22 ペアルーム
マスカレードの夜を思い出しながら、イコマはオペラ座の中を歩き回った。
誰でも自由に立ち入ることができる通路は、あの日と違って今朝はがらんとしている。
オペラ座は四層。
一、二階はシングルルーム、三階はペア用で、四階は多人数用。
それぞれ階の中央部に、ちょっとしたレストスペースがあり、軽食なども売られている。
どこもかしこも、一階のエントランス同様、全く無機的で演出的要素も癒しの要素もない。
2666という番号の書かれた部屋の前まで来た。
あの夜、チョットマと一緒に入った部屋。
今朝はここも空室。
覗いたところで意味はないが、ドアを開けた。
軽く開くが、中に入って一旦閉めてしまうと、自動的にロックがかかる。
と同時に、壁と同化してしまう。
扉のあった位置には、開けるための小さなハンドルがあるだけ。
完全な立方体。
床も壁も天井もメタルな質感を持った薄灰色の素材で塗りこめられてある。
ほんのりと光を放っているようで、暗くはない。
中央には、パウダー状の素材でできたベンチ。
腰を下ろすと自ら変形し、体に合わせて頭部からつま先までホールドしてくれる。
連動して、空間は立方体から球形に変化し、コントローラーがベンチの前に浮かび上がる。
この時点で既に、仮想空間へと移行しているというわけだ。
というのがイコマの認識である。
改めて部屋を覗いて、記憶に漏れがないかどうか、見渡してみた。
ない。
念のため、と中に入った。
たちまち扉は閉まり、消え失せる。
気密性が高いため、鼓膜に少し圧力がかかる。
やはり何もない。
ふむ。ベンチは既に空に浮かんでいるのか。
座ってみても、新たな発見はない。
うむ、背後を見ることはできないな。
それほど、みっちりと座面にホールドされている。
コントローラのキャンセルボタンに触れ、ホールドが解けるのを待って立ち上がった。
もう一度、球体の中を見回してみるが、先ほどと変わったところはない。
ドアハンドルに触れて、部屋が元の立方体に戻るのを見届けただけだった。
無駄なことをしているな。
我ながらそう感じたが、なおも他の部屋で同じことをしてみた。
三階にも行き、一階でも。
感謝祭だというのに珍しく、使用中の部屋があった。
いや、使用中なのだろう。
ドアは外側も壁と同化していて、そこにドアがあることは、飛んだ部屋番号が示すのみ。
ドアがあろうと思われる壁に触れ、なぞっていけども、硬く冷たい感覚が指に残るだけ。
一般人が使う部屋とは別に、VIP用の部屋があるのだろうか。
例えばヴィーナスのような議員が使うような部屋は。
通路に掲げられている案内図に、そのような記載はもちろんない。
曜日や時間帯によって、このオペラ座の空間に、利用方法に、何か変化はあるだろうか。
あるいは、あの日だけ、特殊な日だったのだろうか。
そもそも、あのマスカレードの饗宴の中に、何かヒントが……。




