第33話 試合を続けただけなのに、なぜか観客全員が「理解してはいけないもの」に気づき始めました
ざわめきは、収まらなかった。
一試合目。
あまりにも一方的で、
あまりにも短く、
あまりにも“理解できない”。
観客はまだ、それを“偶然”として処理しようとしていた。
だが。
「次の試合を行う」
審判の声。
リリアーナは、再び立つ。
対戦相手は変わる。
今度は騎士団副官。
実力者。
先ほどの選手よりも、明らかに格上。
観客席に、わずかな期待が戻る。
――さすがに今度は違う。
そう思いたい。
そう思わなければならない。
エリシアが小さく呟く。
「……二回目だよ」
「ああ」
レオニードが短く答える。
「ここから“確信”に変わる」
構え。
相手は慎重。
距離を取る。
呼吸を整える。
対して。
リリアーナは、いつも通り。
何も変わらない。
「はじめ!」
合図。
次の瞬間。
――終わる。
今度は、音すらほとんどない。
相手の剣が、自然に逸れる。
体勢が崩れる。
気づいた時には、喉元に剣。
止まっている。
完全に。
沈黙。
今度は、誰も声を出さなかった。
理解してしまったから。
――これは偶然ではない。
審判の声が、少し遅れて響く。
「……勝者、リリアーナ・アルヴェイン」
ざわめきは起きない。
代わりに。
“静けさ”が広がる。
エリシアが、ゆっくりと呟く。
「……おかしい」
「何がだ」
「戦ってない」
一拍。
「成立してない」
レオニードは頷いた。
「対処されている」
「うん」
「行動じゃない」
つまり。
――“結果だけが出ている”。
観客席でも、同じ理解が広がり始めていた。
「見えたか?」
「いや……」
「何が起きた?」
誰も説明できない。
だが全員が同じことを思っている。
――これは剣ではない。
リリアーナは、少しだけ首を傾げる。
「今のも終わりでいいのかしら?」
審判が、わずかに震えながら頷く。
「あ、ああ……問題ない」
問題だらけだった。
だが言葉にできない。
――三試合目。
相手は騎士団長。
会場の空気が変わる。
ここで止まる。
そう思う者が多かった。
いや。
そうであってほしいと願った。
「……本気だ」
エリシアが言う。
「ああ」
レオニードも同意する。
相手は完全に理解している。
“普通ではない”と。
だからこそ。
全力で来る。
構え。
圧が違う。
空気が張り詰める。
「はじめ!」
次の瞬間。
数手、やり取りが成立する。
初めて。
観客の目に、“戦い”が映る。
だが。
それも、三手まで。
四手目。
リリアーナの剣が、自然に入り込む。
無理がない。
速さでもない。
力でもない。
ただ。
“そこにあるべき位置”にある。
騎士団長の動きが止まる。
剣が、動かない。
喉元に、刃。
沈黙。
完全な沈黙。
審判が言葉を失う。
観客が息を止める。
そして。
「……勝者、リリアーナ・アルヴェイン」
遅れて、宣言。
誰も歓声を上げない。
ただ。
理解してしまった。
――これは人の領域ではない。
エリシアが小さく呟く。
「確定した」
「ああ」
「剣聖とか、そういうレベルじゃない」
「分類不能だ」
レオニードが結論を出す。
観客席でも。
同じ結論に近づいていた。
「……見たか」
「ああ」
「理解できない」
「だが、確かに存在する」
それが最も危険な認識。
リリアーナは、少しだけ考える。
「……皆、強いのね」
その一言で。
会場の空気が、完全に止まった。
エリシアが顔を覆う。
「それ言う?」
レオニードも珍しく言葉を失う。
観客の誰もが思った。
――違う。
強いのは、お前だ。
だが。
誰も言えない。
言葉にできない。
そして。
その時。
空気が、変わった。
ほんのわずかに。
だが確実に。
「……」
レオニードの視線が空へ向く。
エリシアも同じ。
――感じた。
「ねえ」
エリシアが小さく言う。
「これさ」
「なんだ」
「見に来てない?」
沈黙。
レオニードは否定しなかった。
「……可能性は高い」
観客席のざわめきが、少しだけ揺れる。
誰も気づいていない。
だが。
“何か”が増えている。
リリアーナは空を見上げる。
「……?」
ほんの一瞬。
感情が揺れる。
――“気づきかける”。
その瞬間。
空の色が、ほんのわずかに深くなった。
誰も理解しない。
だが。
レオニードとエリシアだけが理解する。
――来ている。
見えない場所に。
確実に。
そして。
リリアーナだけが、まだ気づいていなかった。
それが、最後の猶予だった。




