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一章エピローグ



 ヴァフルコフ公エフィムは、今後の事のために王宮にある自分の執務室へと向かっている。

 三人の少年達から聞いた情報によると、『飛竜の爪』が帝国で暗躍しているのだ。

 しかも、皇帝陛下のお膝元であるこの帝国首都でである。


 未だに彼らの本拠とも言うべき場所は全く見つかっていない。

 しかし、黒髪の少女が言った様に、文明を一度滅ぼした神の復活など指をくわえて黙ってみているわけにも行かないのだ。


 9年前にその存在が明らかになってから、エフィムは常に『飛竜の爪』の情報を集めようと様々な手をを講じたが一向にはかどる様子がない。


 またこの事をおおやけにしてしまえば、間違いなく帝国はより混乱を深めていく事になると考えている。

 なぜなら、あの三人の少年達を見れば分かるように、彼らの技術力というのは明らかに常軌を逸している。

 その力を利用されてしまえば、よからぬ野心を持つものが多く出てくるに違いないと考え、情報を公開していないのだ。


 とはいえ、万が一の事態に備え、帝国にもあのような力を持つ必要があると考えている。

 あくまで、自分が制御できる範囲でだ。

 三人の少年達の協力によって、帝国内にある遺跡からわずかながら古代文明の技術が解析され、少しずつ実を結びつつある。

 しかし、この研究もやはり他人に知られるわけにはいかない。


 ともかく、今考える事は、『飛竜の爪』の暗躍を防ぐ事。

 そして、二人の少女──正確には黒髪の少女だが──の命を狙っている黒幕の尻尾を掴み失脚させる事である。


 そんなエフィムの前に、その黒幕と思われる人物が現れた。


「これはこれは、ヴァフルコフ公。そのように険しい顔をして何か厄介事でも抱えておられるようですね。よろしければ私も公の力になれると良いのですが」

 

 黒髪をオールバックにまとめ、淡い茶色いコートのようなものを羽織って白いマントをたなびかせている人物は、エフィムに対してにかやかな笑みを見せ一礼をする。

 歳は40を少しばかり超えたというところだ。


「ガラノフ公ヴィクトル殿、卿こそ王宮に足を運ぶなど、ずいぶんと珍しいですな。そちらこそ領地で何か問題ごとでも発生しましたか?」

 

 こちらも礼儀を守り相手の礼に対してしっかりと答える。

 同じ帝国に仕える公爵同士のやり取りだ。

 第三者から見ればとても仲がよさそうに見える。


「何、大した用事ではありませんよ。皇帝陛下のお見舞いというところです」

 この国の最高権力者であるクラウジーはすでに60を越えている老体である。

 そして一部のものにしか知られていない事ではあるが、病気を患っており、健康的とはいえない体の持ち主なのだ。


 また宮廷内では真実はともかく、あと1、2年持てば良い方だと囁かれている。


「それはそれは、義弟であるガラノフ公が自ら足を運び、皇帝陛下を見舞うなど、さぞお喜びであろうな」

「何、帝国に仕える臣としては当然の事だ。取り立てて騒ぐほどの事もなかろう」

 

 言葉から分かるとおり、このガラノフ公という人物は皇帝の義理の弟に当たる人物だ。

 若い頃に皇帝の妹を娶り、はれて皇帝の一族となったのである。


「それに皇帝陛下にはお子様がいらっしゃらぬ。今、皇帝陛下が倒れられてしまえば、大変な事になるますからな」

 ぬけぬけと良くも言えるものだ。

 エフィムは心の中で舌打ちをする。


「いやいや、卿は領地の経営であまり、王宮には足を運ばれないので気付かれにくいかも知れないが、皇帝陛下の病状は快方に向かっておられる。そう心配する事もあるまいよ。それに後継者など一族の中から人望のある人物を選べばよい事だ。陛下もその気であるしな」


「ほう……それはそれは……臣としてはとても嬉しくなるような出来事ですな」

 

