呪いを解く方法
本日二話目の更新です。
先に前話『魔女探し』をお読みください。
「さて――呪いの解き方を、聞かせてもらおうか」
カナンの穏やかな声が、静まり返った部屋に響いた。
ここは王宮の一室。
普段は客人をもてなすための美しい応接間だが、今は魔法が使えない特別な封印が施された部屋に変わっている。
厳重に人払されたその部屋の中央の椅子には、一人の人物が座っていた。
黒いローブに身を包んだ小柄な魔女―― 猫耳と尻尾の呪いをかけた張本人 だ。
魔女は唇をぎゅっと結び、まるで叱られるのを待つ子どものように視線をさまよわせている。
「お願い、私を元に戻して!」
セリーナは勢いよく前に出た。
だが、魔女は不満げだ。
「……というかさ、私に呪いを解くメリットなくない? 今のままでも、なかなかおいしい状況だし」
セリーナがうっと詰まり、視線を逸らす。普段なら冷静に交渉に臨むところだが、相手は猫耳と尻尾の呪いをかけた魔女。うかつな交渉をして、また変な呪いをかけられるわけにはいかない。
何を交渉材料にすべきか。セリーナは言葉を選びながら口を開こうとするが――それよりも前に、カナンが口を開いた。
「……魔女殿は、男女のイチャイチャが大好物とお見受けする。そちらが対価でいかがだろうか」
魔女の目がきらりと光る。
「内容による! 美男美女は絶対条件! かつ、私の萌えポイントをしっかり押さえてもらわなきゃっ!!」
「俺とセリーナのイチャイチャ見学チケット、十分間。完全プライベート・リアル・イチャイチャ、二メートルまで接近可。私的利用の範囲、かつ全データ提出の上で承認制にはなるが、静止画の撮影も許可しよう」
「っっっ!!」
魔女が身を乗り出す。
「……ど、どこまで、見せてくれるの?」
カナンは魔女に向かってにっこり笑ってから、そっと耳打ちした。
数秒後――魔女の顔がぱああっと輝いた。
「えっ……そんなとこまで……見せてくれるの!?」
「えっ、何言ったのよカナン!?」
セリーナが真っ赤になって詰め寄るが、二人はまったく動じない。
「……できれば、あの、(ゴニョゴニョ)もお願いしていい……?」
魔女が遠慮がちに追加交渉を耳打ちする。
カナンは一拍置いてから、ゆっくりとうなずいた。
「ふむ、セリーナの魅力をよくわかっているな。それを出してくるとは……仕方がない、それで手を打とう」
「やったあああああ!!」
満面の笑みでがっちりと握手を交わす魔女とカナン。
その様子を見ていたセリーナは、目を見開いたまま固まっていた。
「……で、セリーナ」
カナンが穏やかな笑みでこちらを振り向く。
「呪いを解くために、頑張ろうな?」
「絶対イヤぁぁぁああ!!ちょ、ちょっとその交渉、キャンセルで!」
慌てるセリーナを置いて、カナンはいったいいつ用意したのか、正式な契約書に条件を追記している。
魔女はささーっとサインすると、ルンルンと椅子の周りをスキップしていた。
「ふっふ〜ん♪ もう契約しちゃったもんね! さーて、セリーナちゃんの呪いの解き方はっと………………あれ?」
魔女は急に視線を落とし、モゴモゴと口ごもった。
「えっと……その……うーん……」
「どうしたの? その歯切れの悪さは」
「えっとね……あの……」
カナンが鋭い眼差しを向ける。
「まさか……」
魔女は肩を震わせた。そして、観念したように小さく息を吐き出し――
「どうやったか、忘れちゃった♡」
部屋の空気が凍りついた。
「――――っ!!?」
セリーナとカナンは、揃って目を見開いた。
「ちょっと待って!? どういうこと!?」
「いやぁ、だってさぁ……」
魔女は目を泳がせながら、指を突き合わせる。
