第二十八話 青騎士(ブルーナイト)
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『そこのパーティ、止まれ』
ゆっくりと陣幕の内側で立ち上がる青い騎士型の声が、丘陵地帯に響いた。
ケインの目算通り、立ち上がった青騎士の全長は一五mにも達し、手に持つ長剣の剣先を下に向け、杖のようにして保持していた。
魔核タイプの〈真影〉に制止を呼びかけられれば、自然と歩く足は止まる。
『そこを行くのはもしや、我が可愛い妹のフレイヤか?』
丘陵地帯に響き渡る増幅された召喚者の声は、フルフェイスに遮られて少し鈍く聞こえていたが、それでも声色からは極度の自己陶酔——そして傲慢な性格がにじみ出ていた。
いやしかし、それよりも青騎士からフレイヤ個人の名が出てきた方が驚きだ。
フレイヤ以外の五人の視線が彼女に集まる――。
「――私の双子の兄、ユング・ミル・ブレイブです」
フレイヤは小声でそう呟くと、青騎士はおろか、パーティメンバーである俺たちの誰とも目を合わせずに俯いていた。
『あぁ、やはり、我が可愛い妹よ…………お前、何故ここにいる?』
優しく撫でるような声色が響きわたったかと思いきや、青騎士からとても兄妹に向けたものとは思えない、冷酷で相手を賤しむ声色が響いた。
フレイヤは俯いたまま一歩前へ出ると、僅かに視線を上げて青騎士の脛辺りに視線を向けた。
「ユ、ユング、私は――」
『“お兄様”だ!』
フレイヤが青騎士に声を掛けた瞬間、その流れをズタズタに引き裂くように青騎士が吠えた。
「す、すいません!」
その吠え声に、フレイヤは再び真下を向いて固まってしまった。
「ちょっと、貴方。突然なんですの?!」
「双子の兄だか知らないが、俺たちのパーティメンバーに何か用なのか!」
「――〈真影〉を持って脅すとは、騎士を目指す者とは思えぬ」
怯えて震えるフレイヤの前に、キーラ、ケイン、アオイの三人が回り込み、ゼクスはフレイヤの両肩を押さえ、いつでも〈真影〉を召喚できるように魔力を高めていく。
その四人を見渡すように、青騎士の頭部が僅かに動く。
『おやおや、我が可愛い妹はもう学友をその毒牙で犯したのかい?』
「そ、そのようなことはしていません……」
『だが、現にお前はココにいるじゃないか。その毒牙に掛けるのも、遅いか早いかの違いでしかない――ふむ、自己紹介が遅れたね』
青騎士が杖代わりの長剣を持ち上げ、その剣先を天に向けて顔の前に掲げた。
『我が名はユング・ミル・ブレイブ、ブレイブ王家に属する正当なる後継者にして最強の騎士』
最強? なんと自惚れの強い男か。しかし……後継者とは随分と言い切ったな。
ブレイヴ王国の王――マイモン・ミル・ブレイヴは数え切れないほどの側室を囲い、王位継承者の数は三桁にも達するはずだ。
その数多の継承者たちをさし置き、自分こそが正当と名乗るとは……気に入った。
その自信、青騎士から感じる上位魔族にも匹敵する魔力の波動、隠そうともしない傲慢とエゴの臭い……なんと愚かで美しい人族か。
天を見上げる先で光る青騎士の眼光を睨み返しながらも、思わず口角が緩む。
『君たちもこの丘陵地帯で狩りを行うつもりなのだろうが、ここはすでに第一学園の騎士科が占有している。第七の生徒は森へ戻り、猿の尻でも追うがいい』
顔の前に掲げる長剣を弧を描くように振り抜き、丘陵地帯に一本の線を斬り引いた。
「きゃッ!」
「あぶねぇ!」
「――フレイヤ下がって」
突然の一閃に地面が爆発し、噴き荒れる土砂がキーラたちを襲った。
『この線を越えれば、魔獣狩りに巻き込まれても命の保証はしない』
青騎士のそれは、“線を越えたら殺す”と言っているに等しい。それだけの殺意と決意――そして自分の立ち振る舞いに酔う、腐った自己愛の臭いを感じた。
