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―ハロイン当日の朝―
「かおりちゃん、ちょっと体温計見せて」
「えっ、だ、大丈夫みたい。いつもよりちょっと高いかな~って感じかな」
「いいから体温計かして」
「……まだちょっと高いな」
「これぐらい平気だって。私、平熱高いんだから」
「かおりちゃん、今日はデート諦めよ。また今度にしよ」
「イヤよ、そんなの絶対イヤ! だって私には時間がないのよ!」
「けど、そんな体調で外出たら、熱でフラフラになっちゃうよ」と僕は額の
タオルを新しいものに取り換えた。
「ねぇ、先生」
「何?」
「デートの時間短くってもいいから。ねっ、いいでしよ!」
「そんなこと言われてもな~」
「せめて先生が予約してくれたレストランだけでも~ ねっ、お願い!」と
彼女は満面の笑みで僕の腕を捕まえ懇願した。
「じゃ~ 夕方までに熱が下がったら、ご飯だけ行こっか」
「良かった。じゃ~ 先生、もう少し冷たいタオルに変えてくれる?」
「あぁ、分かったよ」と僕は洗面器に氷を追加した。
お昼を過ぎると彼女は頻ぱんに体温計で温度を確認、そして夕方近く
になると僕は彼女の衣装及び小道具の選別に駆り出された。
「私、かわいい?」
「うん、いいんじゃない」
「そういう漠然としたのじゃなくって具体的に言ってよね~」
「そのピンクのドレス凄く可愛いし~ あとティアラもよく似合ってるよ」
「他には?」と彼女は人差し指を立てるとゆっくり自身の頬に近づけた。
「かおりちゃん、すっごく可愛いよ。完全にお姫様だね。これでいい?」
「でしょ~う。でも今日はね、この美貌をお披露目しないのよん!」と
彼女はピンクのマスクで口元を隠した。
「今日だけ特別にかおりちゃんを信じて外出するけど、もしちょっとでも
体調が悪くなったら絶対我慢しちゃだめだよ。これだけは約束してね」
「了解、了解。次は先生の番ね」
ホテルを出た僕たちは予約までの空き時間を利用し、仮装した若者が集う
商店街をアテもなく練り歩きながら年に一度のお祭り気分を味わう事にした。
「かおりちゃん、体調大丈夫?」
「平気だって。ホント心配性なんだから」
「そりゃ~ 今朝まで熱あったんだから心配するよ」
「それより、先生」
「何?」
「腕。腕貸して」と彼女は僕の左腕を少し持ち上げ隙間を作ると、素早く
自身の右腕を差し込み身体を僕に委ねた。
「ち、ちょっと何してんの」
「いいいじゃない、これぐらい」
「それとさ~ ちょっと身体くっ付きすぎじゃない?」
「いいの、いいのデートなんだから」「私にとってこれが最後のデートになる
かもしれないのよ」
「かおりちゃん……」
「ところでさぁ~ 先生って今付き合ってる彼女いるの?」
「そ、そんなのいるワケないだろ」
「そんな怒った言い方しないでよ~」
「あっ、ごめん」
「じゃ~ 前の彼女と別れてどれぐらい経つの? まさかずっと彼女ナシって
わけじゃないでしょ」
「何で今そんなこと聞くんだよ」
「だってさ~ 先生、私と腕組むだけで妙にキョドってるから」
「確かにいたよ、彼女。たった一人だけどね」
「えっ! どんな彼女? ねぇ、ねぇどんな?」と彼女は僕を覗き込むように
顔を急接近させた。
「どんなって~ まぁ、見た目は美人でスタイルもいいんだけど~」
「うん、うん、それで」
「ちょっと口が悪くって、わがままでプライドが高めで~ あっ、そうそう
たまに暴力も振るわれたな」
「へぇ~ 先生、大変だったんだ」
「いや、そんな一面もあったて事だよ」
「じゃ~ 違う一面もあったんだ」
「もちろん。彼女は僕にとって太陽のような存在だったんだ。ほら、僕って
あまり心開かないっていうか、いつも一人でいることが多くってね。でも
彼女は閉ざした僕の心を無理にこじ開けようとはしなかったんだ。何て言うか
根気よく開くのを待ってくれるような心優しい子だったんだ。ちょっと口は
悪いけどいつも明るくってこんな僕にも優しく寄り添ってくれたんだよ、彼女」
「ふぅ~ん、そうだったんだ」「先生、もう一度その子に会いたい?」
「あぁ、会ってお礼を言いたいよ。何度も何度もね」
「理由はそれだけ?」
「いや、もちろんそれだけじゃないよ。もう何年も昔の話なのに未だに彼女を
想うと胸がとっても苦しいんだ」
「好きなのね」
涼しい表情を浮かべる彼女はゆっくり頬を僕の肩付近に密着させた。
「先生、ちょっと生意気だけど私から忠告するね」
「忠告って?」
「その1、いつまでも昔の思い出引きずってたら新しい恋出来ないよ」
「やっぱり、そうだよね」
「その2、先生は何でも深く考え過ぎるクセがあるから直した方がいいわ。
先生の場合適当ぐらいでちょうどいいのよ」
「適当かぁ~」
「そう適当。いくら考えたってどうにもならない事って沢山あるでしょ」
「まぁ、確かにそうだよね」
「そして最後は矛盾するようだけど先生自身を全て受け入れることね」
「僕自身を受け入れる?」
「そう。つまり先生は先生でしかないってこと。きっと前の彼女もそういう
先生全てをひっくるめて好きだったと思うの。まぁ、同じ女性としての意見
だけどね」
「そうなのかな~」
「女ってそういうもんよ!」「あっ、タクシー来たよ、先生」




