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婚約破棄されたので普通の生活を目指します。なお私は剣聖らしいのですが自覚はありません  作者: 翡翠


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5000PV突破記念SS 「私は強くない」の理由


 午後の陽射しが、柔らかく庭に落ちていた。


 アルヴェイン公爵邸のティータイム。


 珍しく――三人が揃っている。


「こうして三人でお茶するの、久しぶりね」


 リリアーナが微笑む。


「そうだな」


 レオニードがカップを持ち上げる。


「王都だと、何かと忙しいし」


 エリシアも頷いた。


 穏やかな時間。


 何も起きない、静かなひととき。


 ふと、エリシアが思い出したように言う。


「そういえばさ」


「なに?」


「お姉様が“自分は強くない”って言う理由、ずっと気になってたんだけど」


 沈黙。


 レオニードの手が、わずかに止まる。


 リリアーナは首を傾げた。


「理由?」


「うん」


「どう考えてもおかしいでしょ」


 即断。


 遠慮がない。


 リリアーナは少し考えて。


「ああ……」


 小さく頷く。


「お兄様と稽古していたからかしら」


 レオニードが、静かにカップを置いた。


 ――来たか。


「昔の話よ」


 リリアーナが続ける。


「五歳くらいの頃ね」


 エリシアが身を乗り出す。


「そんな小さい時から?」


「ええ」


「お兄様が付き合ってくれていたの」


 レオニードは何も言わない。


 ただ、黙って聞いている。


「でもね」


 一拍。


「一度も勝てなかったのよ」


 その言葉に。


 エリシアが固まる。


「……え?」


「本当よ」


 リリアーナは自然に頷く。


「だって、お兄様すごく上手だったもの」


 レオニードの目が、わずかに細くなる。


 ――認識が違う。


 だが、それを否定することはない。


「どういう感じだったの?」


 エリシアが慎重に聞く。


「そうね……」


 リリアーナは少し思い出す。


「私が打ち込むと」


 手で軽く動きを示す。


「全部止められて」


「で、ここ」


 自分の肩あたりを指す。


「寸前で止まるの」


 沈黙。


 エリシアがゆっくりと顔を向ける。


 レオニードへ。


「……それさ」


「なんだ」


「普通に勝ってない?」


 レオニードは答えない。


 リリアーナは続ける。


「でもね」


「たまに当たると」


 少しだけ嬉しそうに笑う。


「“いいぞ、将来強くなる”って褒めてくれたの」


 エリシアが完全に理解する。


 ――終わった。


「だから」


 リリアーナは言う。


「私はまだまだだと思っているの」


 沈黙。


 完全な沈黙。


 レオニードが、ゆっくりと息を吐いた。


「……そうか」


 それだけ言う。


 否定しない。


 修正もしない。


 ただ、受け入れる。


 エリシアが小さく呟く。


「完全に教育ミスじゃん」


「違う」


 レオニードが即座に否定する。


「最適だ」


「どこが」


「今の状態を見ろ」


 一拍。


「問題があるか?」


 エリシアは黙る。


 確かに。


 問題は――ない。


 むしろ。


 これ以上ないほど“安定している”。


「……まあ、そうだけど」


 納得はしきれない顔。


 リリアーナは、二人のやり取りを見て微笑む。


「でも楽しかったわ」


 その一言で。


 空気が柔らかくなる。


「お兄様、優しかったもの」


 レオニードは少しだけ視線を逸らした。


「……当然だ」


 短く答える。


「妹だからな」


 エリシアがニヤリとする。


「へぇ」


「なんだ」


「ちゃんとお兄ちゃんしてたんだ」


「今もしている」


「はいはい」


 軽いやり取り。


 穏やかな時間。


 リリアーナがカップを持ち上げる。


「だからね」


 一口飲んで。


「私はまだ強くないの」


 その結論に。


 誰も反論しない。


 できない。


 それが、彼女の“真実”だから。


 エリシアが小さく笑う。


「……まあいいや」


「なに?」


「そのままでいて」


 一拍。


「その方が、みんな助かるから」


 リリアーナは首を傾げる。


「そうなの?」


「うん」


 即答。


 レオニードも静かに言う。


「変わる必要はない」


 それが、全員の結論。


 リリアーナは少し考えて。


「そうね」


 と頷く。


 それでいい。


 それが最適。


 庭には、穏やかな風が吹いている。


 何も起きない。


 ただ、兄妹が昔を懐かしむ時間。


 それだけ。


 それだけなのに。


 ――それが、この世界にとって最も貴重な時間だった。

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