表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

第5章 ★霊媒師のいる占いの館へようこそ in OSAKA

第5章 ★霊媒師のいる占いの館へようこそ in OSAKA


《2014年5月3日 甲戌(きのえいぬ)の日 友引 憲法記念日》  


 結婚してから半年後の五月三日、日曜日。午後三時すぎ、大阪市天王寺(てんのうじ)区にある「占いの館」へ行った。

 この占いの館は、JR天王寺駅の駅ビル「ミオ」の中にある。

 わたしはこういう場所を訪れるのが生まれて初めてで、緊張感が走る。

 この占いの館にはブースが三つぐらいあって、わたしは何気にピンときた『霊媒師(れいばいし) 道祖天子(どうそてんこ)』と書かれたブースの暖簾(のれん)(くぐ)った。

 「失礼します」

 「どうぞ、お掛けになって」。霊媒師の道祖天子は少し小太りのそこかしこにいそうなピチピチのミニスカを履いた若い女性だった、

 「占い師ですよね。わたし、ひとつ占ってほしいことがあるのですが……」

 「ええ、私は占いもしておりますが霊媒師です」

 「霊媒師というのは東北のイタコとか沖縄のユタのことでしょうか?」

 「さようでございます。私の家は代々、青森の津軽地方でイタコをやっておりましたが、私の霊媒能力が強すぎて津軽から追い出されました。そして、一時期、沖縄でユタの修行もしました。ところで、占ってほしいこととは何でしょう?」

 「あなたが霊媒師なら、先刻(せんこく)お見通しなのではありませんか?」

 「確かにさようです。ですが、私が先に言いますとお客様のなかには気味悪がって帰ってしまう方もいらっしゃるもので。もし、問題がなければこちらから申し上げても一向に構いませんよ。お客様はこういう場所が初めてのようですが、そんなに硬くならなくて大丈夫ですよ」

 「はい。では、わたしが占ってほしいことがお分かりなんですか?」

 「ええ、まあ。お客様が入ってきた瞬間に、ある方の霊が見えました。お父様か、あるいはおじい様でしょうか。まだコンタクトを取っておりませんので詳しくは分かりませんが、肩や胸にしているバッジなどから北朝鮮の高官だと思うのですけれど、そうなんでしょうか?」。この占い師は客のわたしに質問をするという何とも変わった女性だ。

 「ええ、確かに父は北朝鮮の高官でした」

 「そうですか。ご愁傷様(しゅうしょうさま)です」

 「ええ。それでわたしが占ってほしいことはお分かりになったのでしょうか?」

 天子は神妙な面持ちで「しばし、お待ちを」と言って、目を瞑り、両方の掌を合わせて「ウートォトゥー、ウートォトゥー、ママトマフィーティ…」と沖縄ユタの呪文を(とな)えた。 

 すると、どういうことなんでしょうか? 

 天子は東北の津軽弁で語り始めた。「ミキ、コノクニデシアワセヲツカムンダ。パパトママハイツデモミキヲミテイルカラナ。ザンネンナガラソコク・キタチョウセンニハコノサキハナイノダロウ。キムオウチョウノホウカイハ、マッタナシノジョウキョウジャ。アルトスルナラバ、タコクノカイライセイケンニナルノミジャ」。それから、天子はしばらく放心状態になっていた。

 「あの、ちょっとよろしいですか。あの、あの、あの……」

 「何でしょう?」。最初の女性に変わっていた。

 「今のが口寄(くちよ)巫女(みこ)のなせる業なんですよね。すごーい。乗り移った感じが絶妙だった」。わたしは改めて感動した。

 「ところで、問題は解決しましたかな?」

 「あの、もうひとつお聞きしたいことがあるんですが……」

 「ああ。アナタのこれからの運命ね。運命は変えられないのよ。だから、聞かない方がいいわよ。アナタは、初恋の相手が孤児だったから、結局別れる運命だったようにね」

 「えっ、わたしの過去もお見通しなのね。どうも疑ってすみませんでした」

 「そんなに気にしないでください。その代わりに私の話を聞いてくれるかしら?」と天子が言うので、時間はそんなになかったのだが、「はい、どうぞ」とわたしは言ってしまった。

