3 スタートね
……あれ? 俺寝てた? 今何時だろ……。時計……って9時!? やべーやべーやべーよ会社に遅刻する……って、ここどこ? ……あっ。そうだった。今エンドレスにいるんだった……。
寝ぼけヅラを引っ提げ、部屋の中を移動する。すると、どこからか音が聞こえてくる。音の聞こえる方へ行ってみると、ルーカスがソファーに座り、テレビを観ていた。
「……ルーカス?」
「ん? ああ、おはよう。よく眠れた?」
「なんか、布団の上に倒れてたらいつの間にか……」
「そうか。とりあえず、服を適当に持ってきた。気に入らなければ、後で1階に行って、自分で好きな物選んでくるといい」
「ああ、ありがとう」
ルーカスから渡された服に着替える。……なんだ、Tシャツに書いてある、この変な絵……。
「……着替えて……きた」
「そうか。朝食は、食堂もあるし、食べ物を売っている店もある。好きなところで食べるといい。案内しよう」
「いや、俺、朝食わないんだよね」
「そうなのか。でも、昨日の夜食べてないだろう? なんか軽く食べたらいい」
「ああ……そういえばそうだった。んじゃあそうする。案内してくれんの?」
「いいよ。行こう」
ルーカスに案内され、2階にあるという食堂へ向かう。この広さじゃ、慣れないうちは1人で行動するのは迷子コースになりかねない、と歩きながら思った。
「なあルーカス」
「どうした?」
「なんか、頑張って人集めてるみたいだけど、普通に募集したほうがいいんじゃない? めんどくさいって言ってるけど」
「今募集したって、来るかどうか」
「なんで?」
「最近、世界連合の連中が、エンドレス同様新たな巨大宇宙船を造っている。もうほぼ完成していて、そのうち世界にお披露目会でもするだろう」
「……それが?」
「人間ってのは、なにかと新しいものに夢中になりやすいのさ。今、その新しい宇宙船のクルーを大量募集しているから、そっち行くんじゃない?」
「いやでも、エンドレスに憧れてる人だってたくさんいるっしょ」
「まあな」
「だったら、募集かければいいじゃん」
「……俺はさ、思ったんだよ。やっぱり、自分のチームぐらいは、自分が心からいいと思えるヤツらで構成したいって」
「え? なんの話? ……チーム人数が少ないのと、なにか関係があんの?」
「どうだかな」
そうこうしているうちに、食堂へ着いた。空いている席に座り、メニューを見る。結構種類があるな……。
「決まった?」
「あ、んじゃあお茶漬けで」
「わかった。頼んでくる」
思えば、宇宙に来て初めての飯だ。初宇宙飯だ。その初めての飯が、お茶漬けでよかったのだろうか……。
「あら、篠前さんじゃない」
後方から声をかけられ、後ろを振り向く。するとそこには、アンナさんが居た。
「えっと……アンナ……さん? 朝飯食いに来たんすか?」
「ええ。貴方は1人で来たの?」
「いえ、ルーカスと一緒に」
「そうよね。1人ではまだ迷うでしょうし」
アンナさんも、朝食を注文しにカウンターの方へ行った。その様子を見ていると、注文をして料理が出来るのを待っているルーカスも、アンナさんが来たことに気づいたらしい。2人は、出来た料理を持ってきて、俺のところへ戻ってきた。
「はい、お茶漬け」
「サンキュー。ルーカスは紅茶?」
「せっかくだからな」
「アンナさんは……パ、パフェ?」
「ええ」
朝から……しかも結構な量……。その光景を見ていると、アンナさんは上着のポケットから、なにかのサラサラした液体が入った瓶を取り出し、それをパフェにかけ始める。
「なんすか……それ」
「これ? 『甘い液体』よ」
「甘い……液体……?」
アンナさんは「甘い液体」がかかったパフェを食べ始める。見ているだけで、胃もたれしそうだ。
「じゃ、じゃあ……初宇宙飯、いただきます」
このまま黙って見ていると、それだけで腹がいっぱいになりそうなので、俺もお茶漬けを食べ始める。
「……うん。なんか、すごい普通……」
「そんなもんだ」
「そうね」
「そうなんだ……」
特に代わり映えのない味にがっかりしたほうがいいのか、あるいは地球と大した変わらないことに安心したほうがいいのか。いずれにせよ、初宇宙飯としては、もう少し感動的なものがあっても良かったかもしれない。
「廻、それ食べたら艦長のところに行くか。まだ挨拶してないし」
「あ、わかった。……ていうかルーカス、砂糖入れすぎじゃない?」
「大丈夫だ。手軽な糖分補給してるだけだから」
「あぁ……」
少なくとも、今、この糖分が渦巻くテーブル状況の中では、お茶漬けは食うべきじゃなかったと思った……。
朝食を食べ終えたので、艦長のところへ挨拶をしに行く。ルーカスに連れられ、4階にある艦長室の前に着く。やはり、艦長といったら、厳格な人なのだろうか。ちゃんと気持ちを入れなきゃな。ビシッと。
「さぁ、艦長室の前に着いたぞ。準備はいいか」
「ああ」
新入社員だった頃の気持ちを思い出しそうだ。くれぐれも失礼にあたらないようにしなくては。
「艦長、失礼します」
ルーカスがドアをノックし、艦長室の中に入る。ルーカスの後を追い、俺も中に入る。あぁ、ドキドキしてきた……。
「艦長、おはようございます」
「ん? ルーカスか。おはよう」
艦長室に入ると、1人の男性が椅子に座ってなにやら作業をしていた。
「艦長、見てください! ようやく1人見つけました。地球から連れてきた、篠前廻です」
「あっ、篠前廻です。よろしくお願いします」
「そうか。私は、クエンティン・ガーネット。よろしくな、篠前」
「は、はい」
見た感じ、若そうに見えるな。でも、雰囲気とか、喋り方とかが、なんというか……、想像通りの艦長って感じだな……。
「ルーカス」
「はい」
「良かったな」
「良かったです。ホントに」
「でも、こんなペースじゃ、フルメンバーになるまでは、まだまだかかりそうだな」
「そうなんですよねー……」
「篠前」
「は、はい」
「ルーカスに振り回されて、大変だったろう?」
「あ、いや……まぁ……そうですね」
「振り回してなんかいないですよ?」
「(嘘つけ!!)ははは……」
「……フッ。篠前、ルーカスとはこれからも長い付き合いになるだろうから、仲良くやってくれよ」
「あ、はい。任せてください」
「お、任せたぞ」
「任せろ」
「大丈夫そうだな。2人とも行っていいぞ」
「はい、失礼します」
「失礼します」
艦長に一礼をして、艦長室を後にする。思いのほか、緊張は酷くなかった。
「どうだった?」
「良さそうな人だな」
「一応、副長もいるけど、そっちは機会があればでいいかな」
「いいのか?」
「いいんだ。じゃ、とりあえず部屋に戻るか」
ルーカスと共に、その場を後にする。
2人が去ったあと、艦長室に居るクエンティンは、新しく1-Aに入った廻の様子を思い出し、これから起こるかもしれないある事について、思いを巡らせていた。
「ルーカスが選んだ彼なら、『もしも』が起こっても、適応出来るだろうか……。どう思う? ベルンハルト」
ベルンハルトと呼ばれた男性は、艦長室の奥にあるソファーの上に寝そべっていた。その状態のまま、艦長のクエンティンに言葉を返す。
「『もしも』なんて~、来ないのが1番楽っすよ~」
「まぁ、そうなんだけどな」
クエンティンは深く息をつき、椅子にもたれかかり、窓に映る外の景色を憂い気に眺める。