第37話 ナユタンブラック復活! 企業案件:腕
そして翌朝。
那由多は自宅のベッドで目を覚ました。
「ふわぁ〜……く、苦しい。……あ。ああ、まだ慣れねぇな」
目を覚ましてみれば、ヴェルナが那由多を抱き枕のように抱きしめて眠っている。
久しぶりに帰ってきたからなのか、ヴェルナは昨夜からずっと離れようとしなかった。
「ヴェルナは俺を抱き枕か何かと思ってんのかなっ」
那由多はヴェルナを起こさないよう、ゆっくりと拘束から抜け出した。
そして、ベッド脇に置いていた日常生活用の義手を左腕に装着する。
『リンク完了! ご主人、鼓動が早いですが……そんなに抱きしめられて嬉しかったんですか〜?』
視界の端に浮かぶネアが、楽しそうに笑いながら転げ回っている。
「はぁ〜……そりゃあドキドキするだろ。あんな勢いで抱きしめられたら。ネアにされてもああなるよ」
『ふ、ふーん……そうなんですね』
ネアは急に顔を背け、そのまま背中を向けた。
「まあいいや。歯磨いて朝飯だ」
その言葉に反応して、ヴェルナが目を覚ます。
「ん゛ん゛……おはよう。朝飯なら私が作ろう」
「毎回悪いな。母さんも助かってるよ」
「趣味でもあるから気にするな」
それから家族揃って朝食を取った。
那由多は左手でお椀を持つ。
しかし――
「……難しいな」
少し力を入れただけで、お椀が傾く。
那由多は慌てて右手で支えた。
「なにか、腕が無い人向けの器とかあればいいんだけどねぇ」
母親が心配そうに言う。
「そこまでしなくていいよ」
那由多は笑って誤魔化す。
「よし! ご馳走様! じゃあ仕事してくる!」
「待て」
立ち上がった那由多をヴェルナが呼び止める。
「危ないから、今日は私が同行する」
「……そうだな。ありがとう。頼んだ」
今回は素直に頷いた。
そして午前8時。
那由多とヴェルナはダンジョンの入口へやって来た。
那由多はカメラドローンを取り出す。
今日の配信タイトルは――
『ナユタンブラック復活! 新しい左腕をダンジョンで試します!!』
事前に告知していたこともあり、配信を開始した瞬間から同時接続者数が一気に増えていく。
〈ヒーロー様のご帰還だ!〉
〈復ッ活ッ!ナユタン復活ッッ!〉
〈腕は?〉
〈まだナユタンブラックじゃないのね〉
〈初っ端から案件かw〉
「みんな久しぶり!」
那由多はカメラに向かって手を振る。
「今日は生活用義手と探索者用義手のPRです!」
まずはピースメイカー製の日常生活用義手を紹介する。
ペットボトルの蓋を開ける。
服を着替える。
簡単な作業をしてみる。
「うん。まだ少し慣れないけど、普通に生活する分には問題ないな!」
〈ちゃんと宣伝してるw〉
〈企業案件してるナユタン久しぶり〉
〈腕のCMなのに本人が一番楽しそう〉
「そして次は銀色のやつ!」
那由多は待ちきれない様子で、探索者用の戦闘義手を取り出した。
「装着!」
銀色の義手を左腕に装着する。
人肌に近い色をした日常用義手とは違う。
金属の質感。
赤い神代工業のエンブレム。
〈おお、さっきの人肌風とは全然違うな〉
〈アメコミにも日本の漫画にもいるよな、こういうの〉
〈めっちゃヒーローっぽい〉
「そして――」
那由多はイヤホン型の変身装備を耳に取り付ける。
「変身ッ!」
必要以上に気合の入ったポーズを決めた。
フェムトマシンが展開し、黒い装甲が全身を覆っていく。
青く光るライン。
銀色の左腕。
銀色の肩の装飾。
そして臙脂色のマント。
「ナユタンブラック! ここに戻ってきたぞ!!」
ヴェルナは呆れたように肩をすくめる。
「相変わらずだな」
だが、その表情には安心したような笑みが浮かんでいた。
『遂にですね! やっと久しぶりにやれましたね!』
「俺もそう思う!」
那由多は笑う。
そして、いつものように構えた。
「じゃあ……いつものやつ、行こうか!」
分身。
5人の那由多が現れ、横一列に並ぶ。
6人のナユタンブラック。
全員が身体を斜めに傾け、銀色の左腕を前へ突き出す。
〈出たwww〉
〈6人!〉
〈1人軍隊ここに復活!〉
〈不謹慎かもやけど銀色がいいアクセントやな〉
〈これだよナユタンに求めていたのは!〉
「では、行ってきましょー!」
那由多がダンジョンへ向かう。
「怪我すんなよ」
ヴェルナが後ろから声を掛ける。
「分かってるって!」
今回、那由多が使用するのは守護者の魔剣、フェムトマシン、そして新しい義手。
専用装備の安全性を確認するため、まずはEランクダンジョンを選んでいる。
しばらく進むと、さっそくゴブリンが姿を現した。
「さっそく来たね」
那由多は魔剣を両手で握る。
左腕にも力を込める。
しかし——
「……っ」
やはり、違和感がある。
身体を動かす感覚と、義手を動かす感覚が微妙に噛み合わない。
「いやぁっ!!」
振り下ろした魔剣が、ゴブリンを捉えられず空を切った。
「ありゃ」
〈あれ? 珍しく外した?〉
〈やっぱし義手は慣れがいるんやな〉
〈分身の攻撃もぎこちないな〉
その隙を狙い、ゴブリンが刃を振り下ろす。
「っ!」
那由多は咄嗟に左腕を前へ出した。
ガキンッ!
