総長のアルバイト
土屋が逝った後、集会場に立て続けに風呂屋の若旦那、隣の酒屋の店主の花輪が揚がった。
やはり、「あの世行きのエアバス」は満員になってから飛び立つものなのかと恋三は思った。
そして年も押し迫った頃。
夕勤の女子アルバイトが突然、店に来なくなった。
恋三は急いで『沢田正男』と云うアルバイト青年を夕勤として採用した。
※『履歴書から』
名前 「沢田正男」
年齢 「二八歳」
住所 「春日部」
現在 「ビジネス専門学校に通う」
志望の動機 「車のローン返済のため」
趣味 「バイクとクルマいじり」
その他 「賞罰等 なし」
※『所 見』
印象 「身長百九十、体重八五キロの堂々たる茶髪男」
性格 「先輩を立て、声も大きく、豪快に笑う。明るい性格」
※ 合否結果 「採用!」
沢田君が仕事を始めてから一週間ほど経ったある夕方の事。
いつものように店の前の路上には路上生活者と少年達がたむろしている。
するとアーケードの入り口の公道に、数台の改造バイクと車体が地面に着きそうな『白いセダン』が停まる。
改造バイクに乗って来たバイカー達は皆独特の黒いユニホームを着用し、日の丸の鉢巻している。
路上生活者や少年達はダベリを止め、急いでアーケードの中を移動して行く。
ダストボックスの上で『雉トラ猫(招き寝)』が黒いユニホームのバイカー達を見ている。
ドアーチャイムが鳴り、身体の大きなバイカー男が礼儀正しく店に入って来た。
「失礼します!」
その男に続いて数人の仲間達が店の中に入って来る。両手を後ろに組みに整列した男達。
石田さんは男達を見て、
「いらっしゃいませ~」
男達は店の中を見回している。
そして石田さんに鋭い視線を送り、
「沢田先輩おりますか」
「サワダ? ああ、マサオっスか」
男達は先輩を『マサオ』と呼び捨てにされた事に腹が立ったのか、目の色が変わる。
その目にたじろぐ石田さん。
石田さんは急に丁寧な言葉に改める。
「あッ、沢田さんは今、休憩中です」
身体の大きな男は石田さんを睨み、
「・・・ちょっと、いいっスか」
「あッ、い、いいっスよ。ちょっと待って下さい。今、お呼びしますから」
男達は気合いの入った挨拶を石田さんに返す。
「ウッス!」
石田さんはカウンターの後ろの受話器を取り「内線ボタン」を押す。
恋三は事務所内で、ストコンに向かい商品の発注をしている。
静子と沢田君は缶コーヒーを飲みながら楽しそうに話をしていた。
静子は沢田君が置いたテーブルの上の写真を見て、
「え~えッ! これが彼女? 信じられな~い」
恋三は思わず発注の手を止め、机の上の写真を見る。
「おい、おい、おい。良い女じゃないか。小西何とかって云うタレントに似てないか?」
「小西真奈美? そう言えば、似てるかも」
「そおっスよねー。オレにはモッタ無いっスよ~」
「どこで知り合ったの?」
「ダチの紹介っスよ」
「歳は?」
「オレより二つ上っス」
「二つ上? 良いじゃないか」
「仕事は何してるの?」
「デルモっス」
恋三は写真を手に取り、
「ほう、デルモかあ。・・・新宿?」
沢田君は怪訝な顔で、
「シンジュク? いや、モデルっス」
恋三と静子は驚いて、
「モデル!」
すると内線コールが鳴る。
恋三は受話器を取る。
「何?」
石田さんの声が、
「サワダさんに面会っス」
「面会?」
恋三と静子、沢田くんがモニターを見た。
「アレ? あれって、暴走族じゃないか?」
沢田君は驚いて、
「あッ! 何だよ~、来るなって言ったのに~。すいません、ちょっと・・・」
急いで事務所を出て行く沢田君。
恋三はモニターを見ていると、身体の大きいバイカーの男がペコペコと沢田くんに頭を下げている。
すると「背の高い女」が店に入って来た。
女は沢田君と何か話をしている。
恋三は静子に、
「行ってみようか」
「そうねえ」
二人は売り場に出た。
沢田君と話をしている女は、あの『写真の女』だった。
この店には似合わない、まさに「掃き溜めに鶴」の様な美人である。
沢田君は恋三を見て、
「あッ!オーナー、俺の彼女っス」
恋三は驚いて、
「え? あッ! 百地です。これが妻の静子。いつも沢田くんにはお世話に成ってます」
恋三はワケの分からない応対をする。
女が、
「突然ですいません。正男の働いている所を見たくて」
バイカーの男達はボディーガードの様に女を囲んでいる。
男達は皆、直立不動の姿勢である。
男達の代表が女の前に出て、
「失礼します!」
沢田君が男達を睨んで、
「なんだよ、オマエ等~。来るなって言ったろうが」
「すいません。ネエさんが」
沢田君は体の大きい男を睨んで、
