エピローグ
俺のおじいちゃんは、ちょっとした有名人だ。
名を、桐山 信之という。
地域密着型の店舗再生・外食事業で知られる「たまやホールディングス」の創設者であり、子ども食堂をはじめとする地域・格差問題に取り組んだ人物として、地元の人たちからは「子ども食堂の桐山さん」と親しまれていた。
そんなおじいちゃんが先日、85歳で亡くなった。
葬儀が滞りなく終わった後、俺と両親は生前おじいちゃんが懇意にしていた弁護士と税理士の先生に別室へ案内された。そこで告げられたのは、驚くべき遺言書の内容だった。
『個人資産のすべてを、孫の伸晃に相続する』
「法人の『たまやホールディングス』の経営権につきましては、すでに現社長であられるお母様の葵乃様に引き継がれております。ですが、信之様個人の資産につきましては、すべてお孫さんの伸晃様に引き継ぐとのことです」
弁護士の先生が開いた遺言書には、見慣れたおじいちゃんの筆跡でこう記されていた。
『伸晃。おじいちゃんのお金を、お前に託す。……おじいちゃんのおじいちゃんが、そうしてくれたようにな。だから伸晃、このお金を世のため、人のために役立ててくれないか。あとは、任せたぞ』
大学を卒業し、「たまやホールディングス」の新入社員として働きはじめたばかりのこんなひよっ子の俺に、なぜ——。戸惑う俺に、税理士の先生が静かに告げる。
「信之様の個人資産総額は、約7.5億円。そのほとんどが株式です。そして……孫への遺贈による2割加算が適用されるため、発生する相続税は『約3.8億円』となります」
「3億……8千……!?」
「はい。この3.8億円を、10ヶ月以内に現金で納めていただく必要があります」
途方もない金額に、俺は言葉を失った。
先生方が去った後、社長である母・葵乃が真剣な眼差しで俺に向き直った。
「……伸晃。おじいちゃんがあなたに託した意味を、しっかり考えなさい。あなたのおじいちゃんとおばあちゃんが命がけで作ったこの会社を守ってきた経験から言えば、3.8億円の納税なんて並大抵の覚悟じゃ押し潰されるわ。でも、本気で向き合うなら……私もしっかりサポートするわよ」
仏壇に線香をあげ、おじいちゃんの死を静かに悼む両親の背中を見つめながら、俺の胸には熱い塊がこみ上げていた。
『このお金を世のため、人のために、役立ててくれるか』
3.8億円という納税期限まで、あと10ヶ月。
新入社員のひよっこでしかない俺の、人生を賭けた新しい物語が始まった。