 それから、天子の長い身の上話が始まった。「その昔、津軽(つがる)の名士に津軽彦左衛門(つがるひこざえもん)というものがいてな。私に占ってほしいと訪ねてきたのだよ。私が十歳の時に。その十歳の私に彦左衛門は膝まずいて懇願するものだから、私はありのままを申し上げたのさ。そうしたら、怒り千万。彦左衛門は『拙者(せっしゃ)堪忍袋(かんにんぶくろ)()が切れたでござる。時代が違えば、市中引き回しのうえ首斬(くびき)りの刑に処するところではあるぞ。だが、いまは昭和の世。耐え難きは耐え、忍び難きは忍んで言うのでござる。よう耳をかっぽじいて聞けよ。いいか。村八分(むらはちぶ)になりたくなければ、即刻、津軽から去りたまえ。」と時代劇好きが高じた語り口調で脅されてな。それから、うちら家族は町ではつんぼさじきにされて虫けら以下の扱いを受けたのよ。それで、津軽から夜逃げ同然で大阪の御厨っていう昔、巫女が住んでいた町に来たってわけさ」。彼女の言葉にわたしはどうして良いのか困り果てた。

 わたしは素朴(そぼく)に思った疑問をその女・天子にぶつけてみた。「その彦左衛門さんには口寄せで何を伝えたんでしょうか?」。

 「『人身御供(ひとみごくう)かそれに準ずることをしなければ、この町に大きな災害が起こり、津軽家は大損害を被る』と言ってやったのよ」

 「人身御供って何でしょう?」

 「そんなことも知らないのかね。要は()(にえ)さ。いまの世の中じゃ、生け贄なんて無理だから、敢えて『人身御供かそれに準ずること』と言ったのに、『それに準ずること』は彦左衛門の耳からは吹っ飛んでしまったのさ。で、『あのよく当たる十歳の巫女はとうとう天狗(てんぐ)になってお偉いさんに盾を突いたってさ。しかも生け贄を出せって』というウワサが町中に流布して、うちら家族は村八分にされたってわけだ」

 「それは大変でしたね。それで、彦左衛門の家はどうなったんでしょう?」

 「それは言わずもがなよ。津軽家は豪雨によって大きな被害を受けたうえに跡取り息子も亡くなってお家断絶になったわ」

 「じゃあ、見事当たったんだ。ってことは、恨まれて大変だったのではありませんか?」

 「それは、その時のために手は打っておいたわ。『もし、私を恨み殺したならば、私の墓に百八つの人身御供が必要になろう。女王・卑弥呼(ひみこ)の時のように』と脅しを掛けておいたから大丈夫。その時の彦左衛門の恐怖に(おのの)いたような顔をアナタにもお見せしたかったわ。いまにもションベンをちびりそうって感じだったのよ。ハハハア」と天子は思い出し笑いをしたのだった。

 そして、天子は真剣な表情に戻して、「アナタにこんなプライベートな話をするのって変だとは思わない⁉」とわたしに謎めいたことを言った。

 「言われてみれば、変だわね」。わたしは率直に答えた。

 すると、天子は不思議なことをわたしに告げたのだった。「それはね。私とアナタってこれで終わりじゃないのよ。私とはまた、すぐ会いますから。そういう運命なんですよ。それから、アナタは子どもには恵まれるわ。子どもと言っても色んな形があるでしょ。子どもは二人で、アナタのお腹から産まれてくるお子さんにはカタカナで『ヒカル』と名づけるといいわ」。