 現在、公式に皇帝の血を受け継ぐ者は存在してしない。

 ゆえに、皇帝が後継者を決める事なく没した場合、皇位継承権は皇帝の妹であり、ガラノフ公の正室であるリュドミーラが第一の候補として上がってくる。

 第二として、彼らの子供がその候補になるというわけである。

 ちなみに、ガラノフ公の子供は全て娘であり、どっちにしろ女帝が誕生するというわけだ。


「ところで昨今あまり良くない噂を耳にいたしましてな……何でもこの帝国首都アルブルグムにおいて、血なまぐさい事件が発生したとか……何と言いましたかな……そうそう、バジャント伯爵家の一人息子が殺されたとか何とか……名誉ある帝国貴族の命がこの首都で失われるなど一体どういう事なのでしょうかな?」

 

 世間話をしているような軽い口調である。

 「嫌な世の中になったものだねえ」と市民が愚痴をこぼしているといったような感じだ。

 しかし、その言葉の奥には間違いなく毒が含まれている。


「その件なら心配は入らぬよ。ガラノフ公。どの道、あそこの親子は色々と法律を無視した動きをしていたみたいでな、それを咎めた帝国を守っている警備兵に逆らいその場で斬り殺されたのだよ。斬り殺したのはいささかやりすぎかもしれないが、周りには彼が雇ったと思われる無頼の輩の死体も発見されている。正当防衛だろう。名誉ある貴族であるなら、帝国の名誉を汚すような真似はしてほしくないものだ」


 当然嘘ではあるが、それが公式見解となっている。

 もちろんエフィムが裏から手を回したのだ。


「なるほど。そういうわけでしたか。何にせよ下手に帝都を騒がせ、陛下のお心を乱すのはあまりよろしくない。よろしければ、私のほうから幾人か人材を派遣して帝都の警備に当たらせても良いですよ? 人手不足は何処も変わりありませんからな。困った時はお互い様です」


「卿は真に帝国の事を心配してくださっているようで、帝国宰相としては心強いものがありますな。しかしご心配には及びませぬよ。先も卿が言ったように人手不足は何処も同じだろう。なれば帝国を思ってくれている卿から人手を割くわけには行きますまい。その人材は街道などの警備に当て魔獣などを退治して臣民の安全を図るためにお使いください」


 お互いが腹に一物も二物も抱えている会話である。

 お互いが微笑んでいる。

 お互いが帝国と皇帝の体を心配している。

 しかし、それが何処まで真なのか、当人同士にしかわからない事柄であろう。


「おお、そういえば、このような噂も耳にいたしましたな」

 話題を変えるように、あるいは逃げるように別の事柄を話し始めるガラノフ公。


「なんでも、帝国宰相は、若い女性がお好きらしいですな……深夜にドローニン公の娘の住む屋敷を訪れたそうじゃありませんか。はっはっはっ中々お盛んなようで」

 

 親子ほど離れた年齢で結婚する事もありえる貴族社会だ。別にそれほど不思議になる事はない。

 しかし、エフィムはすでに正式な妻を持っている身であり、また帝国の内政を一手に司る宰相の地位もある。

 それを、同じ公爵家のしかも10代の娘とねんごろになるというのはスキャンダルやゴシップが大好きな貴族社会においては格好の餌食となるのだ。


 しかしそんなガラノフ公が口にした噂に対して、エフィムはわずかに口元を釣り上げた。

 自分からわずかに尻尾を出したかとほくそ笑んでの事である。


「ははは、そのような噂を何処で聞きつけたかは存じませんが……ドローニン公の事に詳しいようですね」

 言葉の意味を把握して少しだけ言葉を詰まらせるガラノフ公。


「さて、どういう意味ですかな?」


「何、私が深夜に出かける屋敷など山ほどあります。帝国宰相ともなれば中々昼間だけでは片付かない問題もありますので……中には御婦人しかおられない屋敷に通うこともありますが……何故わざわざドローニン公の娘の名前を出したのでしょうか? また、確かに少し調べればわかる事ですが、ドローニン公の娘がこの帝都に居を構えている事をいつ知ったのですか? 彼女がここへ来てまだ日が浅いはずです。一々ドローニン公の娘の所在を調べるほど卿はお暇なのですか?」


