90 みぞおちを襲うスゥ
待合室のような場所に案内され、しばらく待った。
アヤの容体は。
頭の中にはそれしかない。
ンドペキはスゥを抱きしめていたし、イコマはチョットマを抱きしめていた。
ライラは、案内を乞いに行ったパリサイドが消えた通路を睨みつけて、立ち尽くしていた。
ひとり、ふたりとパリサイドが通り過ぎてゆく。
ベンチタイプのソファ、観葉植物、雑誌を収納した本棚といった設えが、街の診療所といった機能を物語っていた。
イコマは壁に掛けられた絵画の図柄を見た。
安芸の宮島の大鳥居が夕映えに照らされ、それを覆うように火の鳥が飛んでいく様が描かれていた。
壁の時計は午後十時丁度を指している。
それにしても遅い。
それほど容体が悪いのか……。
悔しさが込み上げてくる。
なぜアヤがこんな目に……。
いったい、アヤが何をしたというのだ……。
アヤだけではない。
プリブ、チョットマ、そしてンドペキやスミソも……。
この街……、パリサイド……、彼らの星……。
もう、何も期待などしない……。
どうでもいい……。
どうせ、忌まわしいところに違いない……。
誰も信用できる奴はいない。
サワンドーレもアイーナも、キョー・マチボリーも。
会ったことはないが、イッジもミタカライネンも、トゥルワドゥルーも。
あのキャンティも。
頼れるのは、自分と自分の家族。
そして苦楽を共にしてきたニューキーツ東部方面攻撃隊の面々やレイチェル、ライラだけ。
やり場のない怒りに、目も霞まんばかりだった。
「遅い!」
ライラの声にはじかれるように、イコマは顔を上げた。
ギー秘書官が急ぎ足で戻ってくるところだった。
後ろから、医師だろう、ヌードの体に白衣だけをまとったパリサイドが一人。
「困ったことになりました!」
ギーの言葉に、悪寒が走る思いがした。
医師らしきパリサイドが深々と頭を垂れた。
「説明してくれ」
ンドペキの声も、今にも震えそうだった。
口を開いた医者のか細い声も震え出しそうだった。
はい。
万一のためにソウルカプセルも用意いたしまして、本来は、許可が必要なのですが、緊急のことですので。
ただ、リペアは順調に進みまして。それを使う必要もなく、到着後、一時間ばかりは緊急の処置と身元の確認のための……。
「なにを言ってる! 今、アヤはどうしている!」
「あ、はい。それが、その……」
「埒があかん! 秘書官、あんたが説明してくれ! アヤに会えるのか!」
医者は縮こまってしまって、口の中でもぞもぞ言っている。
ギー秘書官は、そんな医者をちらりと見やってから、「残念ながら」と言った。
その言葉を聞いた途端、ライラはその場にしゃがみ込んでしまった。
「アヤさんはここにはいません」
「な……」
「連れ去られました」
「なに!」
「この医者の言うところによれば、ほんの五分ほど前に、父親だと名乗る男が来て、連れて帰ったそうです」
「なんだと!」
「アヤさんの容態は安定していて、もう心配はないと判断して、引き渡したそうです」
殴り飛ばされた医者が床に転がった。
「きさまっ!」
しかし、ンドペキの二撃目は阻まれた。
ギーの手がンドペキの拳を掴んでいる。
「ンドペキさん、これは連れ去った犯人に使われるのがよろしいかと」
代わりにスゥの一撃が医者のみぞおちを襲った。
「てめえ! なんちゅうことをしてくれたんや!」
イコマの腕の中で、チョットマが激しく肩を震わせた。




