92 アイーナ曰く
その理由。
「というのは、ヴィーナスという女性の死因が、プリブではなしえない方法だったから」
イッジの言うことが嘘でないなら、死因はソウルハンド。
「その方法はパリサイドにしかなしえない。しかも、聞くところによると、そんな肉体的武器を持っているのは、限られたパリサイドのみ。かなりおぞましい技なんだが」
パリサイドの中には、奇異な能力を持っている者がいる。
翼を何十キロに渡って広げ、宇宙線や光線や、浮遊している粒子からエネルギーを摂取するだけでなく、目の前にある物に触れることによって、それが持つエネルギーを自分のものにすることができる者がいるという。
「ソウルハンド。そんな方法によって、殺されたという」
その能力を持ったパリサイドがヴィーナスの体に触れ、彼女のエネルギーを吸い取ってしまったということである。
「使用は禁じられている。人に対して使うことはもちろん、目の前にあるリンゴにも」
これはスゥに聞いた話である。
実は、ユウもその能力を有しているらしい。
パリサイド全体で言えば、数百人に一人くらいはいるらしいから、極めて稀ということでもないらしい。
「恐ろしい武器だな」
スジーウォンの感想どおり、とんでもない力である。
「その能力の強い者にかかれば、一瞬でとはいかないまでも、ほんの数秒で人を殺せるという」
ただ、では誰が。
ということになると、皆目見当がつかないというのが実情だ。
実は、ユウは殺されたヴィーナスをよく知っていたという。
ある意味で上司にもあたるらしい。
あるプロジェクトの総指揮官の立場であり、ユウはその配下というわけだ。
しかし、そのプロジェクトの内容は、ユウの口から聞いて欲しいと、スゥは語らなかった。
イコマは内容をまだ知らない。
「単純に考えて、ヴィーナスの政敵、ないしはそのプロジェクトやらの反対者、そのプロジェクトによって害をこうむる者が犯人だろう。もちろん、全く違う理由もさまざまに考えられるが」
違う理由。
つまり、色恋に関係した話や、何らかの復讐や、殺したいほど憎んでいるとか、あるいは無差別殺人など、今ここでそれらを想像してみても、得るものはない。
「そこで、アイーナに聞いてみた」
アイーナはヴィーナスの死をひどく悲しんでいた。
悲しむだけでなく、大きな痛手だと悔しがっているという。
自分の右腕として。
アイーナは言った。
「政敵? 多いわよ。私以上にね。でも」
犯人の心当たりはと問われれば、首を傾げざるを得ない。
「排除するにしても、殺してまで? しかもああいう野蛮な方法で?」
政敵というなら、失脚させる方法がいくらでもあるではないか! と血相を変えたのだった。
「それに、なにもマスカレードで」
と、首を捻って。
「アイーナが本当のことを話しているのか、隠していることがあるのか、それは分らない。彼女も、ヴィーナスの私生活まで把握していないだろうし」
イコマは、ヴィーナス率いるプロジェクトについては問わなかった。
そもそも、ヴィーナスの死はイコマには関係のないこと。
プリブの拉致やアヤの件に繋がるかもしれぬとはいえ、苛つくアイーナに、これ以上の詮索はできなかった。
「ということで、プリブのことはまだ全くの白紙状態」
だれも返事をしなかった。
唯一、
「人殺しとして捕まったのではない、ということだな」と、スジーウォンが反応しただけ。
「ああ。ただ、念のため、確認しておきたいことがある。チョットマとスミソに」
「はい」
「プリブが連れ去られた時、相手は完全武装していた。そうだね?」
「そうです」
スミソが頷いたが、チョットマはうつむいたまま黙っていた。
イコマは切り口を変えた。




