64 私にくれた言葉
チョットマは、以前、パパに言われたように、時々、自分の心の中を覗き込んでみることがある。
今夜の、このざわついた感触は何だろう。
苦く冷たいものが喉を流れていき、体中に毒を含んだものが回っていきつつあるような。
もちろん不安なことがたて続けに起きて、先行きがみえないことが原因。
しかも自分にとってとても大切な人が。
私自身も。
しかし、それだけだろうか。
もうすぐパリサイドの星に着くというのに、どんな予定も、どんな希望もない。
それどころか、どんな暮らしになるのかさえわからない。
これが原因だろうか。
なんだか、違う……。
そんなことを深刻に考えるのは、私らしくないし……。
私はプリブがどれくらい好き?
アヤちゃんのことは?
どれくらい好きなのか。
言葉では表せないことに、こんなに悩んだことがあっただろうか。
好きで好きで堪らないけど……。
でも、それはどれくらい?
それからスミソのことは?
なにか、違う……。
そういえば……。
あんなに好きだったンドペキのこと、今日は一度も思い出していない。
初めての恋、って思ってたけど……。
チョットマは小さな溜息をついた。
そして、私は何の役にも立てないし、と呟いた。
その呟きが言い訳に過ぎないこともわかってるけど……。
オペラ座のひとり用ブース。
目の前に浮かんでいる画面にそっと指を這わせた。
その指を、マスカレードと書かれた文字のところで止めた。
馬車は一週間前と同じ。
どこかで見ているかも。
きょろきょろしてしまいそうになるが、前回と同じようにしなければ。
ここで見つけても、声をかけたりしちゃダメ……、のはず。
はやる気持ちを抑えて、チョットマは不規則に揺れる御者の背中と、近づいてくる宮殿だけを見つめた。
宮殿は相変わらず壮厳な様相を見せ、多くの明かりが窓や壁を、そして周りに生い茂る木々を照らし出していた。
今夜のパーティの成功を祈る灯のように。
よかった。
アラビアの姫君の衣装は誰にも貸し出されていなかった。
ブースも前回と同じ、左側の三階貴賓席を確保した。
少し時間を潰そう。
先週より今日はまだ時間が早い。
できるだけ同じようにしなければ、ぼろを着た男、EF16211892は現れないかもしれない。
チョットマは、今自分がしていることを理解していた。
EF16211892にもう一度。
約束だから。
会って、踊りたい。
いや、踊りなんてどうでもいい。
会えるだけで。
そして先週、別れ際、彼が言ったように、あの人のことを聞いてあげるんだ。
愛することとは、お互いを理解しようと努力し続けること。
きっとその通りだと思う。
私、ンドペキのこと、どれだけ理解しようとしてきた?
プリブのことも、スミソのことも。
そして、パパやレイチェルのことも。
少なくとも、理解しようと意識したこと、ないように思う。
ただ一緒にいて、楽しくて頼もしくて、そして憧れて。
彼らも、私を守ってくれたり、いろいろなことを教えてくれたり、そして励ましてくれたりはした。
でも、自分のことをもっと理解して欲しい、そんなことは一度も言わなかった。
EF16211892が、初めてそんな言葉を、私にくれた。




