【第1話】異常なノイズ
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魔力ゼロ判定の落ちこぼれ。
――だが、その瞳だけは世界を構築する『マナの不具合』を視ていた。
理不尽な死と世界の歪みを、素手で力任せに剥ぎ取っていく知略サスペンスファンタジー、開幕です。
どうぞ最後までお楽しみください!
虚空からの転移と、静かなる影
鉛色の空が広がる、学校の屋上。
フェンスに寄りかかりながら、ユーリは自らの無力さに唇を噛んでいた。
――あの子が、酷いいじめに遭っていたあの時。
傷ついていく幼馴染の少女を、ただ見ていることしかできなかった。
怖くて、周りの目を気にして、何一つ行動を起こせなかった。
胸の奥をかきむしりたくなるような、あの日の消えない後悔。
(二度と、あんな思いはしない。 目の前で気に入らないことが起きているなら、後悔しない行動をとる)
そう強く心に誓った、まさにその瞬間だった。
足元のコンクリートが、突如として眩い紫色の光に包まれた。
重力が消え、虚空に現れた巨大な光の裂け目へと、ユーリの身体は抗う術もなく吸い込まれていった。
「うわああああっ!?」
重力と光がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた後、ユーリは硬い石の床へと派手に叩きつけられた。
「いっ、ててて……!なんだ!? 屋上にいたはずなのに ……ここ、どこだ……?」
「な、何? あなたどこから湧いて出たの!?」
目の前にいたのは、銀髪を振り乱した、見た目は十歳ほどの愛らしい少女だった。
しかし、その口から紡がれる声は、驚くほどに知的な大人の女性のものだ。
彼女の背後では、金属製の魔導具が異様な紫色の光を放ち、空間をバチバチと歪めながら膨張していた。
「まあいいわ!説明は後よ、今はそれどころじゃないんだから!」
大賢者メリッサがパニックになりながら叫んだ直後、部屋の隅の影がぐにゃりと歪んだ。
いつの間にか、そこに一人の女性が立っていた。
物静かで、どこか知的な雰囲気を湛えながらも、おぞましいほどに冷たい気配を纏っている。
透き通るような白い肌と整った容姿。
だが、その冷めきった瞳は、この場の状況を完全に達観しているのか、あるいはすべてを遠巻きに優しく見守る母親のようでもあるのか、判然としない。
彼女は低く澄んだ声で、芝居がかったように両手を広げた。
「――まさかこんな辺境の街で、時空に裂けめを入れられるやつがいるとは思わなかったぞ」
「あなた……何者よ!」
メリッサが鋭く睨むが、彼女は不敵に嗤い、懐から取り出した赤黒い魔導チップを床に投げつけた。
「我が名はアルマ。この世界を正すものだよ」
暴走する魔導具と連動し、部屋全体を囲むように、赤黒い障壁――『結界』が急速に展開していく。
「大賢者メリッサ。そして、妙な闖入者。この最高密度の不具合とともに、ここで美しく塵に還るがいい!」
そう名乗った彼女の周囲で、大気が不気味にきしむ。
「クッ、この結界は外側からの干渉を遮断する特級拒絶術式……!閉じ込められたわ!」
メリッサは頭を抱えて叫び散らした。
「なんで失われた古代魔術が簡単に発動するのよっ!あああああ!万物の理を揺るがす暗黒の逆流!この因果をねじ曲げる破滅の特異点は制御しきれないわ!私の八百年の魔導の真理が、こんな場違いな魔法、いくら何でも度が過ぎているわ!」
「……ねえ、それ」
完全に狂乱しているメリッサの横で、ユーリは冷淡に尋ねた。
「『ねえ』じゃないなよっ!あなたも最期の神頼みでもしたらどうなのっ!」
「どうヤバいの?」
首を横に振って答えるメリッサ。
「どうやら、事の重大さが分かってないようね坊や。なんと、半径数十キロが塵と化すわ!!」
「それは本当に危機的状況だね」
「だね……って、ンな軽い口調で言うな――!」
他人事のように頷くユーリだったが、その瞳の奥には、強い光が宿っていた。
(……街が吹き飛ぶ?そんな気に入らない状況、見過ごせない)
ユーリの特殊な【眼】には、激しく発光する魔導具の「回路」がはっきりと視えていた。
なぜ光が見えるのか、この光はどうやら掴めそうだと何故思うのか。
そんな疑問さえ浮かばず、ユーリは当たり前のことのように理解した。
例えるなら、両腕の指先を、考えるよりも先に動かせる。
そんな感覚に近かった。
一般の人間には決して見えず、存在すら知られていない世界の根源システム――『マナの流れ』。
美しく流れるべきその回線の、ちょうど中央の分岐点。
そこに、不純な紫色のノイズが、流れを阻害するようにべったりとこびりついている。
「よし。じゃ、問題解決しようか」
「はぁ!?何言ってるのよ!何、その『じゃ、ちょっと買い物行ってくるよ』みたいなノリはっ!物理的な破壊も不可能なの!打つ手がないの!わー、こんなことなら夜食べようと思ってたケーキ食べとくべきだったー!」
もはや幼児化したのではないかと思われるメリッサの駄々っ子っぷり。
しかし、ユーリはその状況を完全に無視した。
ユーリは無造作に歩み寄り、暴走する魔導具へと躊躇なく手を伸ばした。
その手は、その奥にある「術式の歪み」を直接掴んだ。
「ちょっ、ちょっと!やめなさいって!そんなことをしたらあなた自身が灰になるわよ!」
メリッサの慌てた声を、どこか遠くで聞いているかのように聞き流す。
「さぁ、古き大賢者よ。このまま塵と化せっ!」
魔族のアルマが、これで最後だとばかりに高らかに宣言する。
魔力が凝縮されたのか、結界の上面が赤々と輝きだす。
魔法が分からないユーリでも、この後何かが起こることが容易に想像がついた。
(二度と、後悔しない!)
