2 ゴミ拾い集団
「まあ、座って」
イコマは、冷静に穏やかに話せ、と自分に言い聞かせて、二人に椅子を勧めた。
腰を下ろすチョットマの緑色の髪が、ふわりと大きく揺れた。
舞い上がった髪は、ゆっくりと小さな肩に、背に落ちていく。
この船の重力は、地球上に比べて半分ほど。
「あけぼの丸」でのそれは地球より少し小さい程度だったが、パリサイドの世界ではもっと小さいのかもしれない。
宇宙空間を飛び回る彼らにとって、重力は極限にまで小さい方が都合がいいのだろう。
天体による引力がほとんど働かない宇宙の只中。
ダークエネルギーだけが渦巻く、暗闇の世界。
船の中で、どのようにして重力を生み出しているのか知らないが、パリサイドはそれを自由にコントロールできる。
あけぼの丸が地球の重力圏から離脱し、全員が母船スミヨシに移乗してから、ひと月足らず。
太陽系の黄道に直角に進路を取っている。
惑星が居並ぶルートではない。
すでに太陽から約0.15光年ほども離れた位置にある。
黄道に沿って飛んでいるなら、太陽系惑星群やカイパーベルトは遥か後ろに過ぎ去り、オールトの雲さえも通り過ぎようとしている計算だ。
すさまじい速度である。
かつて、神の国巡礼教団が地球を飛び立った時の宇宙船の性能に比べて、革新的な進歩である。
「で、隊長は?」
「うん。これから暫くは単独行動は慎むようにって」
事情が掴めるまで、所在を明確にしておくようにと。
武装はこれまで通り、任意だが、原則はしない。
当局に警戒されて得することは何もない。
スジーウォンが下した判断は正しい。
逮捕、とチョットマはいうが、公式な手続きを経た連行かどうかもわからない今、隊として最善の態度は身を硬くしておくこと。脇を見せぬこと。
「レイチェルには?」
「スジーウォンが」
「うむ」
「万一を考えて、誰かが必ずレイチェルの身辺を固めるって」
「臨戦態勢?」
「ううん、そういう感じでもないけど」
スミソが言い直した。
「レイチェルに危害が及ぶことはないと思われます。これは我々、隊の問題でしょうから」
「ふむ……。警察へは?」
「レイチェルとスジーウォンが。でも、取り合ってくれなくて。きっと行くところが間違っているのでしょうが……」
確かに。
警察署なるもの、さらに言えば政府機関の建物がどこにあるのか、知らない。
社会を統べている公的機関の構成さえもまだ理解していない。
「パパ、私、どうしたらいい?」
以前にもこの台詞を聞いたことがある。
その時のチョットマの上官はンドペキ。
今回もイコマは、「ンドペキの元へお行き。彼と……」
一緒にいる方が何かと安全かも、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
ニューキーツ東部方面攻撃隊。
あけぼの丸に乗り込んで、それは「あけぼの丸自警団」と名を変えた。
しかし、この母船に移乗するや否や、解体を命じられたのだった。
もはやこの先、戦闘部隊は必要ないと。
その時のスジーウォンの言葉はこうだ。
気が利いている。
「私たちは、戦闘集団じゃないさ。元々ね。名前は攻撃隊でも、実はただのゴミ拾い集団だったのさ」
そう。
ニューキーツの街を前時代の殺傷マシンから守るとともに、彼らが体内に有するレアメタルを集めて金に換えていた攻撃隊。
「ハクシュウ隊からンドペキ隊ときて、スジーウォン隊になった。それだけのこと。でも、言われる通りにしようぜ。東部方面攻撃隊も、自警団ってのも解散だ」
と、コリネルスが応え、チョットマら隊員達の戸惑い気味の視線を浴びたのだった。
「これから、ゴミ拾い集団スジーウォン隊、かあ……」という呟きとともに。