私の我儘
ひらひら、ふわり。
わたあめのように一つ一つは軽く、人肌に触れれば消えてしまう。
けれど、時間をかけて降り積もったそれは世界を白く覆っていた。
「雪かぁ。私、寒いの苦手なんだよね」
空色のワンピース一枚だけ、防寒着も着ず、素足で立っている少女。
長く伸ばされた空色の髪が冷たい風に揺れていた。
――小高い丘の上。白の世界の中、少女の色は一輪だけ咲いた花のようで。
恐ろしく綺麗に整った顔はまるで物語に出てくる妖精。
しかし、少女の勝ち誇ったような笑顔は、とてもお伽噺に出てくる妖精とは似ても似つかない。
「ふふふっ。ざまあみなさい。世界を二分する戦争? 世界を破滅に導く争い? そんな大層な戦いが、たかだか十六の小娘一人に止められるんだから。恋する乙女の底力、たんと味わいなさい」
眼下で繰り広げられている戦い。赤、緑、黄、黒……様々な色の魔法が飛び交い、激しい剣戟があちこちで展開している。
それらを言葉とは裏腹に悲しげな目で見つめる少女。彼女の放った言葉も戦いの中に消えてしまう。
……戦争は、そういうものだから。
どんなに人々が想っても、願っても、暴走した力に想いなんて簡単に押し潰されてしまう。
雪のように、いいえ、雪よりも儚い願いたち。
瞬きの間、痛ましげな表情をした少女だったが、すぐに凛とした、覚悟を決めた表情でそっと目を閉じる。
『司るは光の理
守りしは世界の理
欠けし世界を埋めるは我が力
欠けし力を埋めるは我が心
我の存在を解き与えん
祈り、満ち溢れよ
希し世界――祈界――』
紡いだのは、祈りの言葉。願いの世界。
誓域の守護者である少女、その全てを賭した魔法は世界を大きく揺らす。
ザァァァ――
自然の風ではない風が少女を包み、膨大な量の魔片が少女から溢れ出した。
魔片は光となり、壊れかけている世界を、心を、埋める。
光が戦場を包めば、飛び交う魔法は消え、武器は砂と化す。……少女の願いが世界に干渉する。少女から溢れ出した魔片は、少女の意志に従いつつ、世界の一部へと。
疲弊しきった世界に魔片はよく沁みる。
自分が世界に取り込まれていく感覚と重くなっていく体に恐怖を覚えつつも、少女は満足だった。
どう足掻いても、どう手を伸ばしても、一人の力ではどうにもならないことが沢山ある。
大好きな人と楽しく、穏やかに時を重ねたい、というささやかな夢も叶えられないケチな世界。それどころか、大切な人と過ごした『世界』そのものの存続すら難しいときた。
なのに、人は飽きもせず来る日も来る日も世界を危うくする戦いばかり。もう疲れ切っているのに、終わりを願う人が多いのに、終わらない。
――こんな世界、一回終わりを迎えたほうがいいんじゃない? そう思っていた。
誓霊たちによって世界は滅んでも生まれ変わるし、その最高位の誓霊の守護者である自分は世界の理から外れた存在。こんなどうしようもない世界なんてどうでもよかったはずだったのだけど。
『ずっと一緒にいる。一人じゃないぞ』
少女は、少年に出会ったのだ。
……人生何があるか分からないものである。
一つの出会いは守護者の少女を『世界』の住人にし、少女と世界と人の運命を変えた。
普通なら、どうにもならないこと。
強く願っても、そのために動いても、かき消されてしまうような想い。
それをかき消されない、一人で踏ん張れる力を少女は持っていた。願いを、想いを、夢を意地でも消させない。わがままを押し通す。
よくよく考えれば、やっていることは『戦争』と変わらない。大きな力で捻じ伏せるという。
でもまあ、力を使った代償はちゃんと自分で払うのだし、結果的とはいえ世界は救われるのだからよしとして欲しい……そう、少女は結論付ける。
……希むのは大好きな人と楽しく穏やかに過ごせる世界。
朝起きて、一緒に眠い目をこすりながらごはんを食べて、特に何もない一日を過ごす。
戦争によってどんどん穢れていく世界にもやもやっとしたり、たまに出かけた先の街が火に呑みこまれたりするのを見なくてすむ世界。どこへ行ってもたくさんの人が悲しい顔や絶望した顔、恨みや怒りをまき散らしている姿を見なくていい世界。
――そのためには世界が健在で、平和で在ってもらわねばならないのだ。
前提を整えただけで、私の存在が尽きてしまうのはうっかりだったけれど。
折角、夢見たのだから出来るところまでやりたい。何せ初恋で絶賛片想い中なのだ。当人の問題ではなく、環境のせいで成就はおろか、チャンスすらなくなるなんて許せるだろうか。……答えは、否である。
それに、小娘に何が出来ると笑った奴らにも一泡吹かせなければ気が済まない。小娘にだって意地はある。
体が重くなればなるほど、存在が希薄になればなるほど光は溢れ、世界中にくまなく満ちていく。
私のわがままで世界は満たされ、私は消える。
……伝えられないで幕引きなのはとても心残り。だけど、
「ずっと、大好きよ」
届かないと分かっていても、世界に言葉を遺したかった。