第二十七話 先乗り
二日目の朝日が昇り、樹々の隙間から差し込む光で視界が明るくなった頃、俺たちは他パーティの動き出しよりも早く野営地から出発していた。
シグル砦の南に広がる大森林地帯の終わりは判っていないが、南西の方角に進めば樹々の数が減り、丘陵地帯がぽっかりと広がっていることは知られていた。
目指すはそこだ――フレイヤの〈真影〉を召喚するスペースの確保と、その能力の影響範囲を正確に把握するため、見通しの良い狩場が必要だった。
だが、その狩場を求めるのは他パーティやハンターたちも同じだ――だからこそ、先んじて狩場の所有権を確保する必要がある。
「それじゃぁ、お前たちはここで待機だ――召喚魔装!」
これまで戦闘はおろか偵察もせず、フレイヤと俺の護衛に徹していたゼクスだったが、狩場の状況を確認するために一人偵察へと向かうことになった。
左腕に嵌めたリングから緑光の輝きが溢れ、足元からは突風が吹き荒れて思わず視線を外した瞬間――翼を羽ばたかせる音と共に、ゼクスは直上へと飛翔した。
鳥獣型か……。
錐揉みしながら飛翔し、上空で急停止して大きな翼を広げた姿は正に鳳――しかし生物的なソレではなく、エメラルドに輝く装甲に全身が覆われた、金属の怪鳥が空を舞っていた。
「ゼクスの〈真影〉は長時間の飛行を可能とする鳥獣型です。視力向上の能力を併せ持ち、高高度からの偵察で彼の横に立つものはいません」
皆が空を眺める中、フレイヤがゼクスの〈真影〉について話してくれた。
ゼクスの〈真影〉はその飛行能力を買われ、情報伝達や偵察、緊急時には要人を乗せて上空へ退避させる護衛として、セブンズジェムに雇われているそうだ。
もちろん戦闘能力も有しているそうだが、何もかもをフレイヤが知っているわけもなく、ゼクスもセブンズジェムに雇われる前や戦闘能力に関しては、あまり話したがらないという。
飛行タイプは非常に厄介だ。俺も魔法で飛ぶことはできるが、〈真影〉によって飛ぶことを能力として有する鳥獣型は、直線的な魔法による飛行とはまた違う。
意思一つで自由に飛び回れる鳥獣型は、相手にするには非常に厄介な〈真影〉だった。
「大型の魔獣を見つけたらオレたちも召喚するぞ」
「もちろんですの」
「――了解」
獣核組の三人が顔を見合わせて頷きあうのを横目に、俺はフレイヤの隣に座って召喚銃の調整を行なっていた。
「それは、何を意味する〈魔法紋〉ですか?」
銃身の鋼をナイフで削り、〈魔法紋〉を刻むのを上から覗き込んできた。
「本当は分解して内部に刻みたいんだが、それはケインが許してくれないのでな……こうして銃身に反動制御の〈魔法紋〉を刻んでいる」
「反動制御……その〈魔法紋〉は講義で見たことがありませんが、どういう意味ですか?」
「これは反重力を与える〈魔法紋〉だ」
「そのような〈魔法紋〉があるのですね」
「魔族の作る魔道具には様々な〈魔法紋〉が使われているが、その効果の存在を知らなければ、意味を解明することは難しいかもな――戻ってきたようだ」
上空から急降下してくるエメラルドの怪鳥が地表に激突するかと思われた瞬間、全身が光に包まれて人の姿に戻ったゼクスが二、三歩たたらを踏むように歩いて着地した。
「見てきたぞ」
「お帰りなさい、ゼクス」
「どうだった?」
「当然、ワタシたちが一番ですの」
「一番槍」
朝日が昇ると同時に出発してここまできたのだ。四人が丘陵地帯を確保できたと考えるのは無理もない。
しかし、ゼクスは皆の顔を見渡して首を横に振った。
「いや……すでに複数のパーティがキャンプを張っているのが確認できた」
