38話 グリーミーの最後
「はぁ……はぁ……。さぁ……攫った者達に憑依させた悪霊は全て解いたわよ……サラ。だから早く私の心臓を掴んだ手を引いてちょうだい」
「……憑依を解いた後の悪霊達はどうしましたか?」
「ちゃ……ちゃんと全部霊体まで解体しておいたわよ……。レイサムに憑依させたレヴァナントも力を失って元のアインザームの霊魂に戻っているはずよ……」
「………」
「し……心配しなくても嘘なんてついてないわよ……。だから早くこの手を引いて……」
サラの脅しに屈し攫った者達への悪霊の憑依を全て解いたグリーミーだったが、サラはまだそれを確認できるまで自身の心臓を掴んだ邪霊の手の手を解いて貰えなかった。
逸早く死への痛みと恐怖から解放されたいグリーミーは自身に言葉が本当であると信じて貰えるよう必死にサラに訴えていたのだったが……。
「サラさんっ!」
「……コン」
「良かった……無事だったんだね。レイサムが急に意識を失ってもう悪霊の憑依も解けてるみたいだったから慌てて駆け付けて来たんだけどサラさんがあのグリーミーって死霊術師を……っ!」
そんなサラ達の元にレイサムの悪霊の憑依が解けたことを確認したコンが駆け付けて来た。
サラの無事な姿を見て安心するも、直後に目に入って来た今にも死んでしまいそうと思える程虚ろな表情を浮かべて立ち尽くすグリーミーの姿に驚きを隠せずにいた。
そしてそれはその後に駆け付けて来たグナーデとフォンシェイも同様で……。
「サラっ!」
「サラさんっ!」
「グナーデ……それにフォンシェイも……。どうやら本当に悪霊達の憑依は解いたようですね」
コンに続いてグナーデとフォンシェイもこの場にやって来たことでサラもグリーミーの言葉が事実であると確証を得たようだ。
後はグリーミーの心臓を握った手をどうするかだが……。
詳しい事情は分からずとも今のサラとグリーミーがどのような関係にあるかコン達もなんとなくその場の雰囲気によって
に悟り、何の口出しもすることもなく二人の会話の様子を見守っていた。
「さぁ……これで私の言葉が本当だったって分かったでしょ……。早く私の心臓を掴んだ手を放してちょうだい……」
「別に私は悪霊の憑依を解いたかといってこの手を放すと約束したつもりはありませんよ。この手であなたの心臓を握り潰すかどうかはこれから決めることです」
「なっ……」
グリーミーの言葉が本当だったと分かってもサラは簡単に心臓を握った邪霊の手の手を解くことはしなかった。
これまでの相手の言動を考えれば当然ではあるがこのまま命を奪うつもりなのかそれとも……。
「確かにこの屋敷に攫った者達の悪霊の憑依は解いて貰えたようです。ですがあなたが憑依者として従える者達がそれで全員であるとは限りませんし生かしておいてはまた同じことを繰り返すでしょう」
「し……しないわっ!。私が悪霊を憑依させた奴……じゃなくて者達は全員この屋敷にいたしもう二度と憑依の死霊術は使わないと誓うっ!。だからどうか命だけは助けて……」
「ではなぜ我々死霊術師が憑依の術を禁じているのか分かりますか……。またあなたの口にした奴隷という言葉に何故私がこれ程の怒りを感じているのかを……っ!」
「ぐうぅぅっ!、……ごほっ……ごほっ!、ごほぉっ!」
グリーミーに問い質すと同時にサラは再び心臓を握る手に少しの力を込めた。
グリーミーの言動に自身がどれ程の怒りを覚えているか知らしめる為だろう。
「はぁ……はぁ……。そ……それは死霊術師の務めがこの世を彷徨う霊達を救うことで決して傷付けたり自分の都合の良い駒として利用してはならないからよ。今後はそのことを肝に銘じてあなたのように死霊を従えて奴隷ではなく大事な僕として接することにするわ……」
「……駄目ですね」
「……っ!。な……何が駄目だっていうのよっ!。私は本当に心の底から会心してあなたにお願いしてるのよっ!。悪霊達の憑依だってちゃんと全部解いていたし少しは信用してくれても……」
「私が駄目だと言ったのはあなたが信用できないからでなく私の質問に対する答えが的外れであったからです。別に私は奴隷という言葉の意味に怒っているのではありません。あなたの仰っていた死霊を通り自分の手駒として利用しているのは私も同じなのですから……」
「(サラさん……)」
それが本心であるわけでないと分かってはいながらも、サラの自身を奴隷として扱っているのと変わりはないという言葉にコンは心の中で少しのショックを感じていたようだ。
確かに制度として明確に違いない以上は僕であるにせよ奴隷であるにせよ主の命に従わねばならない存在であることに変わりはないのだが……。
「じゃ……じゃあ私の何に怒ってるっていうの……。適当なこと言って本当は元から許すつもりなんてなかっただけじゃ……」
「私が死霊のことを奴隷と呼ばないのは単に相手の尊厳を守る為ではありません。その言葉に込められた負の霊力の影響を死霊に与えないようにする為です」
「ど……どういうことよ……」
「この世は全て正と負の霊力の均衡に成り立っている……。どちらの力が上回ることになろうとその均衡が破れることは世界の崩壊を招くことになり……それは個々の生命においても言えることです」
「………」
「どのような理由であれ我々の都合で勝手に僕にされた以上死霊は負の感情……乃ち負の霊力を抱くことになります。ならばその均衡を維持する為に必要となるのは蘇ったことへ感謝の思いなどの正の霊力……。にも関わらず奴隷という言葉で更に負の霊力を送り込むのはその者の魂……しいては世界の崩壊まで招くことになる正と負の霊力の均衡を見定める死霊術師としてあってはならない行為です」
「ぐっ……」
「そして私が最も許せないのは同じ死霊術師でありながら私のその怒りが私情によるものだとあなたに思われたこと……。そんなあなたには正と負の霊力の均衡が崩れることがどれ程恐ろしいかその身で知って死んで貰うことにしましょう……」
「……っ!。ま……待って……っ!。だったらもう憑依だけじゃなく今後全ての死霊術を使用しないことを誓うわっ!。なんだったら私の体に魔力を完全に封印する術式を組み込んで貰っても構わないから……」
「………」
「そ……それにほら……この鍵を見てっ!。これは私の大事な宝をしまってある金庫の鍵よっ!。実はこの悪霊を憑依させた者の中に私の弟子になりたいって変わった女の子供がいてその子がとんでもない内容の書かれた資料を持ってたのよ。それを含めて私の宝を全部あなたに差し出すからどうか命だけは助けて……」
どうしても命だけは助かりたいグリーミーは死霊術師としての力を捨て去ると言ってまでサラに懇願していた。
更には首に掛けたペンダントの先の鍵まで取り出して見せていたのだが、最後の質問の答えでグリーミーのことを完全に見放していたさサラに届くことはなく……。
「さようなら……グリーミー……」
「や……やめてぇぇぇーーーっ!」
「……心臓破裂」
「……っ!、ぐふっ……!」
「………」
「………」
サラが邪霊の手に命じた言葉とともにグリーミーの心臓は握り潰され、口から少量の血をゆっくりと垂れ流し絶命していった。
外傷のないまま一瞬にして全身の血の気が引いていき、まるで人形にでもなってしまったかのように地面へと倒れ込んだグリーミーの姿は場に何とも言えない空気を漂わせ皆に暫く沈黙することを余儀なくさせていた。