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一角のアネモイ  作者: pandanikus
第2章 スパイダーフォレスト
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第57話 提督

鉛色(なまりいろ)の雲が、星を撫でながら進む。

海面に複写された夜空は波に揺れ、まるで別世界を浮かび上がらせる。


風は水平線の彼方で生じ、すべてに行き渡る。

穏やかな潮風が、山肌をかけのぼった。


斜面にトラプス軍の遠征部隊が待機する。


海賊船が港に停泊し、乗組員が村に足を踏み入れた。

海賊たちの衣服は汚れ、乱れ、部隊がいる場所まで異臭が漂ってくるかのようだった。


村人たちの避難は済んでいる。

山の中腹で、彼らは自分たちの村を見守る。


狂ったように声を上げながら、海賊が住居に迫る。


「まだだ。」

木々の隙間、上官が目を光らせ海賊の動きを観察する。


先頭の海賊が、住居のある区域に到達する。

「今だ。フローレンシス海軍、進撃せよ。」


数百の兵たちが甲高く叫び、村に向かって走り出す。


海賊が叫び声を聞き、驚愕する。

森のなかから、装甲を光らせた屈強な兵たちが押し寄せる。


「なに!?」

「家がもぬけの殻だ!」

住居に侵入した海賊がうろたえる。


「船に戻れ!」

海賊が(きびす)を返し港に向かう。


「ヘラクレス出番だ。」

上官フローレンシスが後ろに控えるヘラクレスに合図する。


ヘラクレスはひとっ飛び、港につけた海賊船にたどり着く。


着地したとき甲板が割れ、ヘラクレスは階下に突き刺さる。

そのまま床を壊しながら下方に掘り進む。

すぐに船底に突き当たり、渾身の一撃で船に大穴をあける。


「ドゴォ」

大穴を起点に船体がひび割れ、各所が軋む。


ヘラクレスは船の下を泳ぎ、沖を目指す。

海賊の仲間の船が二隻、沖で待機している。


二隻が大砲を放ちはじめた音が、水中にいるヘラクレスにも聞こえる。

ヘラクレスは海面から飛び上がり、飛んでくる大砲の弾を素手で掴む。


そのまま思い切り、それを打ち出した海賊船に投げ返した。

ヘラクレスは再び着水し、二隻に接近していく。


ヘラクレスがかきわけた海水が大波を起こし船が大きく揺れる。

先ほど穴を開けた一隻目の船は波に飲まれ沈みゆく。


沖の海賊船に到達したヘラクレスは手当たり次第に船の構造を破壊していく。


メインマストが掲げられている主柱を引っこ抜き、甲板上で振り回した。

乗組員たちは逃げ惑い、海に飛び込み、泡を吹いて倒れた。


帆を失った海賊船が制御を失い、潮に流される。

それを間近で見たもう一隻が、急いで碇を上げ、更に沖に逃げ帰っていく。


ヘラクレスは甲板の板を引き剥がし、海面に浮かべうつ伏せに寝そべる。

両手で水をかき、あっという間に港に戻っていく。


捕縛された海賊たちが港に一列に並べられている。

「戻ったかヘラクレス。いい仕事だった。」

フローレンシスが平然とヘラクレスを迎える。


「隊長、村のヒトは?」

「提督と呼びたまえ。もちろん、犠牲はゼロだ。」


山の方から村人が戻ってくる。

ヘラクレスを見て笑顔を見せるものもいた。


手を振る子供に、ヘラクレスが拳を突き上げ応える。

ホミニスにそうするように習った。


ヘラクレスの勇ましい振る舞いを見た人々は喜び、沸き返る。

ヘラクレスも自然と表情が緩んだ。

かつて女王に支配されていたときには感じなかった充実感が、任務の後に待っている。


「さあ、あの船が逃げ帰った場所を教えてもらおう。」

提督フローレンシスが船長と思しき男に詰め寄る。

部下が男の薄汚れた首もとにナイフをあてがう。


「誰が...教えるか...海賊の掟で」

喉が掻き切られる。


そばにいた兵士がバケツの水をかけ、湧き出た血を海に流す。

「次だ。お前らの煩わしい船長を殺してやった礼を聞きたいな。」


「わかっった...!海図がある!海賊連合が作った!」

殺された船長の隣で縛られている男が震えながら訴える。


「ほお。部下に恵まれたな。」

ヘラクレスが海に潜り、すぐに海図を持ち帰ってくる。

沈没した船のなか、男の言う通りの場所に海図は隠されていた。


「今後の海賊との戦い。これで勝ったも同然だな。」

海図を眺めフローレンシスが呟く。


不意に海賊のひとりが呼吸を荒くし、話しだす。

「へへ...。海図があろうと...。海は渡れねえ。海には亡霊が...お前らの魂をすすろうと待ってる。海賊をナメるな...海を...恐れよ。魂が、惜しければな...

