十一話
賑やかに数多くの人があちらこちらへと行き来している。
道は大理石のようなものでしっかりと整備されており、またゴミなどもあまり見かけない。
道の多くには敷物を広げてそこに商品などを並べ立て、元気良く声をかけている。商人達が客の取り合いで忙しく動き回っている。
建物も店の前にこれでもかという見本を並べて客の気を引こうといくつも工夫されている。
ファリス帝国首都アルブルグムの市場の一つであり、商店街ともいえる場所である。
そんな場所に二人若者が足を運んでいた。
一人は茶色い髪をしてその髪を後ろで細く長く纏めている眠たげな目をし、年の割には背がやや低い少年だ。
もう一人は黒髪の髪を短く切りそろえて、また動きやすい柔らかな素材で出来た黒いショートパンツに白いシャツ、その上にしたと同じように黒いジャケットを羽織った少女である。
「賑やかっすね……この辺は久々っすけど。相変わらず元気な場所っす」
「そうだな……私もこの街に来てから人の多さにはびっくりしたがここはそれ以上に活気がついているな」
そんな感想を漏らしながら人にぶつからないようにゆっくりと歩を進める二人。
二人の目的は色々な店の下見である。
公爵家ということで学生とはいえ、いつ催し物に参加するかわからない。
よって急遽服等やアクセサリーなどの小物が必要となった時に慌てないようにするため、どのような店があるか把握しておく必要があるのだ。
幸いにも今日は学校は休みである。
本来はジーナ達も来る予定であったのだが、剣の授業で体力を根こそぎ持っていかれて彼女は筋肉痛と格闘している最中だ。
そういうわけでリーリヤが一足先に様子見に来たと言うわけである。
そしてアラムがそれについてきたのだ。
「気をつけて行って下さいっすね」と言われるかと思ったが、なぜかアラムのほうから「一緒に行くっす」と言ってついてきたのだ。
少しばかり意外なような気もしなくもないが、断る理由もないので一緒に行く事となった。
「他の護衛さんついてこようとしたっすけど断ってよかったっすか?」
屋敷を出る前に、ドローニン公爵から派遣されていた元々の護衛がついてこようとしたのだが、それほどたいした用事でもないので、リーリヤは断ったのだ。
彼女は引き取られるという形でジーナと共に過ごしているので、厳密に言えば侍女等の御付きのものに近いものがあるのだが、派遣された護衛にはドローニン公爵がジーナは元より、リーリヤの身辺もきっちりと守るよう厳しくいってあるのだ。
よって、護衛は彼女も守らなければならない。
そして三人の少年達も「ジーナとリーリヤを守れ」と言われている。
もちろんリーリヤは自分がついでで、本格的に守らなければならないのはジーナのほうであると思っている。
ゆえに自分の身辺に関しては無頓着なのだ。自分を狙っても得するものなどいないと考えている。
それは決して間違った考えではないが、ドローニン公爵から派遣された護衛にとっては厳しく言われている事もあり、最初は譲らなかったが、アラムが護衛につくという事で何とか矛を収めたのだ。
その辺もドローニン公爵に「三人の邪魔はしないように」と言われている。
それでもやはり、ポッとでのわけのわからない人物に自由にさせるというのは、長年仕えて来た彼らにとってプライドを傷つけるものである。
ましてや見た目はただの若造に過ぎないのだ。
彼らも彼らで、ジーナと同等に、リーリヤの事を可愛がっているのだ。やはり心境は複雑なものであるし、その身に関しても心配は出てくるが、今回はジーナがかたくなに断ったため、仕方なく待機する事にしたのだ。
「何、心配はいらぬさ。彼らも真面目ではあるのだが……やはりゾロゾロとついてこられると窮屈でな。それに師匠が護衛してくれているんだ心強いものがある」
「師匠?」
「剣を教えてくれているだろ? そう意味で師匠だろ? 少し……かなり厳しい師匠だけどな」
最後はわずかながらに苦笑する。
アラムは特に何も言わずに相変わらず眠たげな目をしている。
そんなアラムの横顔を見て、リーリヤは不思議に思う。
一見すると明らかに頼りがいがあるとはいえない雰囲気を持ったこの少年。
しかし、魔導ゴーレムに立ち向かったことといい、自分に剣を教えてくれてる時といい、明らかに雰囲気が違うのだ。
がらりとここまで人は変わることが出来るものなのだろうかと首をかしげる。
おまけにこうして横を歩き話しているのにも拘らず、やはりおぼろげな雰囲気で下手をすれば見失ってしまいそうな錯覚に捕われるのだ。
「何をさっきから人の顔を見ているんすか?」