「ああ、その件でしたらドローニン公に直接聞いておりましたのでな……」

 苦しい言い訳である。

 ガラノフ公がドローニン公と懇意にしているなどと全くのでたらめである事くらい当に知っている。

 少しばかり目を細めるエフィム。


「これはこれは、いつのまにかの御仁と親しくなったのか……是非伺いたいものですな」

「なに、貴族同士のしがらみ程度の付き合いですよ。ヴァフルコフ公」

 うまく逃げられて、心の中で舌打ちをする。

 とはいえ、ここでこの件をこれ以上追求するわけにも行かない。


「まあ、私がかの娘の屋敷を訪ねた理由は、あの屋敷には私が絶対の信頼を置いている人物を護衛としてつけておりましてな、その様子を伺いに言ったのですよ」

 これは牽制である。

 三人の少年達の名前を出さないまでも、こういっておけば、ガラノフ公の注意がリーリヤやジーナよりも先にそっちに向く可能性があると考えたのだ。


 三人の少年達には心の中で謝罪する。


「ほう……帝国宰相の信頼をそこまで得る御仁とは、どのような人物かいささか興味が沸きますな」

 少しばかり目から怪しげな光を出すもすぐにかき消すガラノフ公。

 

「よろしければいずれ紹介したいと思います。私の自慢ですからな。そうそう、もう一つ自慢といえば、昨今帝都を騒がせた人物を見事生け捕りにしましてな、現在、背後関係を調べているところです」


 もちろん嘘である。

 ではなぜ、そのような嘘を言ったのか。 

 こういっておけば、ガラノフ公に何らかの焦りが生まれるはずだと考えたのだ。

 真実かどうか調べるために人を動かさなければならない。


 もしかしたらその手順を飛ばして、なんらかの強行策に身をゆだねるかも知れない。

 そうした部分が隙となり、尻尾を捕まえる事を出来れば万々歳というところだろう。


 効果はあるか分からないが、そうした小さな積み重ねをしていかなければ、逆にこちらが足元すくわれるのだ。


「……それはそれは中々の腕前のようで……その犯人私も気になりますな。よろしければ私もその事情聴取をお手伝いいたしますよ。帝都を騒がせる輩に一言言ってやりたいものです」


「ははは、ガラノフ公が気にする事などありませんよ。単独犯やただの賊の類であれば良いのですが、もし何らかの人物が関わっていれば事ですからな。しっかりと背後関係を吐かせて、もし黒幕がいるのであれば、そちらもしっかりと取り押さえますから」


「……ヴァフルコフ公はさすがですな。卿がいる限り帝国の将来は光が差すようでもあるな。私も見習いたいものだ」

 そういってガラノフ公は一礼をしてその場から歩き去った。


 ガラノフ公がいなくなった場所で今まで後ろに控えていた彼の護衛であり、彼の屋敷の警備の総責任者であるシードルがエフィムに声をかける。


「よろしいのですか? 何でしたらあの三人を使ってあの者を暗殺すれば……」


「それも一つの手ではあるがな……残念ながらガラノフ公の第二正妃は友好国のカルカット王国の出のものだ。下手に暗殺などしてしまえばかの国を刺激する事にもなりかねん……公式に証拠を掴み、それなりに体裁を整えなければ、各国の笑いものにもなりかねんしな……ぬけぬけと陛下の見舞いなどとよく言えたものだ。本命は帝都を騒がせた『飛竜の爪』の動向が気になっているというところであろう。まあよい一つずつ難題を片付けていかねばな……陛下にも時間はあまり残されておらん」

 

 そういってエフィムはシードルを伴い執務室へと向かっていった。




               ────────────


 帝都平民街にあるみすぼらしい民家のような建物で二人の男女が会話をしていた。

 一人は長身痩躯で引き締まった筋肉を持っていると思わせる人物で、燃えるような赤い髪を短く刈り上げている男だ。


「だああああ! いってえええ! あの野郎! ぜってえ殺してやる! この俺の体に穴を空けやがって! いてえのは嫌いなんだよよお!」

 治療ともいえないような雑な巻き方ではあるが、あちこちに包帯を巻き、怒りを撒き散らしている男の名はザハールという。


 つい先日少しばかりではあるが、帝都を騒がせた人物で、『飛竜の爪』から派遣された人物である。

 目的はドローニン公爵の娘の暗殺。

 しかしそれは、灰褐色の髪を持つ少年の手によって防がれ、大怪我負い、この場に逃げ込んだのだ。


 ここは隠れ家の一つでもある。

 

