78 嘘を言いました!
「皆さんの中には、私たちがみんな空を飛んで、宇宙線や光や、様々な粒子からエネルギーを得ることができるとお考えの方もおられるとか。全然、違うんですよ」
半数くらいでしょうか。
どうでしょう、イコマさん。アイーナ市長にはできるでしょうか。
突然振られて、イコマは応えに窮した。
あの身体で……。
「答はノーです。私にもできません。空を飛ぶことはかろうじてできますけど、それで食事代わりにすることはおろか、宇宙空間に出ていくこともできません。高度一万メートルがやっとです」
質問の手が挙がった。
「さっき、再生されたことがないって言ってたけど、それはつまり、父親と母親の遺伝子を持っているってこと?」
質問の主、中年の男性に、女性たちから激しいブーイングが起きた。
「なんて失礼な!」
「恥知らず!」
「いやよね。デリカシーのない人って」
男性は構わず質問を続けた。
「サワンドーレがお父さん。で、お母さんもいるんだよね」
キャンティが応えようとする。
「えっと、父と母の生殖行為によって、いわゆる……」
「応える必要なんかないんだよ! そんな質問に!」
女性たちが口々に叫び、キャンティは笑ってごまかすことに成功した。
「ちょっと、焦りましたよ」と。
「母ももちろんいます。会うことはあまりありませんけどね」
女性たちのブーイングが、同情の溜息に変わった。
「離婚でもしたのかい」
また、先ほどの男性だ。
「いい加減にしな!」
これにはキャンティは、きっぱりと答えた。
「違います! というか……」
とたんに口ごもってしまう。
「あの……、なんていうか、地球での風習と違って、パリサイドでは結婚という概念がないので……」
地球にはまだ結婚の概念は残っているが、かなり薄れてきていることも事実だ。
それに、異性を好きになるということ自体に関心がない者が多い。
そういう意味では、パリサイドの方が健康な思考を持っているのかもしれない。
「あ、でも父は、子供は私だけって、とっても大切にしてくれます」
「そりゃそうだよ!」
「一夫多妻制とか?」と、また男。
「ふざけるんじゃないよ!」と、女性陣。
「いいえ、あの、私はよく分からないのですが、誰もがとても長く生きているので、その都度好きになった人と一緒になるというか……」
「もう、無視しなさい!」
「いいんだよ。そんなに頑張って話さなくても」
「あいつを摘み出せ!」
女性たちの剣幕に、とうとう質問者も黙ってしまった。
笑っている者が多い。
特に男性たちの目はキャンティに釘づけだ。
楽しいハプニング。
和やかなムードが満ちていた。
キャンティは、楽しそうに次々と話を繰り出す。
季節なんてないはずなのに、私の住む大陸では最近になって高温続きで、まるで熱帯地方になったみたいだとか。
最近見たコンサートがどうだった、とか。
サッカーの選手で誰がお気に入り、だとか。
聴衆が感嘆符の付くトーンに変わったのは、この場面。
「あっ、すみません。私の仕事のことを話しますね。自己紹介の時にしなくちゃいけなかったのに」
また感嘆の声が上がった。
「まだ十五歳なのに」
「偉いわねえ!」
この時ばかりは、キャンティも少し自慢そうな顔をした。
「仮想装置で遊ばれたこと、ありますよね。ここでいうと、オペラ座がそうなんですが。私、そのプログラムを作っているんです」
「へえ!」
「すごいわね!」
「今ちょっと、嘘を言いました!」と、キャンティが笑う。
まるで、人を好きになる魔法の粉を振りまくように。
「たくさんのコンピュータが自分で勝手に作ってくれるんです。私はそれを実際に体験して、チェックするだけ」
十八基の巨大なコンピュータが、人類の歴史が始まって以来の膨大で様々なシーンや物語などから、人々が喜びそうなものをアトラクションとして組み立てるらしい。
複数のコンピュータにやらせるのは、思想的に偏ったものにならないようにするためだという。
「大昔から、そういう方法で作られていたみたいです。だから私はそれを体験してみて、楽しいかどうか、おかしな点がないかどうか、あまりに長すぎたり短すぎたりしないか、そんなことをチェックするんです」
「ほおお!」
「キャンティ、すごいね!」
ふと隣を見ると、チョットマの目じりに小さな涙が光っていた。
イコマは何も言わずに、チョットマの腕に自分の腕をからませた。