いきなり視界一杯にアラムの顔が広がり思わず後ずさるジーナ。
「び、びっくりさせるな! い、いきなりそんな近くによってこられると心臓に悪い」
未だに心音が鳴り止まずにドキドキしている。
顔も心なしか赤くなっているのに思わず自覚して、さらに赤くなる。
────待て待て! 何を赤くなっているんだ私は! そ、そうこれはいきなり近寄られて赤面しているだけだ。うん、そうに違いない────
無理やり理由を作り、深呼吸して心を平静に保とうと必死になる。
半分は恐らく真実であるが、残りの半分はどのような感情なのか……男女の機微に疎い彼女はその答えを出さずに奥深くへと沈めた。
「……? それよりも腹が減ったっす。どこかで食事にするっす」
「あ、ああそうだな時間も時間だし、よ、よしあの店に入ろう」
そう言って顔を見せないように歩き出す。未だに心を落ち着ける事に成功していないようだ。
「そこ……金物屋っすよ? いくらなんでもそれは食べられないっす……」
思考は大混乱と言うところだ。
言葉に出来ないような複雑な感情がさらに彼女を襲う。
「わ、分かってる! お前を試しただけだ!」
何を試したのか分からないが、とうとうお前呼ばわりだ。
アラムとしては一つ年上なので、この物言いはどうだろうと少しばかり思わなくもないが、そこまでこだわる性格でもないので、食事処へと足を進める。
その間にリーリヤは何とか心を落ち着ける事に成功したようであった。
食事を注文して待つ間、アラムから疑問が問いかけられた。
「ところで何でそこまで剣の修行にこだわるんすか? 話を聞くとドローニン公からお姫様の護衛を頼まれてって事じゃないっすよね?」
唐突なアラムの質問である。
少しばかりどう答えるか考えるが、特に隠す必要など無いと思い正直に話す事にした。
「確かにな。アラムの言う通りなんだが……やはり実の娘のように可愛がってくれる当主様の恩に報いたいというのが正直な気持ちかな」
「剣の腕を鍛える事が恩に報いる事に繋がるっすか? むしろ心配かけるだけなんじゃないっすか? そりゃまあ中には女性騎士や女性の冒険者がいないでもないっすけど公爵家の令嬢と同等に育てられているリーリヤさんがわざわざ剣の腕を鍛える事は無いと思うっすけどねえ」
アラムの疑問は最もである。もし、彼女がそういう立場ではなく、本当にただ引き取られただけであるなら、剣の腕を磨き、護衛として傍にいるという事も考えられるが、彼女はジーナと同等に育てられているのだ。ならば剣の腕など必要としないはずである。
「それでもな、やはりジーナの事を最後に守るのは私の役目だと思っているんだよ。そのためにはやはり剣の腕を上げておきたい。そうする事によって当主様の恩にも報いたいといったところかな。当主様に多少は心配をかけるかもしれないが私のけじめの問題だ。自己満足と言われればそれまでだが」
「まあ、そういうのいいんじゃないっすか? 結構大事だと思うっすよ」
思わずキョトンとしてしまうリーリヤ。
てっきり「無駄な努力っすねえ」とか「めんどくさいことしてるっすねえ」などといったやる気のない答えが返ってくるものだと思っていただけに意表をつかれたのだ。
おまけに馬鹿にしている口調でもなんでもなく、本当に共感してくれていると言った感じである。
「どうしたんすか? 急に黙って」
「いや意外な……」
途中まで口にした言葉を飲み込む。
相手が素直に自分のやっている事を認めてくれたのに、それを否定するような言葉はさすがにまずいと自重したのだ。
「そう言って理解してもらえると嬉しいよ」
言葉を変えてニッコリと笑うリーリヤ。
その微笑にわずかながらアラムは見とれる。
元々の顔のつくりは良く、美少女だという事は知っていたが、その辺はあまり意識していなかったのだ。
黒髪を短く切りそろえたボーイッシュな元気な女の子。
改めてこうやって見ると可愛いものだなと思った。
もちろんそれを彼は素直に口に出す性格ではない。
「食事遅いっすね」
話題を変えるように、別の事を口にする。
「さっき注文したばかりだ。そんなに早く来るはずがないだろ。それよりもだ私はお前達の事が気になるのだがな」
「ずいぶんと唐突な告白っすね。さすがに心の準備は出来ていないっすよ」
素早く自分のペースに持ち込むアラム。
「だ、誰が告白するなどと言った! い、いきなり変な事を言うな!」
店に入る前の事を思い出したのか、わずかながらに赤面するリーリヤ。
心なしか落ち着かなくなるが、ここで醜態を見せてしまえばアラムの事だ。ここぞとばかりにからかってくるに違いないと何とか平静を装う。