「オマエ、何で止めなかったんだよ」
「いや、まあ・・・」
沢田君が凄みをきかし、
「バカ野郎ッ!」
男達は声を合わせ、
「ウッス!」
沢田君は男達に向かって、
「ここは神聖な職場だ。オマエ等も早く仕事見つけろ!」
「ウッス!」
石田君が沢田くんの隣で、口を開けてこの場面を観ている。
数人のお客が店に入って来るが場違いの雰囲気に、直ぐ出て行ってしまう。
沢田君が彼女に向かって、
「おい。営業妨害に成るから帰ってくれよ。オレ、仕事してるんだからさ」
「あ、ごめんなさい。じゃ、みんな戻ろう」
「ウッス!」
「オーナーさん、店長さん! 正男くんを宜しくお願いします」
恋三はなぜか恐縮しながら、
「あッ、はい。いや、こちらこそよろしくお願いします」
女が店を出て行く。
男達がそれに続く。
石田さんが丁寧に、
「また、おこしく下さいませー」
入れ違いに常連の糖尿病の元ヤクザ『木村』が店に来る。
木村は痩せた肩を怒らせ、派手な女性用のミュールのサンダルを履き、ポケットに手を突っ込んで店に入って来る。
木村はロレツの回らない言葉で恋三に、
「オーナー、豆腐!」
恋三はそっけなく、
「奥!」
木村は売り場の奥に入って行く。
すると今、店を出て行った沢田くんの彼女が戻って来た。
沢田君を見て、
「ねえ、マサオ~。今夜はカラ揚げで良い?」
沢田君がハニカミながら、
「え~え? ・・・うん。良いよ」
「そう、じゃッ! ガンバッテね」
「うん」
静かに成った店内。
木村が豆腐を持ってカウンターに来る。
「・・・良い女だな」
石田さんはきつい目で木村を睨み、
「百三十円ッ!」
木村が百五十円をカウンターに置き、
「ツリはそこ」
と募金箱を指さす。
恋三は唐揚げを揚げながら沢田君を見て、
「沢田くんて暴走族だったの」
「えッ! あ、いや~、元ですよ。モト」
木村が二人の会話が聞こえたのか振り返る。
沢田君をチラッと見て、
「オレ、元ヤクザ」
恋三は素っ気無く、
「ああ、そうですね。木村サンは、昔ヤクザ屋さんでしたね」
木村は痩せた肩を怒らせて、
「そう、金町一家。親分に可愛がられたんだ」
「ほう。昔はハバを効かせて居たんでしょうね~」
「そう。昔、高橋貞二に似てるって言われた」
恋三は木村を見て、
「タカハシ テイジ?」
「そう。ショウチク(松竹)の役者だ。今はジャイアンツ(巨人)」
急に派手なシャツを捲って、ベルトのバックルを恋三に見せる。
ジャイアンツ(巨人)のシンボルマークの入ったバックルである。
木村の話は昔の薬のヤリ過ぎのせいか、いつも「支離滅裂」である。
恋三は呆れて、
「そうですか。さすが木村サンだ。ありがとう御座います。またおこし下さいませ」
木村は昔を思い出したように更に肩を怒らせ、女性用のサンダルを鳴らしながら店を出て行く。
恋三が、
「ありがとう御座いま~す」
石田さんは木村を無視する。
石田さんは沢田君を見て、
「へえ、沢田さんて『ゾク』だったんスか」
「暴走族でも沢田くんに対するあの雰囲気は相当上の格じゃなかったの?」
「いや、ただのパシリっスよ」
「沢田サン。あのゾクの服って、どっかで見た事がある」
「ああ、以前、撮影された事ありますよ。DVDが出てるんじゃないっスか」
石田さんは驚いて、
「あ、ヤッパシ! 『ブラック・エンペラー』でしょう?」
沢田君は可愛い笑顔で
「違う違う。僕は、ただのOBっスよ」
恋三はつくずくと沢田君を観て、
「キミはたいした男だね」
「そんな事ないっスよ。オーナー、仕事しましょう」
「うん? うん」
暴走族が去って、また悪ガキ達の自転車と、路上生活者達がチューハイの缶を片手に集まってくる。
少年Aが店に入って来て、
「オーナーさん!」
恋三は少年Aを見て急いで事務所に入って行く。
すると少年Aが、
「あッ、オーナーさん! バイトーッ」
店の奥から恋三は叫ぶ。
「ウルサイッ! 子供はダメ~ッ!」
つづく
*『金町一家』とは。
山谷地区一帯を縄張りにしている手配し集団(暴力団)であります。
その他、この地区には住吉会(暴力団・博徒集団)浅草地区には松葉会(暴力団・テキヤ集団)が混在して居ます。
当アミーゴ店にも、アーケードの入り口に不似合いな「白いベンツ」が毎週停まり、ジャンプ、マガジン、チャンピオン等、すべての漫画を各一冊ずつ買い求めて行く『若い衆』が居りました。
勿論、通りの向こうのマンションでは『発砲事件』も発生しています。
私も商品(コロッケの個数)を入れ間違え『国粋会(千束)』のビルに呼び出され、説く説くと『説教』をされた事を思い出します。




