7話
A
ズシャァァァァンッ!
森の奥から、まるで大型の魔獣が暴れ回っているかのような爆音が絶え間なく響いていた。
俺がバフをかけてから、わずか30分。
「ふはぁーっ! 楽しかったぁ!」
風を切り裂き、銀髪をなびかせながら戻ってきたリゼは、頬をほてらせて満面の笑みを浮かべていた。服には血の痕ひとつついていない。
「ユーリ、全部狩ってきたわよ! 風を切る感覚がすっごく気持ちよくて、なんだか日頃のストレスが全部吹き飛んじゃった!」
「お、おう……お疲れ様。で、何頭狩ったんだ?」
「えーっとね、途中で数えるのが面倒になったんだけど……だいたい200頭くらい?」
俺は即座に【鑑定】と空間把握を組み合わせて森の奥を計測した。
「……196頭だな」
「そう! それくらい!」
「それくらい、じゃないだろ……」
俺は額を押さえた。30分で196頭。最初に持ってきた死体の塊(10頭)の、およそ20倍の量だ。
「よし、リゼ。さっきの『血液操作』で死体同士を連結させて、街まで運ぶぞ」
「えっ……? さっきの塊が……20個分……?」
リゼは森の奥に散らばる圧倒的なファンゴの山を見渡し、急に青ざめた顔で俺を見た。
「む、無理よユーリ! いくらバフがかかってても、流石にそんな量の肉の山を引っ張ったら、街の街道がファンゴの死体で埋まっちゃうわ!」
「まあ、そうなるな」
俺は思わず吹き出した。全能感に満ち溢れていた伝説の吸血鬼が、あまりの獲物の多さに焦っている姿は実にコミカルだった。
「安心しろ。俺とリゼの両方にバフをかけて、力仕事を分担する。レンタル荷馬車を手配して、日没までに回収しきるぞ」
俺は自分とリゼに【全ステータス1.5倍】を付与し、街の借馬屋で一番大きな大型荷馬車を手配した。バフのおかげで、馬車を押すのも引くのも軽々とこなせる。
手際よく『血液操作』で一滴残らず血抜きをさせながら、196頭のファンゴ(先に狩ったぶんと合わせて合計206頭)を往復して回収し終えた頃には、綺麗に日が暮れていた。
回収した獲物はそのまま、街で一番腕の良い解体業者の作業場へ持ち込んだ。
「おいおいおい! 冗談だろ冒険者さんよ! こんな量のファンゴ、しかも全部『完全な血抜き』が済んでやがる……! 一体どうやって狩りやがった!?」
作業場の頑固親父が、眼球が飛び出んばかりに驚愕していた。
「解体を委託したい。1頭につき鉄貨1枚の通常手数料に加えて、特急料金も払う。明日までに捌けるか?」
「ハッ! 職人舐めんなよ! 従業員全員叩き起こして、徹夜で完璧な『状態A』の肉と皮に仕上げてやるよ!」
親父は頼もしく胸をたたいた。俺はその日の宿代とリゼの飯代稼ぎとして、数頭分の肉をその場で買い取ってもらい、数枚の銀貨を手に入れて宿へと戻った。
ギルドの奴らが相変わらず冷ややかな視線を向けてきたが、明日の大爆破(手のひら返し)を想像すると、もはや愉快でしかなかった。
◇
翌日の昼過ぎ。
約束通り解体業者の作業場を訪ねると、目を真っ赤に腫らした職人親父が、満足そうな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「おう、来たなユーリ! 見ろよ、最高の状態だ!」
作業場には、見事に切り分けられた最高品質のファンゴの肉と、傷ひとつない上質な皮が、整然と積み上げられていた。
「助かったよ。今からギルドまで運ぶか」
「なに言ってんだ、もう運んでおいたぜ!」
「……は?」
「あんだけの極上品、運搬中に痛んだら職人の名折れだろ! ウチの大型馬車で、もうギルドの納品所に全部突っ込んである! 手数料はいらねえ、サービスだ!」
「あんた、最高だな」
俺は親父と固い握手を交わし、リゼとともにギルドの買い取りカウンターへと向かった。
ギルドに入った瞬間、内部は異様な静けさに包まれていた。
納品所の奥には、小山のように積み上げられた最高品質のファンゴの肉。査定を担当していた職員たちが、汗をダラダラと流しながら集計作業に追われている。
周囲の冒険者たちは、言葉を失って口をぐぐっと開けたまま、俺とリゼを二度見していた。
「おい……あれ、全部ユーリたちが持ち込んだのか……?」
「バカな……最高品質のファンゴの肉が、200頭以上だと……!?」
「あいつ、女を襲って追放された無能じゃなかったのかよ……!?」
ひそひそと交わされるざわめき。冷ややかだった視線は、一瞬にして羨望、驚愕、そして戦慄へと変わっていた。
カウンターの奥から、青ざめた顔の受付嬢が震える手で報酬のギルド証書を持って歩み寄ってきた。
「……つ、ユーリ様。査定が完了いたしました……」
呼び方すら『お前』から『ユーリ様』へと変わっている。実に滑稽な手のひら返しだ。
「合計で……最高品質ファンゴ206頭分。肉と皮の買い取り、および討伐証明の懸賞金を合わせまして……」
受付嬢がゴクリと唾を飲み込み、重厚な革袋をカウンターに置いた。
「金貨2枚、銀貨21枚、鉄貨4枚になります……!」
ドバァッ! とギルド内に歓声と悲鳴が混ざったような大歓声が巻き起こった。
金貨2枚といえば、新米冒険者が年単位で稼ぐ額だ。それをたった半日の狩りで叩き出したのだから、騒ぎになるのも無理はない。
「……ご苦労様」
俺は受け取りのサインを済ませ、重い革袋を抱えた。
解体業者への委託費用(銀貨25枚分)を支払ったとしても、手元には【金貨1枚、銀貨96枚、鉄貨4枚】という大金が残る。乗合馬車の運賃など、痛くも痒くもない。
「ユーリ、すごいわ! 大金持ちね!」
リゼが隣でピョンピョンと跳ねながら、嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。
「ああ、これでどこへでも行ける」
俺は集まった冒険者たちや受付嬢に一度も振り返ることなく、ギルドの扉を蹴り開けて外へと踏み出した。
ケインたちのデマも、追放の不快感も、すべてはこの大金と成果によって綺麗サッパリ吹き飛んだ。愚か者どもが自滅していることなど知る由もないが、俺たちの未来には何の関係もない。
◇
晴れ渡る青空の下。
西の市門の前に、新緑の街へと向かう乗合馬車が佇んでいた。
御者に運賃の鉄貨4枚を払い、俺とリゼは馬車の後部座席へと乗り込んだ。心地よい風が、リゼの美しい銀髪をサラサラと揺らす。
「ねえねえ、ユーリ! 今から行く街って、どんなところなの?」
リゼが赤目をキラキラと輝かせ、身を乗り出して尋ねてくる。胸に大切そうに飾られた赤銅色の冒険者カードが、陽の光を受けて誇らしく輝いていた。
「次の街はな――もっと美味い飯があって、もっと広い迷宮がある場所だ」
「本当!? 楽しみ! 私、ユーリのバフがあればどこへだって行けるわ!」
「ああ。俺のバフと、お前の力があれば……どこへ行っても大儲けだな」
パシィンッ! と御者が鞭を振るう音が響き、馬車がゆっくりと走り出した。
遠ざかっていく古い街の景色を見送りながら、俺は隣で無邪気に笑う最強の相棒とともに、晴れやかな新天地への一歩を踏み出したのだった。




