09 真面目なリンちゃん
これは、貯金ゼロの独身アラフィフおじさんが異世界ファミレスで働くお話。
こんにちは。私の名前はリン。サキュバスよ。でもえっちなこととかは嫌い。そういう目で見てくる男性も苦手。種族柄しょうがないとは思っているけど、どうしても無理……。ちなみに、フェリシアの店員をしてるわ。
今日でフェリシアをお休みして3週間になる。というのも、新人で入って来たインキュバスの男の子に投げキッスをされたことがトラウマになって、布団から出られなくなった。
私はフェリシアが好きだ。楽しい職場で、こんな私でも受け入れてくれる場所だから。けれど、男の人が増えてしまって、怖い。
こんこん。ノックが響く。
「おーい、リンちゃーん。お夕飯できたよ~」
年下の先輩ナコが今日も部屋にご飯を届けてくれる。優しい。好き。私はのっそのっそと布団から出て扉に向かう。
すっと扉を開けると、そこにはナコ。
「ごめんなさいね、私こんなので」
「いいんだよ! あたしだって先輩なのにぽんこつだから!」
それは事実だが肯定しにくいからやめて欲しい。
すると階下から、何やら男の声がする。なんで!? この時間、店長の佐藤は別の現場のはず──……。
「ナ、ナコ。この声ってだれ?」
「ん? ああーおじさんだね。今下でユウさんとお皿洗ってるよ」
おじさんって誰!?
私が明らかに動揺していると、吹き抜けなので下の会話が聞こえてくる。
「よー。酒持って遊びにきったぞー」
「あれ、サラさん。こんばんは」
「ひとりで飲んでてもつまんねぇからさー。おっさん付き合えよ」
「はい。お皿とお風呂洗い終わったら、是非」
あの気難しい料理長のサラとにこやかに会話してる!? サラ……懐柔されたって言うの……? 得体の知れないおじさんに……?
「あ! そっか、おじさん男だもんね……。おじさんだから忘れてた」
そんなことある……? 男であることを忘れられるおじさんって……。
「あのおじさんって、フェリシアで働いてるの……?」
「そうだよ! 丁度インキュバスの子と入れ替わりだったんだ」
あ、インキュバスの男の子はもういないんだ。でも、だからと言っておじさんが危険じゃないとは言えない。
そもそもこんな女子ばっかの宿舎におじさんを入れる???
佐藤はいいわよ、サラにぞっこんで私たちの事なんてノミかなんかだと思ってるから。でもおじさんよ? そんなの、もし私がサキュバス的暴走を起こしたら……。
私は大学時代に所属していた漫研で起こしてしまったサークルクラッシュを思い出した。
サキュバスにまつわる事件なんて、深くは説明しなくても伝わるだろう。サキュバス種は月に一度、男の精気を吸わないと倒れてしまう。それまでは国から支給されるもので普通に暮らしていた。けれど、ある時物流の途絶で、それが遅れたタイミングがあった。私は大丈夫だろうと思って普通に大学に行った。でも気が付くと複数の男子を食ってしまった。以来、男子は私と付き合った気になり触ってきたりした。女子部員はそれが気に食わず私を──……。
男が嫌いというのは正しくない。この世の理不尽な奴らがみんな嫌いだ。そして、一番嫌いなのは、自分だ。全部全部、自分のせいなんだ──。
「あははは。植物種とサラマンダーの友好は難しいだろ~」
「で、ですよね。でも僕はフェリシアならできる気がするんですよ」
「戯曲の……なんだっけ。ああ、ロミスとジュリエッタ的なあれか?」
「ええ。そこまでドラマチックでなくとも、多種族がその特性の善し悪しなど気にしないで仲良くなれる場所が在ったらいいなと思うんです」
「お! よく言った! おじさんそれでこそ漢だ! 応援するぜ」
下で料理長のサラとおじさんがお酒を飲んで語り合っていた。そのおじさんが言った言葉が、私の冷たい心を溶かした気がした。誰なのかも知らない、話したこともない。種族も性別も年齢も違う、おじさん。
そんなおじさんの言葉に、私は泣いてしまった。
「リンちゃんだいじょうぶ? お布団戻る?」
私は首を振る。
「ううん、大丈夫よ。ちょっと、嬉しかっただけなの」
そう、嬉しかったんだ。おじさんの言うような場所が作れるのなら、きっと私みたいに悩む人も、もういなくなる。
私はナコの手をとって、言う。
「私、明日から職場復帰するわね。迷惑かけて、ごめんなさい」
やったー! と言ってニコッと笑ったナコをよそに、私は階下のおじさんの、優しく酒を飲む横顔をそっと眺めていた。
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