41 エネルギーに少し目を覚ましてもらって
「シンラとは、いわゆる「気」であり、意識であり、ルールであるのです」
キャプテンの声は熱を帯びる。
そしてまた、プリミティブエナジーと対をなすもの。
その「気」であり、意識であり、ルールであるシンラ。
それを動かすものがプリミティブエナジーだからです。
キョー・マチボリーが軽く笑った。
「すんなり頭に入るものではありませんよね。それらの只中にいた私たちでさえ、このことを掴むのに数百年もかかったのですから」
例を挙げてくれる。
今なお光より速いスピードで膨張を続ける宇宙の果て。
このことを思うとき、その意識は光の速さをはるかに超えて、宇宙の果てにたちどころに到達することができる。
長官、貴女の意識であっても、三歳の子供の意識であっても。
ところで、意識とはいったい何でしょう。
ひとりの人間の意識は、計測することさえできない微細なものです。
だが、何らかの存在であることには違いない。
「ということなのです」
さて、とキャプテンは一人講義の舞台を進める。
「この船は光速をはるかに超えるスピードで航行しています。神の国巡礼教団の宇宙船の最高速度の数億倍、という速度で」
また静かに笑った。
「というと、少し嘘になります。実際は、百倍程度でしょう。しかし今、私達はプリミティブエナジーの実力を知っています」
宇宙空間に吹き荒れているエネルギー。
宇宙を爆発的に膨張させ続けているエネルギー。
しかしそれは、海に漂う水の分子のようなもの。
水という物質を構成する原子、その核、その核を形作っている粒子や電子、それらが内に持つ膨大なエネルギー。
それは「水」という形では表に現れてはきません。
水という形を保つことで、その中に封じ込められているわけです。
「私達は、そのエネルギーに少し目を覚ましてもらうだけでいいわけです」
かといって、物理的な存在であるこの船や人間の身体が、さまざまな物質や、先ほど言ったシンラが浮かんでいる宇宙空間を、光速の数億倍のスペードで移動することはできません。
たちどころに粉々に分解され、それこそシンラの一部になるでしょう。
「私たちは船を空間軸から少しだけずらします。そうすることによって、空間は本来のその姿を現します」
今、船は折り畳まれた空間のひだの頂部を、文字通り滑っているのです。
瞬時にしてひとつのひだを越え、次のひだに乗り移ります。それで、数百光年は移動することになります。
パリサイドの母星は、太陽系からはるか数万光年先にあるという。
しかもそれは、毎分数光年づつ遠ざかっているという。
「この航法の元となるエネルギーは、宇宙にいくらでも浮かんでいるシンラに、元々備わっているエネルギーを少し出してもらえばそれで済むということです」
そういって、キャプテンは話を締めくくった。
「残念です。申し訳ありません。もう少し、いいえ、もっと大切なことをお話ししなければいけないのですが、時間が来てしまいました」
パリサイドの母星の重力圏に入ってから以降は、もう会えないという。
「ぜひ、お話ししておきたいことがあります。もう一度、お訪ねください」
「ええ、そうします。今日はとても楽しく、有意義な時間をありがとうございました」
椅子が、床に飲み込まれるように消えていった。
そこにはもう、何もなかった。
かろうじて、最後の声だけが聞こえてきた。
「そうそう、この船の名スミヨシですが、私が長く住んだ街の名です。では、また、近いうちに。お待ちしております」




