残金を貰いに来た佐藤君
外もだいぶ暗くなって来た。
閉店まぎわの散らかった店内にドアーチャイムが鳴る。
「ピンポ~ン」
素足に運動靴を履いた、『みすぼらしい男』が店の出入り口に立っていた。
静子はレジカウンターの床に這いつくばり、落し物が無いかと覗いている。
するとカウンターの下から覗く運動靴を見て、
「・・・あッ、すいません。今日はお店、お休みなんですよ」
静子はカウンターから顔を出す。
と、佐藤君が立っていた。
静子は驚いて、
「あッ、サトウくん! 佐藤君じゃないの」
「店長、ご無沙汰しています」
「そうよ。本当に、ご無沙汰よ。あッ、ちょっと待って。今、オーナーを呼んで来るから」
事務所では石田さんが辞めて行ったアルバイト達のネームプレートを机の上に並べている。
「杉浦、野口、伊藤、富田、村瀬、斎藤、高橋・・・」
静子が事務所を覗く。
「あら? オーナーは」
「トイレっス」
「そう。あ、佐藤君が来てるわよ」
石田さんは驚いて、
「えッ! マジっスか?」
急いで売り場に出て行く石田さん。
静子はトイレの前で、
「アンタ! 佐藤君が来てるわよ」
トイレの水を流す音。
恋三は通路に出て来て、
「ええ? 佐藤君が? 」
ハンカチで手を拭きながら売り場に出て行く。
久しぶりの佐藤君を見て、
「よ~お、佐藤くん」
「オーナー、お久しぶりです」
「久しぶりじゃないよ。みんな心配してたんだぞ」
「そうよ、まったく~。突然居なくなっちゃって。元気でやってるの?」
「このとおり! 元気です」
石田さんは冴えない姿の佐藤君を見て、
「佐藤さん、今、何やってんスか?」
「池袋のパチンコ屋で働いているんだ」
恋三はアルバイト達の噂で、何となく佐藤君の居場所は分かっていた。
「やっぱりパチンコ屋か。おフクロさん心配してたぞ」
静子は心配そうに、
「そうよ、まったく」
佐藤君は、
「おフクロには時々連絡してます」
「本当?」
恋三は佐藤君の身体を見て、
「君、少し痩せたね」
「そうですか? そう言えば四キロ位痩せたかな」
石田さんは昔、佐藤君のスロット仲間だった吉村君の事を思い出し、
「あ、吉村さんが会いたがってたっスよ」
「吉村? 懐かしいなあ。でも、もう居ないんでしょう。就職したって聞きましたよ」
「そうよ。吉村くん、地下鉄の運転手やってるわよ。あの頃の人達みんな立派に成っちゃったわ」
佐藤君は淋しげに、
「だろうなあ・・・」
「あッ! そうだ。オマエの給料! まだ預かっているぞ」
佐藤君の顔色が変わる。
「ですよね。実は、それを貰いに来たんです」
「なんだ、そうだったのか。連絡が取れたなら僕が持って行ってやったのに。キミがどうしてるか心配でね。ちょっと待ってな。今、持って来るから」
恋三は事務所に戻って行く。
静子が、
「で、佐藤君は今、どこに住んでるの?」
「パチンコ屋の寮です」
「パチンコ屋の寮? ずっとそんな生活するつもりなの?」
「そんなあ。もうそろそろ辞めます。就職も決まったし」
佐藤君は強がっている。
静子は佐藤君の性格は知り尽くしている。
恋三は事務所から給料袋を持って出て来る。
「お待たせ! 三日分と残業代。二万九千六百五十円。はい!」
恋三は佐藤君に袋を渡す。
「開けて確かめてごらん」
「あ、はい。じゃ、失礼して・・・」
佐藤君が渡された袋を開け、明細を見て札と小銭を確かめる。
「・・・はい。確かに」
佐藤君は袋を二つ折りにし、汚れたズボンの尻ポケットに仕舞った。
「・・・オーナー、何か手伝う事は有りませんか?」
「残念だけどもう無いな。この店は、閉店なんだ」
「みたいですね。入り口のドアーの貼り紙を見ました」
恋三は佐藤君の顔を見て、
「オマエ、頑張れよ。立派な経歴なんだから」
佐藤君のはその一言で急に俯き、唇を噛みしめて涙をこらえた。
「・・・すいません」
「いいよ。もう昔の事だ。キミが辞めてからいろんなヤツが入って来たぞ」
「でしょうね」
「本当に良い思い出だったわ。佐藤くんもこの店の思い出、大切にしてね。もう無くなっちゃうんだから」
「えッ! 無くなっちゃうって?」
「壊して、ホテルにしちゃうんですって」
「そうですか・・・。はい、大切にします。有り難う御座いました。ジャッ」
佐藤君が店を出ようとする。
わは、
「佐藤君!」
と、呼び止めた。
「はい」
「これ少ないけれど、餞別だ。靴でも買いなさい」
佐藤君は恋三の『気持ち』に驚いて、
「オーナー、それは貰えません」
「いいから持って行来なさい。この店で会ったのも何かの縁じゃないか。パチンコなんかで使っちゃうんじゃないぞ」
恋三はティシュに包んだ餞別を無理やり佐藤の手に握らせる。
佐藤君は恋三と初めて交わしたあの時の、あの暖かい「ユビキリ」を思い出し、小指を差しだす。
「オーナー・・・」
「あ~あ、ユビキリか」
恋三は懐かしそに小指を立て、シッカリと佐藤君の小指にからます。
佐藤君が、
「有り難う御座いました」
恋三は佐藤君の目を見て、
「良いんだよ」
俯きながら店を出て行く佐藤君。
恋三と静子、石田さんの三人が表に出て佐藤君を見送る。
恋三は佐藤君の痩せた背中に、
「佐藤くん!」
「はい」
佐藤君が振り向く。
「またお越しくださいませーッ!」
と深く頭を下げる。
佐藤君は堪えていた涙が溢れ出し、
「・・・有り難うございました」
佐藤君は恋三と静子、石田さんに深々と一礼して去って行く。
石田さんは大粒の涙が止めどなく溢れ、店の中を走って事務所に消えてしまう。
事務所で荷物を整理して居る石田さん。
恋三が机の引き出しを開け、古い書類をシュレッターにかけている。
「・・・オーナーってヤッパ良い男っスね」
「なんだ、突然」
「すッごく感動しました。最初に会った時からどっか違うなと思っていたんスけど。・・・うん。ヤッパ、尊敬します。オーナーまたこの近くで店やりましょうよ。アタシ、オーナーとならず~と付いて行けます」
「そうか~? でも僕は商売には向いてない様な気がするんだ」
つづく




