夏休みのとある日
終業式も終わり、夏休みへと入った今日この頃。
僕は完全にだらけ切った生活を送っていた。
辺りが明るくなってきた頃に寝て、昼過ぎに起きる。新聞配達のバイクの音が聞こえてきた段階で、もう寝なきゃと焦る生活に陥ってしまっていた。
部活がなくなった中学3年の夏休みからこうなっており、オールしてみたいと思ってずっと起きようとするのだが、どうしても睡魔に負けてしまうのだ。
何なら、昼過ぎに起きるのはまだ良いほうで、完全覚醒する時間が夕方5時頃という生活を送っていたこともある。
寸分の狂いもなく怠惰を具現化した人間になっていた。
それになにやぶも夏休み中は行っても行かなくてもいいという自由登校スタイルなので、それによって余計拍車がかかる。
何も予定がないというのは、人を駄目にしてしまう一番のスパイスだ。最初は楽で甘々だが、後々自責の念とともに辛くなってくる。(中学3年生で体験済み)
……宿題というか課題も溜まってしまうし。
何で、あれってあんなに量が多いの?休み期間中なのに勉強という名の仕事を強制させるのは労働基準法に反してないですか?
これを社会人に置き替えたら、絶対おかしくないですか?この世は不条理なことだらけだ。
未だほぼ手つかずの山積になっている課題のことを憂いていると、ピコンとLINEの通知音が鳴った。
僕のLINEに連絡が来るなんて珍しいと思っていると、母親からであった。
(今日、野菜とかお肉と買ってきてくれない?)
……めんどくさい。折角、だらだらできる至福の時間だというのに。
とは思うものの、母親が夕飯を作ってくれるから文句は言えない。夕方までパートをし帰ってきたらご飯を作る、なかなか大変なことをしてくれているので頭は上がらない。一応、僕の家には祖母もおり、母親と祖母が交代交代でご飯を作っていた。お昼は祖母がいつも作ってくれるので、それを朝ご飯代わりにいつも食べている。
……こう考えると、本当僕って駄目人間だな。何にもしてない馬鹿ニートじゃん。
時計を見ると、12時30分になっていた。
いつもより少し早起き出来ているので、ご飯食べて買い物に行きますか。
「はぁ……、眠い。」
口を大きく開け、瞑っていた目を開けると、視界がわずかににじんで見えた。
いまだ睡魔が僕の頭で居残りしている。僕に似合わず勤勉なのはいいことだが、早いとこ切り上げて帰ってほしいものだ。
夏真っ盛りの7月下旬。
ちょっと自転車を走らせただけで、すぐ汗が噴き出してくる。綺麗な青空が広がっているのは良いことだが、ちょっとハラスメント気味の太陽さんには仕事の熱を下げてほしいものである。
この前のショッピングモールとは逆方向のショッピングモールへと向かう。
向こうは恐らく学生でいっぱいなので、今日はちょっと遠慮しておきたい。何かちょっと知ってるかなくらいの人と会うの気まずいし。恐らく話しかけられることはないだろうが、勝手におろおろしてしまう。無駄にエネルギーを使ってしまうので、出来るだけ平穏に過ごしたい僕は過疎気味のほうの建物へと自転車を向ける。
建物内へ入ると、涼しい風がお出迎えしてくれた。
あまり冷たすぎないそれが僕の身体には心地よい。冷たいアイスを食べたときみたいに徐々に身体を冷やしてくれる。
とりあえず、本屋かどっか寄ろうかなと考えていると、ふと一つのフロアが目に留まった。
「あれ、あれは……。」
そこには肩ぐらいの長さの茶色の髪の毛をわずかに揺らしている天都先輩がいた。
……なんだか、出先でよく見かけるな。
そんなに外に出ることもないのに、9割くらいの確率で合ってない?……すごい確率である。
もし、天都先輩が宝くじなら大当たりじゃない?ちょっと意味が分からないか。
「何してるんですか?」
「うん?……ああ、川湊君。……どうしたの?そんなににやにやして。」
僕の姿をみた天都先輩がニヤッとした笑みを浮かべる。
……え?僕って今笑ってたの?
「……いや、元々こういう顔なだけです。」
「そう?……確かに、部活中も一人でそんな顔してるときあるよね。」
ドキッとしてしまった。
え、僕って普段からそんな顔してるときあるの?
