endless
楽しんでくださいね!!
ピンポーン!
「誰だ? こんな時間によう」と和雄爺ちゃんは時計を見ながら言った。
「よし! 俺が見てくる」と和雄爺ちゃんは言って、右手に持ったままのピックをゴミ箱に目掛けて素早く投げた。
和雄爺ちゃんは茶の間に置いてあるギター・スタンドにギターを立てて、胸のポケットから新しいシルバー色のピックを取り出し、ギターの2フレットの弦の間にピックを挟んだ。
ゴミ箱に投げたピックは先っちょが減っていた。
「もう午後11時50分だよ」と母、幸子は不安そうに言った。
「気を付けなよ。爺ちゃん、念のために『あのバット』を持っていったら良いんじゃないのかい?」とスズ婆ちゃんはバットの存在を何故か思い出して言った。
「あれはダメ! ボブのサインが入っているから」と和雄爺ちゃんは拒否した。
「何処のボブ?」とスズ婆ちゃんは苛立ち気味に言った。
「フェニックスの4番の片馗打実のだよ!」と和雄爺ちゃんも苛立ち気味で答えた。
フェニックスとは地元にできた新しいプロ野球の球団で、片馗打実は4番のエースだ。左投げの左打ち、球速は178キロも出したイカれたピッチャーだ。
なぜ、ボブと言われているかと言うと、自分の事を僕と言っているつもりだけども、どうしても「ボブはね」と聞こえるのだ。
それ以来、あだ名がボブとなった。
原因は投げた173キロのストレートをピッチャー返しされてしまって、球が顔面に直撃して前歯が全部折れた事だ。
ボブは何とか踏ん張りファーストに投げてランナーをアウトにしたのだが、力尽きてマウンドの上でぶっ倒れてしまったのだった。
近い将来メジャーに行くと噂されていたし、最速の180キロを出せる男とも言われていた。
「嘘だね。170キロ以上も出せるピッチャーなんているわけないよ」と思う人もいると思う。
昔、200キロ近く投げたピッチャーがいたとか。
片馗打実はイケメンで前歯が総入れ歯で(念のために試合中は、高価な入れ歯を外している)、イカれた速さとなれば人気が出るのは自然なことだった。
しかも昨年は4番で打率が三割八分一厘、ホームランが52本と好成績を残していた。
投手では30勝0敗だ。天才的な選手だった。
「バットは念のためにだからさ、持っていっても別に良いでしょう?」とスズ婆ちゃんは食って掛かった。
ピンポーン!
「あのバットはダメ!」と和雄爺ちゃんも断固拒否をして言った。
「飾っているだけじゃないの。ここで使わなきゃ、もったいないでしょう?」とスズ婆ちゃんも負けずに言った。
「値打ちが出るんだよ!」
「いつ?」
「あと、大体10年くらいしたら、あのバット1本で300万円位の価値が出るだろうね!」と和雄爺ちゃんは得意気に言った。
「そんなに待てんよ!」とスズ婆ちゃんは呆れて言った。
「バットは俺たちのためじゃないんだよ! 竣や夏奈子のためだよ! 何かの足しにはなるはずだ」と和雄爺ちゃんは一歩も譲らずに言い返した。
「そうか。それだったら止めよう」とスズ婆ちゃんは考えを変えて、あっさりと頷いた。
ピンポーン
怪しいインターホンだ。
「なんだかこの時間帯のチャイムは怖いね」と美華ちゃんは僕に言った。
ドンドンドン!!