「この魔法、十年以上前 に構築したやつなのよね……それで、あのあと推しに沼っちゃって、ライブ配信見たり、TWitcherで『推しの爪から読み解く属性考察スレ』に入り浸ってたりしたら、三年オールしちゃって……」
「は?」
「で、そのあと、ふと『あれ、あの呪い仕上げしてなかったっけ?』って思い出して、適当……っじゃなくて! 感性の赴くままに整えたら、イイ感じにできちゃったのよ~。あれ? 私ってやっぱり天才?」
「どこが天才よぉぉぉおおお!!!」
セリーナは冷徹王女の仮面はどこかに吹き飛ばして叫んだ。
「呪いの仕組みを忘れたとか、あり得ないでしょ!? そんなの適当にもほどがある!!」
「いやいや、適当じゃなくて! フィーリング!!」
「一緒でしょ!!!」
机を叩き詰め寄るセリーナを、魔女は「ひぃっ」と怯えた表情で見上げる。
だが、その横で――カナンが静かに微笑んでいた。しかし、その微笑みはどこか不穏なものを感じさせる。
「魔女殿」
彼は、あくまで優しく言った。
「さっきの話だけど」
「は、はい?」
「呪いの解き方、思い出せないってことだよな?」
「……そ、そうね」
「そうか、それなら仕方ないな」
「え?」
魔女が目を瞬かせた瞬間――
「ーーだったら、思い出せるまで閉じ込めるしかないな」
背筋が凍るような一言が落ちた。
「この部屋は 魔法が一切使えない から、脱出はできないし、外部との連絡も取れない」
「」
「もちろん、食事は出す。 ただし、普通の人間の一食分のカロリー分だけで十分だな。食べすぎると頭回らなくなるし」
「」
「あと、お風呂は……うーん、週に一度でいいか? 時間もったいないし」
「それはちょっと!!?」
「下着の替え? んー、そうだな……二週間に一回くらいでいいな」
「いやいやいや、待って待って!?!?!?」
魔女の顔が青ざめていく。
カナンは相変わらず優しい笑顔を崩さないまま、さらに続けた。
「あと、この部屋には……ネズミが出るが、構わないよな?」
「ぎゃああああああああああ!!?!?」
魔女は椅子から飛び上がった。
「わかった!! 思い出す!! 思い出すからぁぁぁぁぁ!!!!!」
「最初からそう言えばいいのに」
ニッコリと微笑むカナン。
セリーナは、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
◆
「……というわけで」
魔女は涙目になりながら、指を組んで訴えた。
「呪いを解くには、セリーナちゃんの猫耳と尻尾をじっくり観察する必要があるの」
「……は?」
「だって、呪いの構造を思い出さないと、解除できないもん!! そのためには、触ったり、動きを見たり、じっくり研究しないと!」
セリーナは眉をひそめ、カナンに視線を向ける。
カナンは腕を組み、思案げに頷いた。
「仕方ないな。セリーナ、協力しよう」
「ちょっと!? そんな簡単に決めないでよ!!?」
「でも、呪いを解くにはそれしか方法がないんだし」
「むぅ……」
確かに、解決の糸口がそれなら、避けて通るわけにはいかない。
「……わかったわよ」
渋々頷くと、魔女の顔がぱあっと輝く。
「やったーーー!! じゃあ、さっそく……」
魔女は興奮した様子で、セリーナの耳にじりじりと近づいてきた。
「ふむふむ……この柔らかさ……もふもふ……」
「ちょ、近い!!?」
「すごい……ちゃんと動いてる……!」
「ひゃっ!? 触らないでぇぇ!!!」
「わぁ……これはいい……最高……」
「変なこと言わないで!!!」
ーー早く、呪いを解いてもらわないと。
呪いが解ける日を待ち遠しく思う理由が、もう一つ増えてしまったのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次話『魔女の観察、カナンの実践』