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太陽の妃  作者: さら更紗
Ⅱ 都
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Ⅱ 都 -33

 

「リン……」

 凛はアシュランとセレネの間に体を滑り込ませると、セレネを睨みつけた。

「アシュランを斬ろうというのですか?なぜ?」

 セレネの目は冷え切っていた。冷たい目は、凛の目をひたと見つめた。

「奉納の舞を穢したから。しかも、舞姫を昏倒させた。太陽神に奉ったものを、傷つけた」

「わざとではないわ」

「わざとかどうかなど、どうでもいいの。儀式を穢した。それだけが重要なの」

 セレネは息を吐くと、よく通る声で言い放った。

「そこをどきなさい」

 ほかの誰も動こうとはしなかった。まるで動きを封じられたかのように、ただ舞台の上の二人を見ていた。

 凛はきっぱりと言った。躊躇もしなかった。

「どかない。どうしても斬りたいなら、わたしごと斬ればいい」

 沈黙が……会場を凍らせた。


 それでもセレネは引かないだろうと思っていた。それほど、彼女の目は冷たかった。

 凛は斬られる覚悟をした。

 ……カチャリ

 セレネが一歩下がって、剣を床に置いた。

 そうして、片膝をつくと、胸に右手を当てた。それは忠誠を誓うポーズだ。

 凛は驚いて、目を見張った。一体、何が起こった?

「巫女姫を斬ることはできません。御意のままに」

 流れるように、セレネはそう言うと、(こうべ)を下げた

「巫女姫?だれが?」

「あなた様が」

「冗談はやめて」

「ではそこをお退きください」

 セレネはもう一度顔を上げて、ほほ笑んだ。

「わたくしに命じることができるのは、太陽神と巫女姫だけです」

 会場にどよめきが起こった。どよめきはやがて一つに集まり、歓声と変わっていった。


 嵌められた。

 凛は舞台の上で唇を噛んだ。

 なぜ、アシュランが介添え役に選ばれたのか、合点がいった。

 失敗するのを見越してだ。この小芝居をするために、アシュランはうってつけだったのだ。

 わたしが断れないように、逃げることができないように。

 凛はセレネを睨みつけた。

 セレネはふっと笑うと、(うやうや)しく言った。

「おめでとうございます、巫女姫。すべて……天のご意思です」

 そう言って、舞台の外に合図を送ると、巫女が何人か上がってきて、サラとアシュランを運びおろしていった。

「さぁ、巫女姫」

 セレネは立ち上がり、芝居がかった調子で言った。

「穢れた舞台を、貴方様の舞で清めて下さい」


「蘭!」

 人込みの中、突然蘭がふらついたので、信は慌てて支えた。

 蘭は両手で顔を覆って、小刻みに震えていた。

「蘭?」

 もう一度呼びかけると、ようやく蘭は声を絞り出した。

「凛が怒ってる」

 そう言うと、顔を覆っていた手を、ゆっくり放した。

 蘭の目も、また怒りを映していた。

「ものすごく怒っているわ」

 信は蘭を抱き留めたまま、前方を見つめた。白い舞台は見えるが、何が起こっているかまでは見て取れない。

 ただ、何事かただならぬことが起こり、会場中に沈黙が降り、そして歓声が沸き起こったことは感じることができた。

「何回か、豊穣祭の儀式を拝みに来たことはあるが、こんなことは初めてだ」

 後ろでノックが空を見上げていた。

 儀式の時刻は、太陽がちょうど儀式場の真上にいる。

「見ろ」

 ノックがあごで空を示した。

 今まで確かに青空だった。それが、どこから現れたか、黒い雲が太陽にかかろうとしていた。辺りは急に暗くなり、儀式場の周りにいる人々の歓声も、しりすぼみになっていった。やがて、完全に歓声は止み、不安げなざわめきだけが取り残された。


 シャラン

 ざわめきを突き抜けて、鈴の音が響き渡った。二拍…三拍、遅れて笛の音が鳴り始める。

「また、始まった?」

 信がつぶやくと、蘭は首を横に振った。

「凛が踊ってる。凛が、清めてる」

 やがて、雲の間から、太陽の光が差し込んできた。光は暖かく、世界を照らし、黒い雲はいつの間にかどこかへ消えていった。

 鈴の音が止み、楽の音も止むと、今度こそ会場は、大歓声に包まれた。


「勝手なことをしよって」

 言葉とは裏腹に、大巫女はそれほど腹を立ててはいないようであった。

 ほとんど見えない目では、巫女姫の舞を見ることはできないが、場が清められていく様は、だれよりも感じることができた。

 やはり、あの娘だったのか。

 大巫女は先日セレネを呼び出した時のことを思い出した。

 なにかと凛に接触するセレネに、もう少し穏便に様子を見てはどうかと言うと、セレネは憐れむように大巫女を見た。

「様子を見るも何も、巫女姫はあの娘なのです。今から決めるのではなく、最初から決まっているのです」

 あなたには分からないのですか、と言い募るセレネの金色の髪を見ながら、この子は神殿の巫女ではなく、やはり王家の人間なのだなと思った。太陽神の血族である王家の。

「忙しくなりますな」

 隣で大神官が感情のうかがえない声で言った。

 セレネの行為は一介の占い師の分を超えているが、こうなってしまった以上、巫女姫はあの娘にせざるを得ないだろう。

「あっはっは」

 場違いな笑い声に、ピクリと不快げに大神官のこめかみが歪んだ。

「あの子にしてやられましたな」

 愉快そうな声が、少し離れたところから、聞こえて来た。大神官はそちらを向かず、返事を返した。

「何のことでしょう」

 太陽王はそれには答えずに、隣の息子に言った。

「美しい娘だな。三年後にはこの世からいなくなると思うと、哀れだ」

 哀れという言葉が、軽く宙に浮いた。

「誰かを選ばなくてはいけないのです。伯母上のおかげで、大巫女様や大神官殿の肩の荷が下りたはずです」

 息子である王太子は、無感動に言った。目はじっと巫女姫になった娘を見ていた。


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