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77 マグロのカルパッチョ

 イコマはアヤの布を撫でながら、最前列でサワンドーレを待った。

 もうほとんど諦めているが、アヤが来ていないかとつい見回してしまう。

 特に今日のように、講義がなかなか始まらない日は。


 講義の予定は、着陸船の搭乗手続きと本人確認の詳細、そして細々とした内容だと聞いている。

 これからは連日行われるらしい。


 人々はざわついていた。

 隣に座ったチョットマは考え事をしているようで、始終無言。


「見せに行く?」

 スゥがンドペキに聞いている。

「当然。見てくれたらの話やけどな」




 ドアが開き、若い女性が入ってきた。

 誰だ?


 視線を浴びながら、すらりとした足を元気よく動かして、女性は演壇に立った。

 サワンドーレと同じようにパリサイドの姿ではない。


 切れ長の目に、右は琥珀色、左は桃色の瞳。

 赤みが差したふくよかな頬。

 細身だが、グラマラスな肢体。


「初めまして」

 甲高いが奥行きのある声。


「キャンティと申します。父に急用ができまして、私が代理で皆さんにお話をさせていただきます」



 室内のざわめきが大きくなった。

 好意的なざわめきだ。

 ささやきが聞こえてくる。可愛い人だね。


 卵色の大小様々な布を繋ぎ合わせて、形の不揃いなフリルで覆われたようなドレスを着ている。

 とても楽そうだが、人目を引く衣装だ。

 素足にサンダル履き。パリサイドに一般的な足元だ。


「十五歳になりますが、まだ半人前です」


 まだ十五歳……、という呟きが聞こえてくる。



「再生されたことがありませんので、知らないことも多いと思います」


 再生されたことがない、つまり新しく生まれた命ということだ。

 子供が講師だからといって、ブーイングが起きる気配はない。

 それほど、キャンティという娘は人を惹きつけるものを持っていた。


「よろしくい願いします!」

 目の覚めるような金髪を艶やかに輝かせ、ぺこりと頭を下げた。

 あのサワンドーレにこんなに可愛い娘がいたなんてね、という声が聞こえた。



 頭を上げた時、イコマは娘と目があった。

 あっという顔をして、軽く会釈をしてくれる。

 そして、小声で「アヤさんによろしく」と、微笑んだ。


 今度はイコマが驚く番だった。

 えっ。

 ということは、さっきの?

 バザーの?

 慌てて頭を下げると、キャンティはまた微笑み、その口元がより一層可愛らしく見えた。




「手続きの話は後に回して、まず私の好きなもののお話から始めます」


 キャンティの少し高い声が、透き通った風のように会場を流れていく。

 落ち着いて、ゆったりと話し出した。


「今、一番のお気に入りは、マグロのカルパッチョ、なんです」


 笑い声がおきた。


 マグロのカルパッチョ、とおうむ返しにチョットマが呟いた。

 それが何なのか、分からないのだ。

 今思えば、地球の食事は貧しく、単調なものだった。

 資源は枯渇し、アンドロの提供するものだけで成り立っていたのだから、当然だ。

 海洋生物はかなり回復してきていたが、それを漁るという文化が絶えていたのだ。



「実は、海のものが入手できるようになったのは、最近のことなんだそうです」


 三十年ほど前までは、その味に近づけた合成食料で、なんとなく海鮮の気分を味わっていただけだったと、キャンティは困った時のような表情をした。

「私は知らないんですけど、元々地球を旅立ったときに、家畜は連れてきたそうなんです」


 分子レベルで持ち出したものや遺伝子レベルで持ち出したものはさらにたくさんあって、それらは宇宙船の中で増殖させて口にすることができた。

 植物であれば、ほとんど何の問題もなく、食材として利用できた。

 しかし水産物は、生産コストがかかりすぎて出来なかったそうだ。



「私が生まれるずっと前、パリサイドの星にある五つの大きな海はすべて淡水だったそうです。それが不思議なことに、いつの間にか少しづつ海水に変わったそうです。それで私もマグロのカルパッチョを食べられるようになりました」


 私達の海が、地球の海と全く同じかどうか、私にはわかりませんけど、とキャンティはとぼけた顔を見せた。


「それ以外に好きな食べ物といえば、青カビの生えたチーズでしょ、辛みを抜いた唐辛子を炒めたものでしょ、それから薄い薄い皮のオムレツ。そうそう、おうどんも大好き」

 と、指を折っていく。



 そんな調子で、キャンティは次々に食べるものの名を挙げていった。

 レイチェルがアイーナに出した希望に沿う話だ。

 キャンティが何か言うたびに、笑い声があがった。

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