02
『あなたの言い分、とっても素敵だけれど、諦めるのが前提みたいな言い方だから。そこは私が幸せにしたい!ってならない?』
ルディガーに幸せになって欲しいと願っている。けれど、やっぱり自分が幸せにしたいとは願えない。それは別の誰かの役目だ。
『でも帰る場所があるのは幸せだよ』
『シリーの家族は俺の理想だよ』
スヴェンやライラをルディガーは穏やかな顔で素敵な夫婦だと話していた。彼が求めている家族は、妻は自分の母やライラみたいにおとなしく家で帰る場所として待っている存在だ。
いつも明るくて笑顔のライラは女性のセシリアから見ても可愛らしい。あのスヴェンを変わらせるほどの魅力が彼女にはあり、一緒にいると癒されるのも伝わってくる。
ルディガーと婚約していたエルザだって、美しくておしとやかで女性としても妻としても申し分ない。でも、自分は彼女たちみたいにはなれない
「一番ではなくてもいいんです。どんなときでもそばで支えて、この身を盾にしてでもあの人を守る。あの人の大切なものも一緒に守る覚悟はできているんです」
強く言いきった後に降りてくる静寂は耳鳴りを起こしそうだった。冷静になり、国王陛下の前で感情的になってしまった自分を恥じる。
己の未熟さをこんなときにも思い知り、セシリアは慌てて取り繕おうとした。しかし、セシリアが発言するよりも先にクラウスがセシリアの頭に手を置いた。
「悪かった。少しあいつに肩入れしすぎて、お前の気持ちを考えていなかった。公平じゃなかったな」
すぐに手は離れ、クラウスは困惑気味に微笑みセシリアに言い聞かせる。
「俺の言ったことは忘れろ。お前はお前の信念を貫けばいい」
クラウスの言葉がざわついたセシリアの心にすんなりと落ちてくる。セシリアは素直に頷いた。
「……はい。ありがとうございます、陛下」
「なに、あいつが決着をつける問題だからな。外野はおとなしく高みの見物といくさ」
意味がわからず尋ね返そうとしたが、やはりクラウスはマイペースに話を振ってくる。
「で、お前は連日寝る間を惜しんで、ここでなにをしているんだ?」
自分が書物庫に通い詰めているのさえ知られていたらしい。おそらく一連の事件に関しても王の耳には入っているのだろう。
「アスモデウスに関しての情報を集めているんです。どこまでが正当な伝承で、どこまでが今回の件で新たに加えられたものなのかをはっきりさせようと思いまして。他にも調べものがいくつか……」
「なるほど。それで、どうだったんだ?」
セシリアは暗がりの中でわずかな明かりを頼りに、持っている本に目を走らせると報告口調でクラウスに告げる。
「アスモデウスが美を司るという話は見つけました。一方で青年に化ける、現れたら雨が降るといった類の話は探した限りではありません」
アスモデウスは蛇になるという話もあるが、これは悪魔や魔神が人を誘惑する際に変わる姿としては一般的なので、曖昧だ。
クラウスは自嘲的な笑みを浮かべる。
「伝承などいい加減さ。そこに誰かの意志が加わり、あたかも真実のように語られる。それを多くの人々が信じ、また語り継がれていく。この国に伝わる伝承でさえ……」
「どうされました?」
クラウスが不意に言葉を止めたので、セシリアは思わず尋ねた。洋灯の明かりに照らされた彼の顔は感情が読めず、代わりに端正さを際立たせている。
クラウスはなんとも言えない面持ちで軽く頭を振った。
「いや。とにかく噂も伝承も自然に生まれたものもあれば、誰かがなにかの意図で広めた場合もあるってことだ」
「意図、ですか」
おうむ返しをするセシリアにクラウスは不敵に笑った。
「そう。例えば……不都合な真実を隠すために、とかな。伝承のせいにすれば、理由は必要ない。楽なものさ。ただ、火のない所に煙は立たぬとも言うが」
その発言でセシリアは先ほどから気になっていた件をようやく口にした。
「ところで、陛下がお持ちの洋灯の炎は、なにか加工されているのですか?」
セシリアの問いにクラウスは置いてある洋灯に視線を移した。洋灯の中の炎は、よく見ると一般的な炎より黄色がかったものだった。
「ああ。これは特殊仕様な造りなんだ。簡単に言えばアルコールで火を灯しているところに塩が反応しているだけさ。炎色反応を利用している」
その単語には聞き覚えがある。たしか兄の持っていた錬金術の書物で読んだ記憶がある。実物を見るのは初めてだ。
「なんなら赤や緑の炎も見せてやろうか?」
余裕めいたクラウスにセシリアは苦笑する。しかし次の瞬間、炎がふっと消えたかのようにクラウスの表情は真剣なものになった。
「セシリア」
真正面から名前を呼ばれ、セシリアは王をまっすぐに見据えた。
「ルディガーの大切なものの中にはお前も含まれているんだ。ルディガーを思うなら自分も大事にしろ。副官とはいえ、ひとりで抱え込みすぎるなよ。いい具合に使ってやればいいんだ」
国王陛下ならいざ知らず、さすがに自分が上官を使うという表現は違和感がある。セシリアの顔色を読んだクラウスは気にせずに続けた。
「事実だろ。お前のためならあいつはそれこそ火の海にでも飛び込むぞ」
それは遠慮願いたい。相変わらずクラウスの物言いは、本気と冗談の境界線がわかりにくい。不安げな色を浮かべたセシリアにクラウスはかすかに笑った。安心させるような表情だ。
「少なくとも俺が国王でいる間は、お前が心配しているような事態は起きないし、起こさせはしない。だから安心しろ。あいつを頼む」
クラウスの言葉を受け、セシリアもようやく笑う。そして静かに目を閉じて答えた。
「……はい、陛下。謹んで」