扉を叩き出しやがった。僕はフットワークをし出した。
スズ婆ちゃんは目を閉じて念仏を唱え出して霊力、或はサイキックなパワーを解放させる準備を始めていた。霊力を解放させたらヤバイことになる。本人もそれを自覚しているはずだから、パワーはセーブをしているとは思うけど。
ピンーーーーポオン
母、幸子はポットの熱湯を用意していて、相手に掛けるイメージの練習をしていた。
夏奈子は美華ちゃんと話していた。
「行ってくるぞ」と和雄爺ちゃんは静かに玄関へ行き扉の覗き穴を見た。
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
和雄爺ちゃんは忍び足で茶の間に戻ってきた。
「爺ちゃん誰だった?」と僕は聞いた。
「出ない方がいい。柄の悪い知らない男が2人もいたよ。どうする?」と和雄爺ちゃんもストレッチを始めた。
「様子を見よう。それでも帰らないなら警察に連絡するか、僕がボコボコにするよ」と僕は左手で拳を作って言った。
「俺も力を貸す」と和雄爺ちゃんは言った。僕らは早くも戦闘準備完了だ。
「一応、応対はした方が良いかな? 多数決を取る。怪しい人物の応対をした方が良いと思う人はいますか? 賛成は手を挙げて…」賛成は僕に、美華ちゃん、夏奈子。
反対は、スズ婆ちゃん、母、幸子、和雄爺ちゃん。意見が別れたので、僕と和雄爺ちゃんで、じゃん拳で決着を着けることにした。
「竣、用意は良いかい? いくぞっ! ♪ あっ、最初はチョキ、あっ、じゃん拳〜ポン♪」
「あいこでしょ♪」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「しょっ」
「どっちでも良いから、早く勝ちなさいっっ!!」とスズ婆ちゃんは怒鳴った。
「長ーい! すごい引き分けだねぇー!!」と美華ちゃんは手を叩いて喜んだ。
「25回も引き分けなんてさ、マジすげぇーっ!」と夏奈子も跳び跳ねて喜んでいた。
「録画しときゃ良かったけども、長いよっ!!」と母、幸子は言って、台所に行くと冷や麦の残りを食べ始めた。
「爺ちゃん、俺たち凄くねえか? これは瀬川一家の伝説的な戦いとして記憶に残るよね」と僕は和雄爺ちゃんと握手しながら言った。
「そうだな! 俺たち、なかなかやるよな!!」と和雄爺ちゃんはニヤリと笑って僕の肩を小突いた。
「もう、じゃん拳で決着をつけるのはやめよう」僕はソファーに座った。
「疲れたな」と和雄爺ちゃんは腕を回して言った。
「6人いるからさ、3対3だから、にらめっこで決着を着けようよ」と僕は新たな戦いを提案した。
「分かったぜ」と和雄爺ちゃんは承諾してくれた。
一回戦は、夏奈子対母、幸子だ。
「夏奈子、昔からお母さんの泣き顔はね、般若のお面のように怖い顔だと言われていたけどもね、その泣き顔が稀に見る美しさだ、とも言われていたのよ」と母、幸子は般若の顔を真似して言った。
「でもさぁ、お母さん、般若は見ようによっちゃ、引き笑いの顔にも見えるよね」と夏奈子は勝つ気満々で答えた。
「いくよっ、夏奈子!! ♪ にらめっこしましょ♪ 笑うと負けよ、あっぷっぷ♪」
お互いに無表情。
一歩も譲らず。
ただただ無表情。
「ブヘッへ」とあっさり開始10秒で、母、幸子は吹き出した。
お母さんは凄い笑い上戸だから、ちょっとしたことでもすぐに笑うんだよね。
「よし! 次はスズ婆ちゃん対僕だよ」と僕はスズ婆ちゃんに人差し指を向けて言った。
「加減はしないからね。変顔のルールはありだよね?」とスズ婆ちゃんは口の回りの筋肉を解すために開けて舌を出し入れして言った。
