40 それをシンラと呼ぶ
思い起こせば、プリブが連行された時、相手は完全武装していたという。
この船で武装した者を見たことがなかったチョットマもスミソも、それがどこに所属する者か、見当もつかないと言った。
ただ、フル装備ではあるが、制服らしきものは着ていなかったという。
パリサイドの肉体に直接纏う装備。
車両や飛空艇に乗っていたわけでもない。プリブを抱え込むや否や、走り去った。
終始無言で、拉致はあっという間だったという。
部屋の中に乗り込んできたわけではない。白昼堂々、公道での出来事だったが、あいにく目撃した市民はいない。
「調べてみました」と、ようやくキョー・マチボリーの声。
「おっしゃる日時に、当船の者は誰も当該エリアに居合わせた記録はありません。また、プリブというニューキーツ市民に関わるいかなる記録もありません」
「ありがとうございます」
「それで、先ほどのご質問ですが、私からお応えすることは、立場上、できません。しかしながら、この街の市民代表議員主席、パリサイド中央議会議長、ありていに言えば市長ですが、彼女ならお応えするでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
再び礼を言った。
船長という立場では口を差し挟むことはできないということだ。
空振りに終わったと言えるが、それでもここに来てよかったと思った。
キョー・マチボリーの声音に、嘘はついていないという安定した響きを感じたからだった。
いつの間にか、すぐ横に立派な椅子が現れていた。
「会談は終了です」と、後ろからオーシマンの声がした。
「どうぞ、お座りください。今まで、長官に立っていただいたままで、失礼しました」と、椅子の背の声。
「さあ、これからは座談会ということで」
奇妙な成り行きだったが、これがこの男の流儀なのだろう。
申し出に従った。
「それはそうと、地球からみえた人の中には、一風変わったご仁もおられるようです」
「はい?」
「まあ、それはそうでしょう。地球もニューキーツの街も、一切の進歩を止めていたわけではないでしょうから」
ひとつ目の歌のお姉さんのような少し異形を持った人のことを言ったのだろうか。
それとも、アギのパリサイドや、マトやメルキト、そしてクローンのことを指しているのだろうか。
しかし、キョー・マチボリーは、
「まあ、私は仲間として認めますよ。今のところ、危害を加えられそうでもないので」
と、笑うように言った。
「さて、レイチェル長官に聞いていただきたいことがあります」
「ええ」
「地球の方はご存じないでしょう。この船のことを」
キョー・マチボリーは語りたかったようだ。
「プリミティブエナジー、ご存知でしょうか」
知らないと応えると、打って変わって雄弁になった。
「数百年前、ダークエネルギーと呼ばれていたものです。しかし、それは当時考えられていたものとは全く異なっていました」
宇宙空間を支配し、星をはじめとするすべての物質を動かしているエネルギー、というのがかつての理解。
ビッグバン以降、宇宙の爆発的な膨張を今もなおもたらしているのも、このエネルギーだと言われてきた。
その一端を掴んだからこそ、人類は宇宙に飛び出すことができたのである。神の国巡礼教団のように。
「しかし、それだけではなかったのです。もっと強大で、この宇宙そのものともいえるエネルギーだったのです」
よくわからない。
黙って聞くしかないし、キョー・マチボリーの雄弁は止まらない。
「長官、ではかつて、ダークマターと呼ばれたものの正体が何であったか、お知りになりたくはないでしょうか」
まあ、知りたいと言えばそうかもしれない。
キョー・マチボリーが言うに、この理解無くしてパリサイドがなぜ真っ暗で荒涼とした宇宙空間で生きていけるか、理解できないという。
「ダークマター、それを私達はシンラと呼んでいます」
私がまだ地球に住んでいたころ、宇宙を構成する物質の数パーセントしか人類は知りえていないと言われていたものです。 つまり、それ以外のなにかを総称して、ダークマターと呼んでいたわけです。
人類は探し方を間違っていたといえるでしょう。
それは、微細であれ、質量や電荷といったある形質を持つ物質を探していたからなのです。
やはり、興味のある話ではなかった。
しかし、キョー・マチボリーの話は分かりやすく、人を引き込む話し方をした。
気持ちは急くが、パリサイドの秘密に迫る話であると言われれば、聞いておかねばなるまい。




