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太陽の妃  作者: さら更紗
Ⅰ 針森の村
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Ⅰ 針森の村 -9

 

 五人の選定者たちは、村を訪れた時と同じ服装で座っていた。凛と蘭がいる所からは遠くてよく見えず、ほかの若者同様、早々に彼らを見ようとする努力を放棄して、ただただ宴が始まるのを待っていた。

 テーブルには所狭しと料理が並べられ、蘭などは、明日から絶食させられるのではないかと、心配になったほどだ。

 蘭たちがひたすら切り分けた大鹿の肉は、細く削られた鹿の骨に串刺しにされ、熾火になった焚火の側であぶられていた。宴が始まる前に、肉が焼けすぎてしまったらどうしよう。肉の焼ける匂いに鼻をひくつかせながら、凛は何度もそう言っていた。

 干し肉や野草、木の実と共に、パチェと呼ばれる、雑穀のクレープのようなものが並べられ、好きに巻いて食べられるように整えられていた。甘い果実のソースをかけて食べるパチェは、宴には欠かせないものだった。

「桜婆さまは、今日はいらっしゃらないわね」

 よく見える目をキョロキョロさせて、凛が言った。蘭もまわりを見てみたが、輿(こし)も見かけなかったので、きっと出て来ていないのだろう。

 昨日は選定者に会えたことよりも、桜婆さまを見れたことが、嬉しかった。蘭は桜婆の住む(やしろ)の方を一瞥した。深々と(こうべ)を下げた桜婆さま。選定者たちのことを、どう思っているのかしら。誰かが連れていかれることになったら……

 ダダダダーン!

 太鼓が激しく打ち鳴らされ、歓声が上がった。

 ハッと蘭が目を向けると、太鼓に合わせて、村の舞い手たちが、軽やかに舞っていた。中央で舞っているのが寧だ。村一番と評判の舞い手は、編まれた髪をなびかせ、美しく舞っていた。

 柳は…と探すと、楽しそうに太鼓を打ち鳴らしていた。宴の始まりである。

 子どもたちは舞や太鼓など見向きもせず、豪華な食事に飛びついていた。隣りを見ると、凛は早速、大鹿の肉にかぶりついていた。蘭も慌てて、肉を取りにいく。肉は焼けすぎることなく頃合いで、噛むと肉汁が溢れてきた。


「二人とも、ラシャ飲むか」

 声をかけてきたのは、なめし所の長である由と狩師の長の息子、剛であった。歳は蘭より二つ上だが、彼の母である由が柳と仲が良いため、子どもの頃から、よくつるんで遊んでいたのだった。

 もともとやんちゃ坊主であったが、剛毅な母と父にもまれ、ますますたくましく成長し、今は狩師になるべく、父について修業している。

 ラシャは針森でよく見かける、つる状の木に為る赤い実である。村人はその実を発酵させ、酒を造るのだが、その酒のこともラシャと呼んだ。

 木を削って作った杯に、赤いラシャが注がれ、二人は礼を言い、杯をあおった。ラシャは脂っこくなった口の中を、清々しく洗い流してくれた。

「桜婆さまは、今日おいでにならないのね」

 杯をかたむけながら、蘭は剛に尋ねてみた。剛の両親は、村の自治でも中心的な役割を担っている。

「だいぶ高齢だからなぁ。昨晩お出ましになったのだって、だいぶ無理したらしいぞ」

 剛は、先ほどの蘭のように、桜婆の社の方を眺めながら言った。

 ラシャをうまそうにすすると、さも今思いついたかのように、「そういえば」と蘭を見た。顔が笑っている。

「お前、ちゃんと女になれたか」

 桜婆のことと、選定者のことを考えていた蘭は、一瞬何のことを言われたのか分からず、真顔で剛を見返したが、はなまつりのことを言われていると気が付いて、深くため息をついた。

「勘弁してよ。きのう、さんざん凛にきかれたんだから」

 剛は声を上げて笑うと、

「まぁな。あまり話すこともないしな」

 剛も経験済みである。

「で、相手は? (しん)か?」

「誰としたかを聞くのは、無粋でしょ」

 はなまつりは神の領域で執り行われるまつりなので、神域の外であれこれ聞いてはいけないことになっていた。

 ただ、若者の好奇心を抑えることはできない。建前は建前で、どうしても探りを入れたくなるのが、本音である。

 剛の読みはご明察で、蘭も否定しなかった時点で、その通りだと認めているようなものだった。

 同じ歳の男の中で、蘭は信と一番仲が良い。剛も信を弟分のように可愛がり、幼い頃は連れまわして遊んでいた。特に意中の人がいない二人にとっては、はなまつりの相手にお互いを選ぶのは、自然なことだった。

