表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/200

70 一番聞きたいことはなんだ?

 向かいあって座ったアイーナに隠れて、キョー・マチボリーの椅子は見えなくなってしまった。

 まるでこの部屋の主がそこにいないかのような、妙なレイアウトである。


 チョットマ用に椅子は出現しない。

 しかたなくアイーナの横にちょこんと腰かけることになった。


 先ほど感じた怒りはたちまち萎んでしまった。

 チョットマの表情は、それほど暗かった。




「あなたがパパさん?」

 アイーナの挨拶はそんな言葉で始まった。

「この子、今日はなんだか元気がないみたいで」


 そんなことないですよ、とチョットマは言うが、その声もいつもと違う。


 イコマは言われるまでもなく気づいていた。

 今朝からチョットマはふとした拍子に暗い顔を見せる。


 その原因はきっとこうだ。

 昨夜、チョットマはマスカレードに行ったのだ。

 そして、EF16211892に会えなかったのだ。


 かけてやる言葉はなかったが、チョットマも大人の階段をひとつ登ったということ、とほほえましくさえ感じたのだった。

 それにしても、コンピュータによって作り出された男に心を動かされるとは、と思いながら。




「さっき、チョットマが報告してくれたんだが、地球から来た人たちの不安の元が、私たち自身にあるそうだな」

 アイーナは嫌味で言ったわけではないだろうが、真意を測りかねてレイチェルもイコマも黙っていた。


「私たちが地球に降り立って以来、互いのことを語り合う時間を持てなかったことが原因かな」

 侵略者として地球に戻ったわけではないんだがな、とアイーナは肩をすくめる代わりに腕を広げてみせた。



 実際、この宇宙船に乗り込んでからも、互いに打ち解ける場面はない。

 パリサイドから話しかけられることはまずないし、地球人類から近付いていくこともない。



「私の失敗。歓迎式典でもすればよかったかもしれないな」


 ようやくレイチェルが口を開いた。

「いえ、とんでもない。十分していただいています。なんとお礼を申し上げればよいか……」


「私は今、チョットマのパパさんと話している」


 強い口調ではなかったが、アイーナはレイチェルを無視する態度を見せる。

 そして、悲しい顔をした。


「ああ、地球に戻りたかった……」



 もう二度と、地球には戻れない……、のだろうか。

 その実感がない、ということが人々に不安を呼んでいるのではないだろうか。

 イコマはそんな気がして、自問した。

 覚悟というのだろうか。

 自分に、それができているかと。




 パリサイドは神の国巡礼教団の一員として地球を離れて四百年。

 望郷の念に駆られて地球への帰還を熱望していた。

 その心情を理解できていただろうか。


 市民を責めることはできない。

 なにしろ、世界中を混乱に陥れ、肉親を奪っていった憎き教団が、懐かしくなって、などと言って帰って来たのだ。

 歓迎できるはずもない。



 自分の場合はユウという愛する人と再会できたことで、パリサイドに対する憎しみはほぼないと言っていい。

 しかし、彼らの気持ちを理解できていたかといえば、そうではない、と思った。


 レイチェルはどう感じていたのだろう。

 そして、アイーナの今の嘆息を聞いて、どう感じたのだろう。

 レイチェルの無表情な横顔は、幾分白んでいて、自分の感情を抑えている。




「しかし、もう時間はない。今更だが、講義の時間を増やすくらいしか。どうだ? レイチェル長官」

 硬い表情のまま、レイチェルが頷いた。


「では、一番聞きたいことはなんだ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