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猫と魔女と

本日二話目の更新です。

先に前話『お忍び視察』をお読みください。

「にゃあ……」


 木漏れ日が穏やかに降り注ぐガゼボの中、セリーナは膝の上で丸くなった猫をそっと撫でていた。銀灰色の毛並みはふわふわで、指を通すたびに小さく喉を鳴らす。猫はすっかりくつろいでいた。


「気持ちいいのね」


 セリーナは目を細め、猫の額を優しく撫でた。すると、猫は細く目を開け、甘えるように喉をゴロゴロと鳴らしながら頭を押しつけてくる。


「ふふっ、かわいい……」


 セリーナは柔らかな毛並みにそっと指を滑らせた。温かくて、ふわふわで、触れるたびに心が癒される。


「……随分と可愛がるんだな?」


 隣に座るカナンが、何故か少し不機嫌そうに言う。


「だって、見て。こんなに甘えてくるのよ?」

「……なるほど」


 カナンは何かを思いついたように猫をじっと見つめた。


「この猫、セリーナに撫でられて気持ちよさそうだな。セリーナも、こんなふうに撫でられたら気持ちいいのか?」

「……え?」


 問いの意味を理解するよりも早く、カナンの指がセリーナのフードを外し、露わになった猫耳を軽くつまんだ。


「ちょっ……! カナンっ!?」


 慌てるセリーナをよそに、カナンはセリーナとの距離を詰め、隣にぴったりと寄り添う。膝の上の猫はすっかりくつろいでしまい、動くに動けない。


「ここは人がほとんど来ないから大丈夫。ちょうど周りからも生垣に囲われて見えないし、見張りも立てている」


 確かに、この視察には王家の護衛がついてきている。何かあればすぐに対処できるはず。

 ……でも、問題はそこじゃない!


「カナン、ちょっと離れ――」

「ほら、猫を撫でてあげないと」


 カナンはさらりと話を逸らすと、セリーナの頭を優しく撫でた。


「んっ……!」


 ゾクッとした感覚に、思わず身をすくめるセリーナ。セリーナが猫を撫でるのを真似ているのだろうか。カナンの指先はふわりと柔らかく、耳の付け根をくすぐるように撫でる。


「……っ!」


 思わず肩がぴくっと跳ねる。 


「ん? セリーナ、猫を撫でる手が止まってるぞ?」


 猫は少し不満そうにセリーナを見上げている。もっと撫でろとばかりに、宙に浮いた彼女の手に頭を擦り付けてきた。


「あ……っ」


 慌てて猫の背を撫でると、今度は「ウニャン」と甘えた声を上げ、ゴロンと転がりお腹を見せた。


「お腹も撫でてほしいのかな? 珍しいな、猫は信頼した相手にしかお腹を見せないというのに。セリーナの撫で方がよほど気に入ったのかも」


 カナンが感心したように言う。

 セリーナは驚かさないように、そっと猫のお腹を撫でた。

 すると、カナンの腕がいつの間にかセリーナの腰に回り――


「ちょっ……!?」

「ん? 俺もセリーナの撫で方を真似してるだけだけど?」

「猫と私を一緒にしないで!」


 セリーナが抗議するも、カナンは悪びれる様子もなく、指を動かしながら腰からお腹へと撫でていく。その感触に、セリーナは息を詰めた。


「猫は尻尾の付け根を撫でられるのが好きなんだってな。さっきは尻尾を確認できなかったけれど……セリーナはどうかな?」

「ちょっ……待っ……!」


 カナンの手が、ゆっくりと腰からさらに危険な位置へ伸びた、その瞬間――



「でゅふふふ、猫耳さいこぉ……」



 ――不審な声が響いた。


「……は?」


 二人が同時に振り返る。

 ガゼボの入り口から、不自然な姿勢で覗き込む黒いフードの少女がいた。


「!!?」


 見張りがいるはずなのに、どうして!?

 というか、見られた!? 今のやり取りを!? それよりも猫耳を!?