 信はとても優しく、蘭を気遣ってくれたが、いかんせん、自分も初めてなので、最初はうまくいかなかった。自分たちの不甲斐なさに、思わず二人で笑い出してしまったほどだ。その時、相手が信で良かったとしみじみ思った。後々、この時のことを二人で話して、笑いあっているのだろうと思うと、心も体も温かくなっていた。

「そうか、そうか、二人とも無事大人になれたか」

 剛は一人、満足そうにうなずいていた。

「なになに。蘭の相手って信だったの?教えてくれてもよかったのに」

 凛は面白くなさそうに、口を尖らせた。凛が信に好意を寄せているのを、蘭は知っていた。それは恋とも呼べないほどであったが、信がいると、凛はいつのまにか信の横にいた。

 だからと言って、はなまつりの相手になってほしいと信に言われたとき、断る気にはなれなかった。初めての相手としては、申し分なかったし、断ってしまったら、お互いあぶれてしまうかもしれない。

 はなまつりはあくまでまつりであり、大人の始まりに過ぎなかった。凛も来年、相手を見つけ、大人になるだろう。

 剛は選定者たちの方に目をやり、意味ありげに蘭たちに顔を近づけた。子どもの頃、剛は内緒話をしようとするとき、態度が大げさだった。どんなことでも、すごい大事件のように言うのだ。大人と言われる歳になっても、それは変わらない。

「選定者を見たか。髪が金色の女がいたぞ。フードからはみ出ていた髪が、見えたんだ。あれは色が薄いといった程度じゃない」

 鼻を膨らませた剛に、蘭と凛は顔を見合わせ、頷いてみせた。

「今朝、まかない所に来たの。そのときは、フードも被っていなかった。村の人も、村に来る商人たちも、みんな黒い髪でしょう? 茶色っぽい人はいるけど、あんなキラキラ光る金色の髪って見たことないじゃない? びっくりしちゃって、じろじろ見ちゃった。凛なんか、フラフラ近づいて行こうとしたし」

 その時のことを思い出したのか、凛は返事もせずに、ぼおっと遠くをみていた。

「ふぅん」

 剛は考え込みながら、ラシャをすすった。

「誰かを見に来たのかな」

「え?」

 蘭が聞き返すと、剛は蘭を見た。

「あの人たちは選定者だぞ。村に遊びに来たわけでも、商売をしたわけでもない。巫女を探しに来たんだ。しかもあの金色の髪は、占い師だって由は言っていた」

「占い師?」

「そう。巫女になるべき女がどこにいるのか占うことができて、誰が巫女にふさわしいか視る力を持っている」

 蘭は金色の髪の女が凛を見ていた時の目を思い出した。じっと見極めようとする目。

「でも、まかない所が見てみたかったって言ってたわよ。それで朔に怒られてた」

 無邪気に凛が口を挟むと、剛もあっさり引き下がった。

「じゃあ、そういうことなのかな。こんな辺鄙な村に、巫女様がいらっしゃるとは思えないし。まあ、どちらにしても、蘭には関係ないしな」

 選ばれるとは思っていないが、そう言われると、何となく面白くない。

「どうしてよ」

 蘭が聞き返すと、剛はまた先ほどのニヤニヤ笑いに戻っていた。

「巫女は処女しかなれないんだよ。太陽神は、外の人間が最も尊ぶ神様だからな。太陽神の花嫁候補が経験済みじゃまずいんだろ」

 外の人間…つまり針森の村以外では、女性の貞淑や純潔、そして処女といった、いわゆる慎み深さが大切にされている。身分が高いほどそうだ。

 十六になったら、男女の経験がないと大人扱いされない針森の村の人間からすると、信じられないことなのだが。

 逆に、外の世界から見ると風変わりなこの風習が、この村を辺境の地扱いされている理由かもしれなかった。

 また話の方向がはなまつりの方に戻りそうなので、蘭はつれなく「そうなの」と流して、その話は終わりになった。

 剛は向こうのテーブルに知り合いを見つけて、ラシャを抱えて、移動していった。


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