Ⅰ 針森の村 -11
空気が一変するとは、まさにこのことを言うのだろう。笑いさざめいていた広場が、一瞬で静まり返った。
フードを外し、金色の髪をなびかせた女が引き連れていたのは、白い衣に包まれた凛だった。顔はうつむき、髪は濡れているようだった。
それを目にしたときは、村人たちもまだ、ささやき合っていた。……どうしたんだろうね、凛ちゃん。川にでも飛び込んだのかな。やれやれ。
皆が黙ったのは、金色の髪の女、占い師の女が言葉を放った時だ。
「彼女が巫女となるべき者です」
決して大声を張り上げたわけではない。選定者たちに報告しただけだ。しかしその声は、笛の音のように響き渡り、村人たちは目を大きく見開いて、押し黙った。
驚き、興奮、戸惑い……そして恐れ。
長い、しかし一瞬の沈黙の後、最初に音を立てたのは、蘭だった。一声叫び、凛のところへ駆け出した。
「うそだ!」
人やテーブルの間を縫って、いや、ぶつかりながら、突進していく蘭を、近くにいた若者たちは止められなかった。動くことも出来ず、呆気に取られている。
もう少しで……と、蘭が伸ばしかけた腕を、誰かがやんわりと押しとどめた。
見上げると、父、青の、白い顔があった。
「だって」
言いかけた蘭に、青は低くささやいた。
「…落ち着きなさい、蘭。とにかく、話を聞かなくては、何も分からない。息をゆっくり吐いて」
蘭は、ゆっくり息を吐くと、力も抜けていった。
周りの緊張も少し和らいだのを見て、選定者たちの中の一人が立ち上がった。神官の格好をしており、おそらく長だと思われた。深い落ち着いた声で、こう告げた。
「歓迎の宴、感謝いたします。しかし、どうやら私たちの目的に、目途がついたようです。これから仕事をしなくてはいけません」
深々とお辞儀をすると、占い師の女に目配せし、選定者たちを引き連れて去っていった。占い師の女は、凛を促して歩き出した。
「待って」
呼び止めたのは、柳だった。占い師は立ち止まると、柳にお辞儀をし、穏やかに言った。
「大丈夫。さらっていくわけではありません。娘さんと少しお話をして、後ほどお宅に伺います。少し、お待ちいただけますか」
「……分かりました」
厳しい顔のまま、柳は頷き、一歩下がった。
凛は相変わらずうつむいたままだった。とても誉れある巫女に選ばれた娘のようには見えなかった。
柳が凛を呼ぶと、凛は顔を上げて母を見た。その顔は、戸惑っているようではあったが、打ちひしがれているようではなかった。目には力が残っている。
柳はほっと息を吐いた。自分の娘は、自失しているわけではない。自分で答えを出そうとしている。
凛に頷いて見せると、凛も頷き返した。そして、凛は占い師の後について行った。
凛の背中を見送ると、柳は蘭と青の方を振り返った。
「家で待ちましょう」
村の皆の方に、深く一礼すると、三人も広場を後にした。




