Ⅱ 都 -31
蘭たちの部屋の明かりが消えたのを見届けて、アランとコルは物陰からそっと出た。
しばらく黙って歩いてから、おもむろにコルか言った。
「どうやら、本当にただの娘だったみたいですね。辺境育ちの、ちょっと変わった」
「じゃあ、夕食を食べてもよかったじゃないか」
すねたようにアランが言うと、コルは深いため息をついた。
「なるべく顔を見られるのは少ない方がいいでしょう? 娘は知らなかったみたいですが、一緒に暮らしている者が、あなたの顔を知っているかもしれない。いくら髪を隠しても、顔を知られていたら、バレるかもしれません」
「分かり切っていることを、言うな」
「おや、もしかしたら分かっていらっしゃらないのかと思いまして」
しれっと言うコルを忌々し気に睨みつける。こいつは主人で遊ぶ悪い癖があるが、一番信頼できる。
「コル、ランという娘の素性を調べてくれ」
コルが怪訝そうにアランを見る。
「怪しい者ではないと思いましたが……」
「いや、おれが知りたいだけだ」
「……」
「また、会おうと言ったしな」
クックッと思い出し笑いをする主を呆れ顔で見て、コルはまた深いため息をついた。
「いいわねぇ。ランちゃん、ほんと美人さんだから、艶やかな柄にまけないわぁ」
くだんのおかみさんたちが、なぜか蘭たちの部屋で、蘭に晴れ着を着せていた。
病弱な母親に代わって、甲斐甲斐しく父と弟の世話をする娘像が、感動と同情を誘ったのか、あれから二人は何かと蘭の世話を焼いてくれるようになった
蘭は申し訳なく思いつつも、今更嘘だとは言えず、ありがたく好意を受け取っていた。
今日、ついに豊穣祭を迎えたのだが、神殿の樹木の管理をしているという庭師のおかみさんが、自分が娘時代に着ていたという、晴れ着を貸しに来てくれたのだ。鮮やかな朱色に、細かい幾何学模様が織り込まれた、娘らしい華やかな衣装に、蘭は最初「そんな大事なものとんでもない」と、辞退した。
ところがおかみさんが言うには、この色は未婚の娘しか着られない。わたしはもう結婚しているし、このまま誰にも着てもらえないのはもったいない、と半ば強引に着付けられてしまった。
「ほんとねぇ、すごく綺麗。弟さんも、そう思うでしょ?」
ぼんやり蘭を見ていた信は、ひきつった笑顔で答えた。
「ええ、そうですね。自慢の姉です」
「姉」の所を強調する信に、蘭は内心、ため息をついた。案の定、あの夜、ノックと信を、父と弟にしてしまった顛末を打ち明けると、二人ともそろって「は?」と聞き返し、ノックは落ち込むし、信は口をきいてくれなくなった。
しかし、今更どうすることもできず、彼らの機嫌が直るのを待つしかない。
ノックは次の日から、自ら「父」と名乗り、それなりに楽しむようになったが、信は数日たった今でも、機嫌が悪い。
人攫いに攫われかけたなどと、口が裂けても言えないな、と蘭は胸の内でつぶやいた。
外が賑やかになってきた。豊穣祭の儀式に向かう人が、集まり始めたのだろう。
おかみさんたちにお礼を言うと、二人は、楽しんでおいでと声をかけてくれ、家族のもとへ帰っていった。
ノックがよっこらしょと椅子から立ち上がったのを見て、蘭は目を閉じて、深呼吸をした。
ついに凛のいる神殿に入ることができるのだ。