「うるさいわねえ……眠れやしないわ。せっかくアラム君と良い感じだったのに邪魔しないでよ……良い夢が台無しじゃない」

 上半身を裸にして寝ていた女性が男の声によって目覚めて文句を言う。

 寝ていたためか、普段はツインテールにして整えていた髪は普通に下ろしており、履いているものはパンツだけという状態だ。

 レイチェルはそういいながら服を来て上着を羽織っていく。


 赤の他人が見たら事が終わった状態だと勘違いしないでもないが、生憎とこの二人の関係はそんな甘いものじゃない。


「るせえよ、年中死体に発情している女が」

「ちょっと失礼なこといわないでよ! あたしは死姦になんて興味ないわよ。死にそうな男に興味があるの! 死体を愛する変態と一緒にしないでくれる? 快楽殺人主義者」


「ああ? そっちこそ人を異常者扱いしてんじゃねえ。俺はただ単に人をバラバラにするのが好きなだけで後は普通だ。人形遊びと一緒だろうが」

「何処の世界に人形をバラバラにして遊ぶ馬鹿がいるのよ」

 

 はっきり言ってどっちもどっちであるが、言い争っている本人達は本気で自分はちょっと変わっている趣味を持っている普通の人だと思っている。


 現在、男が怪我をしており、その回復のため身を潜めているというわけだ。


「あたし一人でもいけると思うんだけどなあ……アラム君に会いたいなあ……あん! やばっ濡れてきちゃった」


 恍惚の表情を浮かべて何かを思い出しているといった感じであり、その表情はとても妖しげなある意味魅力のある顔である。


「てめえが一人で突っ込むのはいいが、あの灰褐色のガキは俺の獲物だ。手え出したらてめえから切り刻むからな」

「あんたにやられるほど弱いつもりはないよ。そっちこそアラム君に手を出したらこれ以上ないと思えるほどの辱めを受けて死んでもらうからね」


 お互い殺気立つ。

 仲間というにはあまりにもギスギスした関係だ。

 とはいえ、いきなり殺し合いを始めるというような雰囲気でもない。


 そんな時、部屋の一角に配置されていた水晶が輝きはじめた。

 淡く青い輝きである。


「やべ、姉御から連絡だわ」

「はいはーい、ちょっと待ってね。よし」

 そうして水晶の前に立つ二人。

 とたんに輝きが増し、光が強まる。

 

 そして、水晶から一人の人物がおぼろげに空中に映し出された。


 長く綺麗な銀色の髪に白く染みのない肌で二の腕から肩にかけては何も身につけてはいないが、肩がけの赤いドレスを着ている。


 美しい顔立ちは絵画から現れたかと思えるほどの綺麗な顔立ちで、目はやや鋭く強い光を放っている。


「さて、こっちは一段落したからな……お前達の様子はどうだ?」

 その女性が二人の男女に向かって問いかけてきた。


「ああ? 調子も何もぜってえあのガキをぶっ殺してやるから姉御は高みの見物をしてていいぜ。灰褐色のガキの死体をきっちり届けてやるよ」

「アラム君、愛してるわ……これが恋なのよね? そうでしょ? レイラ姉さん」

 

 レイラと呼ばれた女性が思わず頭を抱える。

 何の事を言っているのか分からないが、間違いなくこの二人は自分達のやるべき事柄を忘れている。

 考えるまでもなくそう思った。


「……お前達に一つ聞きたい……お前達は何のためにその街に派遣されているんだ?」

 その言葉に二人の男女は首をかしげる。

 はて? 何のためだったかと本気で考えているのだ。


「灰褐色のガキを殺すためだろ? 切り刻んでバラバラにしてやるよ」

「アラム君とあたしの出会いは運命だったのよ。そのためにこの街に来たのよね」

 

 コメカミがヒクヒクと動く。

 間違いなく怒っている。

 それも尋常じゃないくらい怒っている。

 二人の男女はわずかに後ずさる。


「あ、姉御?」

「レ、レイラ姉さん?」


「貴様ら! 依頼を忘れているのか! ドローニン公爵の小娘の命はどうした! ちゃんと仕留めたのだろうな!」 


 家が壊れるかと思うほどの絶叫だ。

 いつもこうだ、この二人は毎回毎回、趣味に走って依頼を全く考えていない。

 なぜ上の連中はこの二人を自分に押し付けたのだと思わず悪態をついてしまうほどだ。

 