「ああ」と僕は頷いた。
「♪ にらめっこしましょ♪ 笑うと負けよ♪ あっぷっぷ♪」
無表情。
静けさ。
穏やか。
突然、スズ婆ちゃんは、ゆっくりとガムを噛む真似をしてから、動きを早くしてヤギがエサを食べる真似に変形した。
「ガム、ウメェ〜ッッ」とスズ婆ちゃんはヤギの鳴き声を真似て言った。
「ブホッ!! あはははははは!」と僕は思わず吹き出してしまった。
「スズ、羊の真似が上手いなぁ! やるなぁー!」と和雄爺ちゃんは感心して言った。
これで1勝1敗だ。最後の戦いは、和雄爺ちゃんと美華ちゃんの一騎討ちだ。
「お爺さん、私は絶対に負けませんから覚悟してくださいね!」と美華ちゃんが先制パンチを出した。
「こっちだって負けませんからね」と和雄爺ちゃんはニヤケながら言った。
「しっかりね!」とスズ婆ちゃんは気合いを込めて言った。
「美華ちゃん頼むぞ!」と僕は美華ちゃんの背中を叩いて気合いを入れた。
「♪ にらめっこしましょう♪ 笑うと負けよっ♪ あっぷっぷっ♪」
無表情。
無感情。
無慈悲。
美華ちゃんは口を膨らませて口を濯ぐ真似をした。ピンク色の頬を膨らませていた。可愛い。これは可愛いすぎる。
和雄爺ちゃんも僅か10秒足らずで「デヘヘへへ」と照れながら堪えたつもりだが、ほとんどニヤケて笑ってしまった。
「はい、爺ちゃんの負けで~す」と僕は美華ちゃんの右手を挙げて言った。
「笑ってたかい?」と和雄爺ちゃんは笑いながら僕に尋ねた。
「歯茎丸見え」と僕は笑いながら言った。
「そうか。じゃあ、納得のいく敗北だな。爺ちゃんの完敗だよ!」と和雄爺ちゃんは清々しく言った。
「敗因? だってさぁ、美華ちゃんが可愛いんだも~ん! 負けて当然だよな! あはははは」と和雄爺ちゃんは頭を掻きながら言った。
「夏の夜は楽しいことばかりだな」と和雄爺ちゃんは満足そうに言った。
「本当だよねぇ! それにしても、スズ婆ちゃんと美華ちゃんは、にらめっこが強いんだねぇ」と夏奈子は扇風機にしがみついて言った。
「いつか、スズ婆ちゃんと対戦したいです」と美華ちゃんは挑戦状を叩き付けた。
「望むところだよ」とスズ婆ちゃんは笑って美華ちゃんに抱きついた。
「竣、また、じゃん拳で勝負しようぜ。次は爺ちゃんが勝つからな!!」と和雄爺ちゃんはガッツポーズを出して言った。
「爺ちゃん、悪いけどね、僕が勝つ!」と僕は和雄爺ちゃんにピースを向けて言った。
「竣、おやすみ〜! 明日はコーラスを頼むな」と和雄爺ちゃんは言って自分の部屋に戻っていった。
「母さん、お風呂に一緒に入ろうよ」と母、幸子はスズ婆ちゃんに言った。
「良いね。汗を流そう」と親子2人は肩を組んで風呂場に行った。
僕はじゃん拳と、にらめっこを作った人に感謝したくなっていた。シンプルで面白い遊びなんて、素晴らしいの一言に尽きるよ。
時刻は午前0時35分。楽しい一時だった。
美華ちゃんは夏奈子の部屋に泊まることにした。
皆は「おやすみ~」と言って、それぞれの時間に戻っていった。
僕は自分の部屋のベッドに腰を掛けてシャツを脱いだ。
「楽しかったなぁ〜。じゃん拳、我が家の歴史に残る白熱した戦いだったな。夏は良いよね」僕は幸せの独り言を言っていた。
「うん? あらっ? 何か忘れているような気がするけども。なんだっけな? まっ、どうでもいいかぁ」と僕は言って自分のベッドに入ると、すぐに眠りに落ちた。
つづく
今回、何か忘れているような…終わり方でしたよね。何だっけ?まっ、いいや。
ありがとうございました!