 「えっ。何ですって」

 「答えはじきに分かります。アナタ自身が辿(たど)る人生ですから」

 「はあっ」。わたしは何か(きつね)(つまま)まれたような気分がした後、ボーッとした。気づいた時には天王寺駅の中央口改札口前に立っていた。あの占いの館からここまでどうやって辿り着いたか記憶にない。

 「ミキティ!」とわたしを呼ぶ声が聴こえた。振り返るとボサボサ頭の健ちゃんが突っ立っていた。そうだ。健ちゃんと動物園へ行く約束をしていたんだ。

 「だから、ミキティはやめて。恥ずかしいから」

 「ミキって何度も呼んだんだけれど振り向かないからミキティって呼んでみたら一発で振り向いたんや。大丈夫か?」

 「だいじょうブイ!」と言って右手でVサインをしてみせたわたし。

 「ハハハア。ウケる。ところで、それ、何?」

 「やっぱり、健ちゃんも知らないんだ。ニッポンの昭和の時代に流行った言葉だって」 

 「そうなんや。新鮮な感じがしたけどな。昭和の時代か。ハハハハァ」。思い出し笑いをした健ちゃん。

 わたしは健ちゃんのそんな笑い声が好き。とっても好き。

 とても自然で開放感に満ち溢れているから。

 このニッポンの国のように。

◎主な登場人物

▼わたし(広田ミキ/金美姫)

ピョンヤン出身/舞踏家/ニッポンへ脱北/ドジ・のろま/父外務省高官/母小学校教師/アカブチムラソイ/タンゴ/結婚・出産/子不知自殺未遂/記憶喪失/2児の母/コンビニバイト

▼健ちゃん(広田健三/陳健三)

広田家家長/中国遼寧省出身/農家三男/無戸籍/北京大医学部卒/元外科医/発禁処分作家/ボサボサ頭/ニッポン亡命/大正浪漫文化/竜宮の使い/大阪マラソン/母親白系ロシア人

▼ナナ(広田ナナ/チュッチュッ)

広田家長女/タイ難民キャンプ出身/ビルマ人/ニッポン亡命/悪戯好き/高田馬場/交通事故/あすなろ/児童養護施設/養女/道頓堀小/ハイカラさん/福山先生/失語症/車椅子

▼ヒカル(広田ヒカル)

広田家次女/大阪生まれ/天使のハートマーク/ダウン症/ルルドの泉/奇跡/明るい/笑顔/霊媒師アザミン/プリン・イチゴ好き/亡命家族を結び付ける接着剤/天体観測/流れ星

▼平野のおっちゃん(平野哲)

外務省官僚/福岡県八女市出身/両親を幼くして亡くす/ミキ・健三ら亡命者支援/ヒマワリ・サンシャイン/ミキの父・金均一の友人/ミキ養父/西行法師/吉野奥千本に卜居/満開の桜の樹の下で銃殺

▼洋子さん(平野洋子/旧姓有栖川)

平野哲の妻/旧皇族/奥ゆかしさ/ミキ養母/ミキと健三のヨリを戻す/ゆめのまち養育館/福山恵/奈良県・吉野/夫婦で早朝にジョギング、古都奈良散策/いけばな家元/みたらし団子/韓国ドラマ

▼アザミン(水田あざみ/斎木あざみ)

霊媒師/津軽イタコの家系/弱視/青森県・鯵ヶ沢町出身/10歳の時に村八分/大阪・梓巫女町/琉球ユタ修業/ミキの善き理解者/夫は水田豊部長刑事/2男2女の母親/直接的・間接的にミキを救う

▼塙光男(朴鐘九/河合光男)

北朝鮮の孤児/スパイ/金日成総合大卒/ニヒルなイケメン/新潟県可塑村村長の養子/同県大合併市市長/ミキの初恋の相手/北朝鮮、ニッポン乗っ取り計画首謀者/ミキを誘拐/親不知不慮の事故死


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