ユーリは指先に力を込め、空間にこびりついた不純なノイズを物理的にしっかりと掴み取った。
そして、強力なテープを勢いよく引き剥がすように、強引に、一気に。
「剥がれろ――!」
ビリリィーー……ッ!!
回路に絡みついていた不純なノイズを、一気に引き剥がした。
引きちぎられた光のマナは、ユーリの手の中で実体を失い、空気中にサラサラと霧散して消滅した。
キィィン……と澄んだ音が響き、魔導具はピタリと暴走を止め、ただの金属球となって床にコロンと転がった。
「「……………………は?」」
メリッサと、闇に紛れて見届けていたアルマの、驚愕の叫びが重なった。
「あ、ついでにこれも邪魔だから外しとくね」
ユーリはそのまま、部屋を囲んでいた赤黒い結界に近づき、その『術式の接続点』にこびりついていたノイズを、同じように素手で掴んだ。
そして、テープを剥がすように「ビリリィーー……ッ!」と引き剥がす。
パリィィン!!
特級拒絶術式と言われた赤黒い結界が、薄いガラスのようにあっけなく粉々に砕け散った。
「え、えええええええええええーーーッ!?!?
特級結界まで物理的に掴んで剥がしたのォォーーッ!?」
「高等結界魔術を指先一つで剥がすのかーーッ!?」
メリッサとアルマの、喉が張り裂けんばかりの絶叫が重なった。
「な、何者だお前は……!?」
アルマも、額に滝のような冷や汗を流し、その目を限界まで見開いて震えていた。
あり得ない。魔導の常識を完全に破壊したその眼前の少年に、底知れぬ恐怖を抱いていた。
「――貴様、本当にヤバいな」
アルマの瞳に明確な殺意が宿る。
瞬時に懐から暗殺用の魔導短剣を抜き放ち、ユーリの首元へと神速で踏み込んできた。
「死ね、異邦者よっ!」
だが、その刃がユーリに届く直前。
まばゆい光の障壁が短剣の行く手を阻み、強烈な力で彼女を吹き飛ばした。
「おっと、大賢者のメリッサ様の前で、そんな真似が簡単にできると思わないでね」
メリッサが、大人の余裕に満ちた笑みを浮かべ、杖を構えて立っていた。
「チッ……! 大賢者め」
アルマが周囲を見渡す。
先ほどまでの紫がかった不気味な霧が晴れ、晴天の中の丘の上に立っている。
「時間切れか……今日のところは引いてやる」
アルマは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、再び背後の闇の中へと掻き消えていった。
「ふぅ……。――コホン、あなた、本当に何者なの?今の挙動、魔導の法則を完全に無視していたけれど……」
アルマが去った後、改めて確認するように問いかけるメリッサ。
しかし、ユーリは「手元が少しベタベタするな」と、自らの手のひらを気にするばかりだった。
「それよりいいのか?お友達さん、何にも言わずに帰ったみたいだけど」
「友達じゃないっ!見たらわかるでしょ、どう見ても敵対してたわよね、命のやり取りやってたでしょ。あなた、何? 天然? いろんな意味で貴重品なんですけどっ!」
メリッサは呆れたように息を吐き、それから、アルマが消えていった暗がりを不快そうに見据えた。
「……あれは魔族のアルマ。 あの姿は、人の形に変身した偽りの姿よ」
「変身?」
「そうよ。本当の姿は、肌が赤みがかっていて額の双方に小さな二本の角が生え、八重歯が少し出ている不気味な姿よ。でも、奴らは高度な変身術を使って、肌を白くし、角と八重歯を隠して、人間の姿に化けることができるの。……何のためにそんな真似をするのかは知らないけれどね」
メリッサはしばらくしてハッと我に返り、床に転がった魔導具を睨みつけた。
そして、怒りの炎を燃え上がらせて叫んだ。
「まったく、これだからレンタル品は!文句を言ってやるわ!」
「え?」
ユーリが驚きで目を見開く。
少女の耳は、端が不自然に尖っていた。エルフだ。
「やっぱり、ローンを組んで高い方を買っておくべきだったかしら。でも、固定資産税がかかって維持費が馬鹿にならないのよね、古代の魔導具って……!」
「……固定資産税?異世界にもあるんだ、そういうの」
ユーリが思わずツッコミを入れる。
「とにかく!この魔導具は、街の『魔導登録所』で借りてきたばかりの年代物よ!ろくにメンテナンスもせず、あまつさえこんな危険な干渉を許すなんて、一級の怠慢だわ!今から受付に直接ねじ込んでやる!」
メリッサは怒り心頭で、ユーリの腕をガシッと掴んだ。
「え? 一緒に行くの?」
「当たり前じゃない!あなたの魔力測定もそこでできるから、ついでに行きましょ!」
「ええ……、別にそんなところ行きたくないんだけど……」
「いいから来い!」
問答無用で塔の扉が開け放たれ、ユーリは大賢者メリッサによって、魔導商都グランデールの街へと引きずり出されるのだった。
第1話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
魔力測定ゼロの無能と笑われた少年――
しかし、彼に見えている「紫色のノイズ」こそが、この街を揺るがす巨大な事件の引き金となります。
果たしてユーリはこの世界で何を引き剥がしていくのか……?
「続きが気になる!」
「面白そう!」
「素手でバグを剥ぎ取る能力が気になる!」
と少しでも思っていただけましたら、
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次話【第2話:測定不能の無能と、大賢者の大ばくち】へ続きます。
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