 しばらく沈黙する二人。


「おお!」

「ああ!」

 思わず思い出したかのように声を上げる二人の姿を見て、レイラはげんなりとしてしまう。

 美人が台無しな顔つきだ。

 いや、こうなる事はある程度予測していた。

 そして、二人を制御するための人材がもう一人、先に来ていたはずなのだ。


「ルスラーンの姿が見えないようだが、やつはどうした? ん? 今日は学校があったな。まだ教師の真似事でもしているのか?」

「ルスラーンなら死んじゃったわよ。もう、死ぬ時の表情くらい見たかったなあ」


 その言葉に思わず絶句するレイラ。


「ちょっと待て? レイラ? ルスラーン死んだだと? 実験の後遺症でも出たのか? まさか今更?」

「あん、違うわよ。殺されたの、アラム君に。ああ、あの時のアラム君素敵だったわ。思わず見とれちゃった」

 つまり、橋の上でのアラムの戦闘を一部始終見ており、かつルスラーンを見殺しにしたと言っているようなものであるが、レイチェルにはその自覚が全くない。

 おまけにこんな説明で分かるはずがない。


 分かったのはレイチェルがルスラーンを見殺しにした事、これはある意味この少女の性格を考えれば仕方ない事だが、やはり腹の立つものが出てくる。

 そしてアラムという男が、ルスラーンを殺したということだが、やはり余計にわけが分からなくなる。

 ルスラーンを殺すとなると、それなりの数と腕の立つ人間を多く当てなければならない。


 絶対に無敵というわけではなく、限界だってあるのだ、準備を整え作戦を練れば、ルスラーンといえども殺されることはあるだろう。

 しかし、レイチェルの口ぶりから殺したのはたった一人の人物であり、しかも少年という事になる。

 ますますわけがわからない。


 おまけにザハールが傷だらけで包帯をしている。


「ザハール……その怪我は誰にやられた?」

「あん? あいつだよ! あの灰褐色のガキだ。姉御心配するな。きっちり名乗っておいたし、次は殺す」

 言葉にならない怒りがレイラの胸中を襲う。

 敵に名乗る馬鹿が何処にいる! これが国同士の戦であれば騎士同士の名乗り合いもありであろう。

 しかし、自分達は暗殺という表に出したくない事柄に手を染めている。


 つまり名乗るという事は敵に情報を与えるという事にほかならない。

 ましてや自分達の存在は出来うる限り秘匿しなければならないのだ。


「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが……まさかここまで馬鹿とは思わなかったぞ……」

 怒るよりも泣きたい気分に襲われるレイラ。

 

「やーい、怒られてやんの」

 レイチェルがからかうがレイラの怒りは彼女にも向かう。


「貴様もだ! レイチェル! ルスラーンを見殺しにするわ。依頼を果たしていないわ! 何をやっているんだ貴様らは!」


 二人の男女は顔を見合わせて思わず肩をすくめる。

 悪戯が見つかった子供というような雰囲気だ。


「はぁはぁ……ともかく私はそっちに向かう事にする。それまで勝手な行動は絶対に取るなよ!」

「怪我があるし、俺は大人しくしてるぜ」

「えーアラム君に会いたかったのにー」


「レイチェル!」

 レイラの一喝で諦めたのか観念するレイチェル。


「詳しい事はそっちについてから聞く事にする……ではな」

 そういって姿を消すレイラ。

 姿を消した後、レイラは思わずその場へたり込み頭を抱えていた。


 

               ────────────


 一夜にして色々な出来事があり、頭を抱えたくなるような状態でもなんとか学校へと登校した二人の少女と三人の少年。


 うち、二人の少年は傷を負っており、休んでもいいような気もしないでもないが当人達は気にする事無く普段どおりに過ごしている。


「はぁ……呆れたわね。全く……こっちは色々と考えて眠れなかったっていうのに何であんたらは普通なのよ」

 学校内に配置されているテラスで、金髪の少女であるジーナがため息混じりに呆れた声を出した。


「考えるだけ無駄だぜ。考えるのはエフィム様の役目だしな。嬢ちゃんもいつも通りしていりゃいいさ」

 