金属製の義手が攻撃を受け止める。
「危なっ……!」
そのまま義手で刃を掴み、へし折る。
そしてその破片でゴブリンを倒した。
「……やっぱり、感触がほとんど無い」
左腕を見つめる。
攻撃を受け止めたはずなのに、衝撃がほとんど伝わってこなかった。
「やっぱり、これは俺の腕じゃないんだな……」
ヴェルナが心配そうに声を掛ける。
「お前、本当に気をつけろよ。こっちがハラハラするぞ」
「すまんな」
那由多は左腕を握った。
「まあ、無いなら無いで慣れるしかないか!」
そう言って前を向く。
すると、今度は大量の魔物が姿を現した。
「おっと……結構いるな」
那由多は左腕を前へ突き出す。
義手の内部で魔石が淡く光った。
「確か、魔法が使いやすくなったって言ってたよな」
那由多は笑う。
「なら、やってやる!」
「ホムホム!」
『魔力変換! 発射〜!』
義手全体が青く輝く。
魔法陣が展開される。
そして、炎が放たれた。
今までなら途中で魔法陣が崩れていた。
しかし今回は違う。
魔法は最後まで安定して放たれた。
「撃てた!」
那由多の顔が輝く。
「もっともっと!」
次々と炎を放ち、魔物たちを一気に倒していく。
「俺って魔法使いになれるかも!」
『本当に魔法使いになったわけじゃないので、浮かれないでください!』
「分かってるって!」
那由多は楽しそうに笑った。
そして、そのままダンジョンを進んでいく。
しばらくすると、ボス部屋が見えてきた。
「今日は随分と浅いところにあったな」
那由多は扉を——
「おらぁ!」
いつものように蹴破った。
ヴェルナが呆れた顔をする。
「毎回それをやる必要があるのか?」
「雰囲気だよ、雰囲気!」
部屋の中央には、巨大なスライムのような魔物がいた。
カメラドローンが解析を開始する。
『対象:大魔ゼリーライムス』
『推奨ランク:Eランク以上』
『推奨人数:フルパーティ』
「バカみてぇな名前だな!」
『名前で判断するのはやめましょうね、ご主人』
「分かってるって!」
那由多は魔剣を抜く。
そして分身たちと共に突撃しようとする。
――その瞬間。
〈行くな! そいつの身体は全身酸性だ! 溶かされるぞ!〉
「っ!」
那由多の足が止まった。
「……コメント助かった!」
『もっと魔物のお勉強をしましょうか、お馬鹿さん』
「今のでやられてたら、私はどうしたらいいか分からなかったぞ!」
「ごめんて!」
ライムスが身体を大きく広げ、那由多たちへ迫ってくる。
「あぶねっ!」
那由多たちは一斉に飛び退く。
そのまま魔剣を振るい、ライムスの身体を切り裂く。
「うわ、戻った!」
切り離された身体が、すぐに1つへ戻っていく。
「なるほど。普通の斬撃は効きにくいのか」
那由多は左腕を見る。
「あークソ! 魔法を使える装備で良かったよ!」
ここはフウじゃないフウラにワンランク上げないとダメだ。
6人の那由多が同時に左腕を構える。
「風魔法フウラ!」
6人から風が放たれ、ライムスの身体を大きく巻き上げる。
巨大な身体が崩れ、複数の塊へ分かれていく。
「今だ!」
那由多はさらに炎を重ねる。
「ホムホム!」
炎と風が重なり、ライムスの身体を包み込む。
「よし……小さくなってきた!」
ライムスの身体が徐々に縮んでいく。
その中心に、小さな核が見えた。
「そこだ!」
那由多たちが一斉に動く。
「核を狙う!」
6本の魔剣が同時に振り下ろされる。
核が砕ける。
ライムスの身体が消えていった。
「やったー!!」
〈義手でも強いな〉
〈いやー、無事勝てて良かった!〉
〈改めて思うが那由多は期待のルーキーだな〉
〈でも美琴はもうAランクになったよ〉
〈6人の同時魔法はズルいw〉
「えっ!?」
那由多が固まる。
「美琴、Aランクになったの!?」
初耳だぞ?
「あとでちゃんと祝ってあげよ!」
那由多は自分のことのように嬉しそうに笑った。
「というわけで、今日はここまで!」
カメラへ向かって手を振る。
「今日はありがとうございました! ピースメイカーと神代工業をよろしくお願いします! では、またー!」
配信終了。
カメラドローンが停止する。
那由多は静かになったダンジョンの中で、左腕を見つめた。
そして、右手と左手をゆっくり握る。
「……よし」
まだ違和感はある。
まだ思うようには動かせない。
それでも——
「これなら、戦い方を変えればまだまだやれるな!」
『無理をしないでくださいね』
スピーカーから発言するネア。
「分かってるって!」
『本当に?』
「た、多分……」
ヴェルナが呆れたように笑う。
「そこは即答しろ」
「いやぁ……そこは、まあ……」
こうして那由多は、再び探索者としてダンジョンへ戻った。
失った左腕は戻らない。
それでも、新しい左腕と仲間たちがいる。
そしてナタンブラックは止まらない。