「複数ですの?!」
「あぁ、制服を見てすぐに判ったが、第一の騎士科だ。それに加え、すでに魔核タイプの〈真影〉の姿も見えた。大型の騎士型だ」
第一とは、第一セブンズジェム学園のことだ。俺が通っている第七セブンズジェム学園同様に、王都の中心部に校舎を構え、上流階級や有力者の師弟や子供たちが中心に通っている。
その中でも騎士科と言えば、将来は軍部の幹部候補生であり、王国の政を実際に左右する地位に就くことが約束された、エリート中のエリートが通う科だ。
「大型の騎士型……」
「どうしたフレイヤ、何か心配事でもあるのか?」
ゼクスの報告に、フレイヤはどこかソワソワと手を握り合わせて僅かに震えていた。
「い、いえ……なんでもありません」
「……そうか、ならいいが」
フレイヤの様子が少し気になるが、第一の騎士科と魔核タイプの〈真影〉も気になる。
「ゼクス、先行しているパーティがいると言っても、丘陵地帯はそのパーティで占有できるほど狭くもないだろう? 距離をとりながらこちらも進入してしまえばよくないか?」
「それもできなくはないが……フレイヤはそれでいいか?」
「わ、私はみなさんの決定に従います……」
「それなら狩場に行っちまおうぜ! 〈真影〉を使う以上、開けた場所で狩りを行う必要性は騎士科の連中だって判っているはずだ。狩場が被るくらい、なんとも思わないかもしれないしな」
ケインの一声でどう動くかは決まった。だが、やはりフレイヤの様子は気になる。
「へリアル、騎士科のパーティに張り付き、状況を知らせろ」
丘陵地帯に向かって歩き出す五人の最後尾に着きながら、誰にも聞こえない声量で一人呟く。
その言葉に応えるように、俺の背後からうっすらと魔力の高鳴りを感じた――足元の茂みの中から、通り過ぎた草葉の陰から、頭上を覆う樹々の枝葉の陰から、隙を見ては生み出し放ってきたへリアルたちの赤い目が輝いた――。
森林地帯を抜け、丘陵地帯に入るとすぐに騎士科の陣地が見えてきた。陣幕を張っているので遠巻きには中を窺えないが、その周囲に潜むへリアルたちが送ってくる情報で、状況は理解できていた。
騎士科の連中はもう何日もここに陣を張り、複数のパーティが出入りすることで拠点を維持し、狩りを続けているようだ。
間もなく陣地に膝をつく青い騎士型が立ち上がり、パーティメンバーを引き連れて狩りを開始するらしい。
「あの徽章は、間違いなく第一の騎士科ですの」
そうキーラが流し目で睨むのは、陣幕に織り込まれた印だ。
「あの〈真影〉も新入生なのか? 立ち上がれば一五mは行きそうなほど大きいな」
「――大きければいいものではない」
「上から見た限りでは、魔核タイプはあの一騎だけのようだ。他にも獣核タイプの〈真影〉が何騎か召喚済みだったぞ」
ケインとアオイ、そしてゼクスが陣幕を遠巻きに見つめ、騎士科が向かう方角とは違う方へと歩いていく。
俺も青い騎士型の全身をへリアルの目も使って見ているが、感じ取る魔力の波動から相当に質のいい魔核を使っているのが判る。
皇魔核まではいかないが、あと一〇〇年も内包魔力を鍛えれば、それに相応しい輝きを放っていたことだろう。
青い騎士型の装甲は丸みが少なく、剣のように鋭角なデザインをしていた。〈真影〉の姿は召喚者の内面が色濃く現れる。
この〈真影〉の召喚者は相当にトゲのある性格か、周囲に対して好戦的な態度を隠すつもりがない人物と見える。
そんなことを考えていると、青い騎士型の頭部がこちらを振り向き、フルフェイスの奥で光る魔眼が俺たちを捉えた。