「冗談っすよ。で本題はなんすか?」
あっさりと話題を修正され思わず肩透かしを食らう。
なんとなくジーナの苦労がわずかながらに分かった気がした。
「……はぁ、まあいいか。そうだなお前達はずいぶんと仲がいいが、一体いつからどんな関係だったのかとかな、ヴァフルコフ公爵家の関係者であるのは分かるがどんなつながりがあるのかなとかな……興味は尽きないな。差しさわりがなければ教えて欲しいのだが」
さてどう答えようかと今度はアラムが思考する番である。
全てを話すというのはさすがに無理がある。
それには残りの二人の少年とエフィムの許可が必要となってくるからだ。
「そうっすね……9年前からの腐れ縁ってとこっすね……」
「なんだお前達も結構長い付き合いなんだな」
無邪気に笑う黒髪の少女。
それにあわせてアラムのほうも微笑を見せる。
そこでリーリヤは9年前と言う単語に気を取られた。
9年前……それはこの帝国にある1万人いるかいないか程度の村がほぼ殺されたと言う事件がある。
それもたった一夜でだ。
帝国の兵が動き出す前に全ての事が終わり、生き残った人はほぼ皆無と言っていいほどである。
公式発表では魔獣の群れが突如、村に現れて壊滅させたとあるが、一万人の住人を一夜で、それもほぼ皆殺しに出来るものなのかと人々は噂しあった。
村に、派遣されている帝国の騎士兵団が少しは常駐していただろうし、村にもそれなりに戦える男手だっていたはずだ。
相当数の魔獣の群れが襲ってきたとしても何人かの村人を避難させる程度の時間稼ぎくらいは出来るはずである。
それがほぼ皆殺しと言うとても考えられないほどの事件だ。
ほぼ、という事は生き残った人間がいるはずなのだが、さすがにどのような人間が生き残ったかまではリーリヤは知らない。
ましてや目の前にいる眠たげな目をした少年がその関係者などと思えるはずがない。
また当時はリーリヤも幼い子供である。精々噂程度で軽く耳にしているのが関の山だ。
それほど気にする事柄ではない。
ちょうど良く食事が来たのでそれに手をつけることにした。
「ふむ、それほど期待はしていなかったが中々の味だな」
公爵家に引き取られ、そこの令嬢と同等に育てられたリーリヤの舌はさすがに肥えている。
そのリーリヤに褒められるのを知れば、ここの店長はさっそく「公爵家が認めた最高の味」などと言う看板を前面に押し出し宣伝する事まちがいないであろう。
「リーリヤさんが認める味なら相当なものっすね」
「なんだ? アラムだって食べているじゃないか。この味の良さがわからないのか?」
クスクスと微笑むリーリヤ。
「良い匂いっすね。うん味も期待できるっす」
「いや期待も何も口に運んでいるだろ? 全く素直に認めたらどうだ。マルクもそうだがお前達は少しひねくれているぞ」
少しばかり批判めいた言葉ではあるが口調は柔らかく、それほど嫌悪しているという感じではない。
表情も笑みのままだ。
そんな会話を楽しみながら二人は食事を終えて、店を出る。
日は完全に午後の日差しだ。
それでも回るところは沢山ある。
「さて、次は家具だな……それに信頼できる食材を扱う業者も探さなければならん。それとやはり小物類もだな」
「そんなに回っていたら日が暮れるっすよ。お姫様や屋敷の護衛が心配するんじゃないっすか?」
女の買い物は───下見とはいえ───何故か長い。
体力的にそれほど辛いわけではないが、アラムとしてはある意味退屈な時間を過ごさなければならないのだ。
暇な時間というのはそれだけで精神的な苦痛を伴う。それは万人に共通するであろう。
唯一の救いは、相手のご機嫌を伺う必要がないという事だ。
傍から見れば年頃の男女のデートとも思える構図。
そしてもし付き合いの浅いカップルであれば、男は女に気を使い、必死になって色々と考えなければならなくなるだろう。そしてその負担はその男にとって凄まじいプレッシャーとなり襲い掛かってくる。
しかしアラムはそうした負担とは無縁の存在だ。
「ジーナのためだ。ここまで付き合ったからにはちゃんと最後まで付き合え」
ジーナのためとは言っているが、心なしか目が輝いている。
この辺はやはり女の子であるのだ。
可愛い女の子が嬉しそうに顔をほころばせる表情はやはり物凄く魅力的である。
その顔を見るために世の男は必死になって女の機嫌を伺うのだが、アラムは何の気もなしにあっさりとその顔を引き出した。
心の内で苦笑しながら、アラムはジーナと共には商店街を歩き始める。