「下がるぞ! アオイ、付いて来い! ケインはキーラを!」
ゼクスが俯き固まるフレイヤを無理やり下がらせ、噴き出した土砂の勢いをまともに受けて気を失ったキーラをケインに任せる。ケインはゼクスに言われるまでもなく、キーラを抱えて後退し始めた。
「ラグナ! お前も早く来い!」
五人が最後尾にいた俺を追い越して森林地帯へ下がっていく。
『お前も逃げ出すがいい、それとも——獣核タイプが我が〈真影〉と張り合えるとでも考えているのか?』
青騎士の眼光が真下で見上げる俺のことを捉えている。その後方からも、形は不揃いだが獣核タイプの〈真影〉——騎士型が五体、こちらに向かって歩いてくる。
「ふッ、典型的な力に溺れる人族らしい態度だ……嫌いではないし、むしろ欲望に忠実なところがお前たちの美徳であり、愚かしくも好ましいところだ。
『――? 何を意味の判らないことを――』
人族同士のこととは言え、俺とパーティを組んだキーラたちに危害を加えたことは、正直言って不愉快だ。
「ラグナ! 早くこっちに来い!」
だが、今のところはゼクスの呼ぶ声に従い、合流することを優先しよう。
青騎士に背を向け、皆が待つところへと歩いて行った。
その時、背後で青騎士が甲高い笑い声を響かせていたが、密かに地中を掘らせていたヘリアルたちによって、青騎士の足元が一閃の傷跡に向かって崩壊し、自分のパーティメンバーの〈真影〉を押しつぶす形で無様に転げた――しかし、それは背を向けた俺には見えないこと。
俺の視界に見えているのは、突然転んだ青騎士の姿に笑うケインやゼクスの顔と、頰を膨らませて笑いを我慢するアオイ、そしてどこかホッとした表情で俺を迎え入れたフレイヤの笑顔だった。
「キーラの様子は?」
「まだ気を失ってる」
ケインに抱きかかえられているキーラは、ぐったりと力なく体をケインに預けていた。頭部には白布が応急処置で巻かれているが、じんわりと滲み出る赤色から察するに、噴き上げた土砂の中にあった石が運悪く頭部を直撃したのだろう。
感じる必要のない罪悪感に表情を暗くするフレイヤの肩にアオイが手をかけ、ゼクスは丘陵地帯を進む騎士科の〈真影〉を睨みつつ、周囲の警戒を行なっている。
手が空くのは俺だけか――。
「ケイン、回復薬を使うぞ」
「あぁ、頼む」
回復薬とは、自然治癒力を高めて傷を治療する飲み薬のことだ。カス獣核と〈魔法紋〉によってその効果が増幅され、身体的な怪我の治療に効果がある。
だが、ハンターにとって回復薬は貴重な医薬品だ。持ち運べる量に限りがあるため、小さな怪我に使っていればすぐに所持品を使い切ってしまう。
しかし、ここは躊躇なく使うところだ。俺なら魔法で治療することもできるのだが、それをケインたちの前でするわけにはいかない。
ここは人族らしく、腰に着けたカバンから回復薬の小瓶を一本取り出し、木栓を抜いてケインに手渡す。
「さぁキーラ、これを飲むんだ」
ケインはキーラの薄紅色に潤う唇に回復薬の小瓶をあて、ゆっくりと溢れないように流し込んでいく。
キーラの喉がわずかに動き、回復薬を飲み込んでいるのが見えた。これでひとまずは大丈夫だろう。キーラの全身が薄緑色に明滅し、白布の下では頭部の外傷がゆっくりと塞がっていることだろう。
回復薬はあくまでも身体的外傷を治療するもの、その効果が発揮されたとして、すでに気を失っている状態からすぐに復帰するわけではない。
キーラを抱きかかえているケインも回復薬の効果に一安心したのか、キーラを楽な姿勢に寝かせると――。
「――フレイヤ、あの青騎士は一体何者なんだ?!」
それは今一度フレイヤの口から確認したいと、俺を含めて五人全員が考えていたことだった。