!」


海賊たちの視線がその男に集まる。

「何言ってんだ殺されるぞ...!」

フローレンシスが冷めた目で男を見つめる。


「どう...されますか。」

部下がおそるおそる尋ねる。

ヘラクレスが状況を察し、フローレンシスのそばに歩み寄る。


「ああ。興味深い。だが知りたい情報はもう手に入った。」

「では始末しますか...?」

部下が改めて聞きなおす。


「無用だ。港を汚すな。牢に入れておとぎ話させておけ。」

フローレンシスが港を後にする。


ヘラクレスはフローレンシスの細身の後ろ姿を眺めながら、その冷徹さにある種の納得を覚えた。



_______



各地から多くの兵が毎日のように投入されていく。

部隊の規模は膨れ上がり拠点の整備が進められた。


程なくして村の周囲に海軍基地が出来上がる。

何度目かの兵力増員と一緒にミコトとギデオンが到着する。


「ヘラクレス。大丈夫だった?」

久方ぶりに再会するヘラクレスにミコトが駆け寄る。


「ダイジョブ。メシが、ウマ過ぎる。」

ヘラクレスが思い出したように懐からニシンの乾き物を取り出し、ミコトに手渡す。


ミコトが口に放り込むと、旨味が口いっぱいに広がる。

ミコトは目を丸くし手で口を覆った。

「これは...!よだれがとまらん。」


「刺身はもっとウマい...。」

ヘラクレスの目が輝いている。


思えばヘラクレスは美食家だった。

仲間になった日に共に食べた焼き鳥の味をミコトが思い出す。


「ミコトマス王。そんなとことで何をしておられる。」

フローレンシスがよく通る声で呼びかけた。


「よだれを垂らしてる場合じゃない。軍議を始めよう。」

無表情に張り付いた三白眼が強調される。


「フローレンシス隊長。部隊の指揮、ご苦労でした。」

「提督です。新王様。」

フローレンシスから見えない向きで、ヘラクレスがいたずらっぽく微笑んでいる。


「提督。今行きます。」

ミコトがヘラクレスを肘で突く。


ヘラクレスの身体が鉄のように硬く、ミコトは腕を痺れさせた。

「いてて...。」



_______



ギデオンが、来ない。

既に軍議の開始予定時刻を過ぎている。


「最高司令官がこのていたらく。いかがなものか。」

「そうね...。」

フローレンシスの言葉に、ミコトは呆れて目を細める。


「探してクるか?」

「うん...頼む。軽く。」

ヘラクレスが軍議室を出るや、豪速で走り出した音がする。


「ギデオン将軍は最近おかしい。以前の有能さに陰りが見えている。そう思いませんか?」

フローレンシスの鋭い指摘にミコトがギクリとする。


「そ、そうかな...。前から遅刻は多かったと、ホミニスや父さんも言ってたよ...。」

「ホミニス宰相やフェイフェリス先王は把握できていないのです。まずこの私を辺境の海に追いやるなど...国防の優先度の認識がどうなっているのか...。」


ミコトの前で彼らへの不満を漏らすフローレンシスの意図はわかる。

「どういった算段なんでしょうね。部外者を五戦士に任命なさり。」


ミコトをまだ王として認めていない。

その意志がフローレンシスの言葉から明らかに滲み出ている。


「ミコトマス王。私はいつでも、準備できております。本当に力が必要なとき、その意志を預けてくださいますことを。」

「ああ。とても...心強い。」


ほとんどが兵役で駆り出されるなか、フローレンシスは志願兵だったと聞いている。

10歳を過ぎた頃入隊し、血の滲む訓練と類まれな指揮官としての才能で実績を積み、トラプス軍の幹部に躍り出た男である。


「それにしてもギデオ」

「シュッシュッシュッシュ!」

呼吸音が聞こえ、フローレンシスがこぼしかけた愚痴を止める。


「すみゃんすみゃん。出来損ないの部下に説教してたらこんにゃ時間だァ!シュッ。」

ギデオンから香ばしい匂いが漂ってくる。

後ろに控えるヘラクレスが苦笑いしている。


「...軍議を始める。」

フローレンシスが語気を強めて言い放つ。

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