 フードの奥から覗く顔は、一見すると十五歳くらいの可愛らしい少女。しかし、その表情が異様だった。

 目は爛々と輝き、口はだらしなく開いて今にも涎を垂らしそうになっている。呼吸は荒く、「ハアハア」と熱っぽく漏れる吐息が二人まで届きそうな勢いだ。


「……えっと」


 カナンが困惑の表情を浮かべる。

 少女は、焦点の合っていない目をセリーナに向けたまま、フードの中で拳を握りしめ、震えている。


「尊い……なんて尊い光景……。猫耳美女が顔面天才スパダリに愛でられてる……ッ! 尊すぎて……視界が光に包まれる……ッ!!……はっ!」


 少女は我に返ったように顔を上げると、口元を袖で拭い、にこやかに微笑んだ。


「……あ、私のことはお気になさらず。通りすがりのただの魔女ですので。さ、続けて続けて」

「「魔女!?!?」」


 セリーナとカナンは思わず声を揃えた。

 魔女は貴重な存在だ。実在すると言われているが、人前に出てくることは滅多にない。


「あなたは本当に魔女なのか? にわかには信じ難いが……」


 カナンが慎重に問いかけると、少女はフードを指でちょんと摘み、いたずらっぽく笑った。


「ふっふっふ……では証明して差し上げよう!」


 そう言うと、魔女は軽く指を鳴らした。

 次の瞬間、セリーナの目の前に小さな光が生まれ、瞬く間に一輪の青いバラが形作られた。


「わぁ……!」


 セリーナは感激して思わず身を乗り出す。


「すごい……! 本当に魔女なのね!」

「ふふん! もっと褒めて褒めて!」


 ドヤ顔の魔女。しかし、次の瞬間、彼女はとんでもないことを口走った。


「あなたに可愛い猫耳と尻尾を授けてあげたのもこの私よっ!」


「…………」

「…………え?」


 一瞬の沈黙の後、セリーナとカナンは、ゆっくりと魔女を見つめた。


「……な、何を言っているの?」

「だから! あなたの猫耳と尻尾、可愛いでしょう!? それはこの私が――」

「元に戻して!!!」


 セリーナは勢いよく立ち上がろうとしたが、まだ膝の上に猫がいて動けない。

 それでも、セリーナの勢いに気圧されて、彼女は後ずさる。


「えっ?」

「えっ、じゃない! 元に戻して!」


 魔女は顎に手を添え、何やら考え込む素振りを見せると、カナンをじっと見つめた。


「でも、そこのあなたが願ったのよね?」

「……え?」


 セリーナとカナンは同時に混乱する。


「え、ちょっと待って、どういうこと?」

「いや、俺もわからないんだけど……?」


 魔女はふふんと鼻を鳴らすと、再びドヤ顔で告げた。


「ちょっと前に、今日みたいに猫ちゃんを可愛がってた彼女を見て『セリーナが猫だったら可愛かっただろうな。見てみたいなぁ』って言ってたじゃない。たまたま近くで聞いていた魔女様が、ちゃんと叶えてあげたわよ!」


(どういうこと……?)


 セリーナは確かに猫が好きだ。だが、王宮内に猫が出入りしていたのは子供の頃の話でーー。


「念のため聞くが、その『ちょっと前』とは……?」


「んー、たぶん十年ちょっと前?くらいかな」

「…………」

「…………」


 しばしの沈黙の後、セリーナとカナンはお互いを見やった。


「カナン……?」

「……そういえば、子どもの頃にセリーナと猫と遊んだ帰り道で……そんなことを願ったような、気がしないでもないような……」

「あなたのせい!?」

「い、いや、俺はそんなつもりじゃ――って言うか、子どものそんな戯言で魔女が猫耳を生やすなんて思わないだろう!? しかも十年以上も経ってから!」


 魔女はいつの間にかセリーナの膝から降りた猫を無理やり抱き抱え、フーシャー威嚇されている。


「あははは、ちょっぴり遅かった? でも、願いが叶ってよかった……よね?」

「よくないわよ! 元に戻して!!!」


 セリーナは必死に魔女へ詰め寄った。

 しかし――


「……やだ」

「は?」


 魔女は頬をぷくっと膨らませ、腕を組んでそっぽを向いた。


「やだやだやだ!! せっかく可愛い猫ちゃんにしてあげたのに! 普通なら感謝するでしょ!? それなのにっ! あなたたちには責められるし、猫ちゃんには威嚇されるし! 散々な気分よ!!」


 足をバタバタさせながら叫ぶ魔女。

 彼女の元から無事に逃げおおせた猫は、セリーナにぴったり寄り添いながら、魔女の方を向いて「シャーッ!!」と鋭く威嚇した。


「ほらあぁぁぁ!! また威嚇されたぁ!! 何よ! 私が何したっていうのよぉ!!」

「……いや、何をしたかは明らかでは?」


 カナンが冷静にツッコむが、魔女は完全にふてくされてしまったようで、地団駄を踏む。


「もういいもん! 絶対に戻さないんだから!!」

「ちょっ!? 待って!!」


 セリーナが慌てて手を伸ばすが――


「ばいばーい!!!」


 魔女はひらひらと手を振ると、煙とともにぱっと姿を消してしまった。


「……え?」


 ガゼボには、不自然な静寂が訪れた。


「魔女の呪いだなんて……どうしたらいいのよ……まさか、一生このまま……?」


 絶望に暮れるセリーナの手に、猫が優しくスリスリと頬を擦りつけてきた。


「……あなたは優しいのね」


 そっと猫を抱きしめながら、セリーナは深いため息をついた。

 こうなったら、魔女を探し出して、何がなんでも元に戻してもらうしかない。


「……まったく、とんでもない災難だわ」


 そうぼやきながらも、猫のぬくもりに少しだけ癒やされるセリーナだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

よろしければ、評価、リアクション、ブクマいただけると幸いです。


次話『癒しの時間(?)』

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