 飲み物を片手に灰褐色の少年であるマルクがいつも通りの口調のまま、珍しくジーナを元気付ける。


「だ、大体ねえ! あんた達が平民だったなんて……ほんとそれならそれらしく最初っからそう振舞いなさいよ! 貴族ですらない人間に何でこんな無礼な口を聞かれなきゃならないのよ! 全く」


「文句はエフィム様にどうぞっす。俺達のせいじゃないっす」

 エフィムの名前を出されてはさすがに何もいえなくなる。

 家柄を盾として文句を言おうにもそれ以上の権力を出されてはさすがにお手上げなのだ。


「それと我々の事ですが口外は無用という事で……下手に誰の耳に入るとは限りませんので」

 貴族しか通うことの出来ない学校内においてそのように「平民」と口にされるのはあまりよろしくない行為だ。

 レオニードはやんわりと注意する。

 さすがにレオニードに文句は言えず罰の悪そうな顔をするジーナ。


「ともかくだ。まあ今までどおりあまり変わらないって事で深く考える事はねえよ」

「あんたは変われ! レオンを見習え! 私を敬え!」

 ここぞとばかりにマルクに文句を言い出す。

 大分調子が戻ってきたようだ。


「敬う要素が何処にあるというのだ?」

「この! この! ほんとに憎たらしいわね!」

 拳を繰り出すジーナだが、相も変わらずあっさりと避けられる。


「マルクもよくまああれだけの怪我を負っておきながら動けるもんすねえ」

 そんなマルクを見て改めて感心するアラム。


「お前も人の事いえないだろ? 体にあれだけ穴を空けられて元気なものだな」

 アラムにレオンが同じような事を言う。


「ほんと、レオンにはしばらく頭が上がらないっすね。あの時はさすがに死んだと思ったっすから」

「全くだな。改めて御礼を言わせてくれ」

 アラムの言葉にリーリヤが追従する。


「いえいえ、これも役目ですからね。それよりもアラムはほんとに助かったと思っているのか? なんか楽しんでいたような気もしなくもなかったんだがな」

 

 いつもからかわれている腹いせなのだろう。

 ニヤリと笑って普段の仕返しをせんと試みるレオニード。

 その効果は予想以上だった。


「そ、そうだ! ア、アラム! お前という男は! あ、あんな不埒な……」

 橋の上での出来事を思い出したのだろう。

 見ている人間が哀れになるほど赤面するリーリヤ。

 そしてなにやら腹の立つ煮え切らない気持ちが彼女の心を占領していく。


「お前は! 何であんな事をしたんだ! 許される事じゃないぞ!」

「何いってるんすか! 許すも許されないも向こうから勝手にやってきた事じゃないっすか! 何をみていたんすか何を!」

 いきなり怒り出したリーリヤに対して、自分はやましい事は何もしていないと言い返すアラム。


「いーや。お前に隙があるからあんな事になったんだ! 大体護衛ならもっとしっかりしてほしいものだな。敵にデレデレと鼻の下を伸ばして。それとも何か? ああいう女がお前の好みだとでも言うのか?」

 

 確かに正論ではある。

 魔装具の解除をもう少しだけ遅らせて、周りに気をつけていればあんな目にはあわなかったのだが、リーリヤはそれを言っているわけではない。


「誰が鼻の下を伸ばしていたんすか!? 体に穴を空けられて迷惑したのはこっちっすよ!?」

「はっどうだかな! ……いやらしい音を立てて口付け……してたくせに!」

 少しばかり言いよどむ。

 なにかしら恥ずかしい思いがあったのだろう。


 レオンは仲裁には入らずに優雅に紅茶に口をつけて我関せずと言った様子であり、ジーナとマルクは何の事だがさっぱりと分からずキョトンとする。


 5人の若者──主に二人の男女だが──の仲がよさそうな会話がテラスを利用している人の注目を集めていた。

 


 これにて一章は終わりです。

 後書きは夜に活動報告として載せます。

 興味があればごらん下さい。

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