どの時だろうか。ほっこりするラノベでも読んでるときだろうか?……とりあえず、気を付けないと。
「それに……今日は隈もこしらえてるね。」
天都先輩はジッと僕の目元を覗き込んでくる。
……別の意味でドキッとしてしまう。
「これは日々の鍛錬と身体に鞭をうった努力の証です。」
「毎日夜更かししてるってことでしょ。」
よくご存じで。
「……それはそうと、これは何をしてるんですか?」
「向山田先生から頼まれてね。書道部の手伝いをしてるの。」
天都先輩の足元には段ボールの箱があり、その中にはいくつかの習字の展示物が入っていた。
布の上に半紙が貼っており、それの上部についている紐を押しピンにかけていた。
そして横の方を見てみると、ここに来るまで他のテナントで見えなかったが、他の生徒たちが何人かいた。全員、学校の制服を着ている。一応、部の活動中ということだろう。
「……そんなことも頼まれるんですか。」
「まあ、別に暇だしね。……家にも居づらいから。」
「ああ……。」
僕にはそう返すしかできなかった。
あのときに元気づけることができた……かどうかは分からない。
何なら直接的には何もしていないので、状況は変わっていないとすら言える。
まだまだ、解決するには多くの時間が必要だろう。そも、僕がどうこう出来る問題ではないだろうが。
「それで?夜更かし君は何でここにいるのかな?」
「いや、夜更かしはしてませんよ。平常運転してるだけです。ちょっと親からお使いを頼まれまして。」
「高校生にもなってお使い?」
眉根を寄せ、怪訝そうな顔で天都先輩はこちらを見てくる。
その疑問は最もだと思いますが、別のショッピングモールで会ったときもそうだったので、僕の人生上は何ら不思議なことではない。
……まあ、僕の人生が他の人より逸脱しているという説はあるけど。
「ほら、よく言うじゃないですか。親から見たら子どもはずっと子どもだって。」
「……それ、親が言う言葉じゃない?」
お堅いこと言いなさんな。
一般論はどちらの主体から言っても間違いではないでしょう?
というのも野暮なので、へらっとしながらまあと言っておいた。
これが一番無難な返しだろう。
「ありがとう~。ごめんね、いつも手伝ってもらっちゃって。」
急に横から聞いたことのない明るく高い声が飛んできた。
そちらを見ると、高校の制服を着た女子生徒がいた。
文脈的に察するに書道部の人なのだろう。
「いや、別に。暇だからね。」
「この人は?」
「新入部員の川湊君。手伝いに呼んでたんだ。」
いつもよりはきはきとした声で天都先輩はそう答えた。
「息をつくように嘘を言わないでください。たまたま来ただけです。」
何でそんな自信満々に間違ったことを言えるんでしょうか……。
その才能を分けて欲しいものである。いや、別にいらないか。
「ありがとう。それじゃあ、こっち手伝ってくれる?」
「……え?僕の声聞こえない人種の人?」
どう考えても僕、部外者でしょ。服装も私服だし。
……手伝うのか。
……まあ、暇だからいいですけど。
と、ため息をついていると、その人が段ボールをもう一箱持ってきた。
「壁に押しピンを刺して、上に紐があるからそれをひっかけて飾って言ってね。間隔は御覧の通りだから!」
早口でそう言って、そそくさと自分の持ち場へと戻っていった。
「えぇ……。あの人、人の話聞かなすぎるでしょ。」
「あの子、声のボリュームで頭に入るかどうか決まるみたい。小さい声は耳をすり抜けちゃうみたい。」
「ああ、そうなんですか……。陽キャによくある特性ですね。」
じゃあ、まあ、僕の声が小さいのが悪いか……。おまけに通りも悪いし。自分でも言うのなんだが、不便な声をしていると思う。
自分の声が無視されるのも今回が初めてではない。片手どころか両手両足、自分の分身を召喚しても足りないくらいの数、こんな目に合っている。
ため息をつきながら僕はしぶしぶ書道物に手を伸ばした。
「そういえば、良かったの?お使いがあったんじゃ。」
「こうなった元凶の人が心配そうにしないでください。……まあ、そんなに急ぎのものじゃないですし。夕方くらいまでに帰れれば大丈夫ですよ。」
「そう……。川湊君はなかなか損な性格してるよね?」
「それは誉め言葉ですか?」
「よく分かったね。」
「人の言葉の裏を読み取るのは得意なので。」
天都先輩はフフッと笑いながら再び作業へと取り掛かる。
同じくも僕も仕方なく作業にとりかかる。身体を動かすのも久しぶりなので、ちょうどいいか……と思いながら。




