない顔をする相手にセシリアは一度唇を噛みしめてから、静かにそしてはっきりと告げた。


「……先生、やっぱりあなただったんですね。アスモデウスの正体は」


 テレサ・ブルートはいつも通り、医師の象徴である黒いコートを羽織って、灰色がかっている瞳をまん丸くさせた。


 彼女はすぐに微笑む。


「なにがあったの、セシリア。急にそんなことを言いだして」


「半年前、あなたが所見したクレア・ヴァッサーは定かではありませんが、少なくともその後、ドュンケルの森の入口付近で発見されたカルラ・ヴィントとレギーナ・ルフト、そしてホフマン卿の令嬢ディアナの死にはあなたが関係しているのでしょう」


 テレサは怒るどころか、顔には笑みを忍ばせたままだ。


「私が彼女たちをドュンケルの森で殺めたとでも?」


「いいえ。彼女たちはここで亡くなったんです。その後、わざわざドュンケルの森の入口付近に運ばれた」


 セシリアの物言いは断定的だった。テレサはわずかに肩をすくめる。


「どうしてそんな面倒なことを? そもそも彼女たちをここに連れて来るのだって……」


「連れて来ていません。彼女たちは自分の意志でここに来たんですから」


 テレサの言葉を遮りセシリアははっきりと告げる。


「そして亡くなった後、荷車に載せられ、あなたの手で運ばれた」


「なるほど。私は荷車を持っているし、あそこらへんで引いていても誰も不審に思わないでしょう。でもそれこそ本末転倒よ。いくら私が年齢の割に元気で筋力があっても、大人の女性一人、あの古い車輪が耐えられるか……」


「ええ。だから私もあなたではないと一度考えを否定しました」


 説明は不要だと言わんばかりにセシリアは言葉をかぶせた。そしてひと呼吸忍ばせて続ける。


「ですが、不思議だったんです。どうしてディアナ嬢だけが、あからさまに人為的な死だとわかる状態になっていたのか。今までの被害者はすべて事故で片付けられたのに」


「そうね、不思議だわ」


 言葉とは裏腹にテレサの声には感情が乗せられていない。笑みを浮かべている顔にもだ。


「あれこれ仮説を立てて、考えを逆にしたんです。ディアナ嬢の場合はそうせざるを得なかった。着衣の乱れ、髪を切る。そして彼女は、いつも身に着けている大切なボレロを着ていなかった」


 セシリアはテレサをじっと見つめ、問いかける。疑問ではなく確認として。


「少しでも彼女の身を軽くしようとしたんですよね。彼女は他のふたりよりも女性としてはやや長身でしたから」


 テレサの表情がほんの刹那、崩れた。おかげで続けられた言葉もどこか早口だ。


「待って。たかだか服や髪を切った程度では」


瀉血(しゃけつ)


 セシリアの口にした言葉にテレサの顔が今度こそ強張る。


「血を抜いて悪いものを出す治療法です。美容にもいいんだとか。あなたは彼女たちに瀉血を行っていたのでしょう? 兄の残した手記で読んだんです。中が空洞で体内に液体を注入できる針が異国で発明されたと。あなたはそれを使って逆に血を抜いた」


 血を抜けば、体が軽くなった気がする。肌が白くなるのは貧血で青白くなっていただけだ。しかし、彼女たちは少しでも細く美しくなるのを望んでいた。


『先生には簡単なことよ』


 美容法を聞いたジェイドに対するドリスの返答。あれも辻褄が合う。医師の彼なら瀉血を行おうと思えば自分でもできるはず、そういう意味だったのだ。


「彼女たちの遺体は血を極限まで抜かれていたんです。亡くなった原因もそれでしょう。だから目立った外傷がなかった。死斑が薄いのも無理ありません。その状態だからなんとか荷車に載せて運べたんです」


 人形のような冷たさだけを瞳にたたえているテレサはいつもとはまるで別人だ。セシリアは説明を続けた。


「遺体発見時、いつも雨が降っていたのも偶然じゃない。そのタイミングをあなたは狙っていたんです。発見された遺体が、あまりにも軽いと彼女たちの亡くなった原因が発覚してしまう。だから衣服や髪が水分を吸って重くなった状態で発見されるよう試みた」


「私は雨の予言までできてしまうのね」


 皮肉めいた言い方にセシリアは答える。


「ヴェターという花なんですね。最初、この家を訪れたとき、庭に咲いていた濃く青い花が、次に訪れたときは薄い水色だった。あの花は雨が降る前に色が変化すると聞いています」


 一見、そこら辺の野草と間違えそうなほど花に特徴はない。だからあまり気に留めていなかったが、訪れたときで色が異なっていたのを思い出した。


 おそらくあのときディアナの遺体はすでに荷車に載せられていたのだ。ドリスの家から戻り、セシリアやジェイドと別れてから、雨が降りそうなタイミングで遺体を運んだのだとセシリアは踏んでいる


「ドュンケルの森の入り口付近に遺体を放置したのもベテーレンの花があるからです。人目にもつかず、獣に遺体を荒らされる心配もない。襲われて出血量の少なさなど疑われずにすみますからね」


 そこでテレサは口角をにっと上げた。いつもの朗らかさはなく妖艶なものだった。


「おもしろいわね、あなたのお話。でもすべては仮定よ」


「ええ。だから確証が欲しくて今日、ここに来ました。そして、これを見つけたんです」


 セシリアは今さっきここで見つけたものを前に出す。黒く焦げた小さな骨組みのようなものだった。


「それは?」


「ディアナ嬢のボレロにあしらわれていたホフマン家の徽章です。二本の牡丹(ピオニー)をかたどっています」


 テレサが一瞬、眉を寄せる。あきらかな動揺だった。 


「初めてここを訪れた際、私は暖炉の炎が一瞬、緑に揺らめいたのを見た。見間違いかと思いましたが、そうじゃない。これは銅糸でできています。炎色反応。おそらくあなたも消毒液にアルコールをいつも利用している。その手で触れた銅が炎に反応したのでしょう」


 セシリアはかざしていた徽章をそっとしまった。そしてテレサを見据える。


「あなたはディアナ嬢と面識がないと言っていた。なのにどうして、ここにこれがあるんですか? 本物かどうかはホフマン卿に問い合わせればすぐにわかります」


 追い詰める眼差しにテレサは大きく息を吐き、わざとらしく肩をすくめた。


「参考までに聞かせて。どこで私が怪しいと思ったの?」


 認めたテレサの物言いにも、セシリアの気はまったく晴れない。逆に自分の推測が当たってしまったことが物悲しくもあった。

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