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01

 夜警団の仕事を終え、夕飯や湯浴みを済ませてからセシリアは自室に戻った。城に駐在する団員の食堂や寝所などの生活空間はほぼ一カ所にまとめられている。


 セシリアはアードラーの副官として一人部屋が与えられ、場所も国王陛下もといアードラーの自室のそばだった。


 他の団員は城の内外を含め、昼夜交代で見張りを務める任務があるが、基本的にアードラーの副官であるセシリアにはない。


 そういったのも関係している配置だ。ただし任務次第では真夜中だろうとかなり不規則になる場合もある。


 夜の帳がすっかり下りた頃、セシリアは夜着から団服に着替え、そっと部屋を抜け出した。向かうのは城の書物庫だ。


 蝋燭を光源とした洋灯を持ち、暗い廊下を極力気配を殺して前に進む。


 ディアナが亡くなってから連日、セシリアは決まってこの時間帯に書物庫へ通い詰めていた。途中、見張りの団員とすれ違い、軽く挨拶を交わすなどして目的地を目指す。


 大きな両開きの重厚な扉には鍵がかかっているが、鍵は拝借済みだ。めったに人が訪れないので、見張りの者もいない。


 大きな音を立て錠が外れる。ゆっくりとドアを開けば、埃とカビ臭さが鼻を突いた。それを無視して迷路のような棚の隙間をくぐっていく。


 途中、部屋に備え付けの燭台に明かりを灯していき、部屋を徐々に照らしていった。


 ここには古今東西の図書の他、城の古い歴史書や資料など膨大な書物が収められている。


 ある棚の前でセシリアは歩みを止め、洋灯を片手に本に手を伸ばした。昨日の続きだと確認し、洋灯を棚に置いて文章に目を走らせる。


 静寂のおかげで本のページをめくる音、炎がジジジと燃えていくのさえよく響く。セシリアがすっかり集中しきっているそのときだった。


「随分と熱心だな」


 反射的に懐に隠していた剣を抜こうとしたが、すんでのところで思い留まる。意外な人物にセシリアは自分の目を疑った。


「陛下……」


 まったく気づかなかったのは自分の至らなさか相手が上手(うわて)だったからか。


 そこには、洋灯を手に持ったアルノー夜警団の総長(グランドマスター)であり、アルント王国の現国王クラウス・エーデル・ゲオルク・アルントの姿があった。


 ルディガーやスヴェンと同じ齢二十六にして、いかんなく手堅い政治手腕を発揮し国を治めている彼は誰が見ても有能だった。


 さらにその外貌も一際目を引く。無造作だがサラサラと流れる金の髪に癖はなく、前髪の合間から覗くのは思慮深さを思わせる鉄紺の瞳だ。


 今は深藍のジュストコールは身にまとっておらず、白い襟付きのシャツに黒いズボンと年相応の青年の格好だ。しかし、どんな身なりをしていても国王として放つ雰囲気はどこか威厳がある。


 セシリアはすぐさま跪き頭を下げた。


「どうされました? なにか必要なものがありましたらお申し付けください。お持ちいたします」


 かしこまった固い声に対し、返ってきたのは小さなため息だった。


「面を上げて楽にしろ」


 セシリアはぎこちなく顔を上げる。クラウスは細工の施された洋灯を棚に置き、本棚の柱に背を預けると軽く腕を組んで楽な姿勢を取った。


「とくに用はない。ただいつも国王陛下でいるのも疲れるときもある。俺だってたまには、ひとりになりたいんだ」


「ならば……」


 自分がここにいては、クラウスの意に反する気がしたが、セシリアの立場を考えると、素直に彼をひとりにさせるわけにもいかない。


 身の振り方を迷っていると、クラウスはセシリアの気持ちなどまるで無視して、唐突に話題を振ってきた。


「ルディガーを振ったんだって?」


 さらりと落とされた爆弾に、セシリアは一瞬頭が真っ白になった。クラウスはおかしそうに笑みを浮かべたまま、セシリアの反応を窺っている。


 そして目を瞬かせながらも膝を折った姿勢で固まっているセシリアに、クラウスはおもむろに手を差し出した。


 セシリアは迷いながらも彼の手を取る。これでふたりを包む空気が昔馴染みのものに切り替わった。


 昔から国王になるべくして育てられたクラウスはルディガーやスヴェンに比べると接点は少ない。しかし彼の纏う雰囲気がそうさせるのか、誰よりも俯瞰(ふかん)し余裕たっぷりの態度がセシリアは嫌いではなかった。


 セドリックが亡くなった際、王家として責任を感じたクラウスが自分と自分の家族を気にかけてくれたのも大きい。前アードラーである父は、その地位を退いてからは国王陛下の護衛として就いている。


 立ち上がったセシリアは訝し気に尋ねた。


「あの人、なにか言ってました?」


「いや?」


 笑いながら否定されても、あまり説得力はない。とはいえクラウスに隠し事は出来ない。これは兄が生きていた時からの暗黙の了解だ。


「結婚くらいしてやったらどうだ? 所詮は紙切れ一枚の話だろ」


 アルント王国では結婚の際に絶大な効力を発揮するのは、神への誓いでも、結婚式を執り行うことでもない。王の署名が入った宣誓書が絶対だ。


 書類に国王のサインがあれば夫婦として認められ、それは離縁するときも同じだった。


 だからといって、結婚が簡単なものだと軽んじられているわけではなく、この国では神よりも王の方が人々の崇拝する象徴であり、絶対的な力の強さを物語っているからだ。


 黙り込むセシリアにクラウスは畳みかけた。


「どうせお前もルディガーから離れる気はないんだろ。あいつだって」


「嫌です」


 セシリアはきっぱりと言い放つ。国王陛下の話を遮り、ましてや反抗など不敬罪もいいところだ。セシリアは視線を落としつつも、早口で続けた。


「きっとあの人は結婚しても、子どもができたとしても、大事な家族をおいて陛下の命令や国のためならどんな危険な場所へだって赴く。そのときにもう待つだけなのは、願うだけなのは嫌なんです」


 珍しくも必死さが込められている声だった。


 セドリックのときに思い知った。無事を願うだけで、なにもできなかった自分。剣の腕をいくら磨いても、それだけでは意味がない。

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