第5話 イチゴジャム
幸運だったのは魔物の背中側に僕が居たこと。
僕は足音を立てず、魔物の背後を取りつつ、ヒカリの家の扉をそっと開け中に入った。
「ヒカリ……!」
なんでこんなことになっているのかはわからない。
とにかく今はヒカリを連れて逃げるしかない!
「ヒカリ!」
二階に上がると、そこには1つの死体があった。
――ルチアおばさんだ。
ヒカリの死体じゃなくてホッとした自分に後から嫌気がさした。
親代わりだった。
大切な人だった。
だけど涙は出さなかった。
後で泣く。いっぱい泣く。でも今は優先すべきことがある。
ヒカリの安全確保だ。
ルチアおばさんは胴体と首を切り離されていた。気のせいか、他の死体に比べ綺麗な傷口に見える。スッパリと鋭利な物で斬られたような傷跡だ。
ヒカリはいない。ハムレットさんも居ない。
どこに……?
「まさか」
食われたのか? 跡形もなく、あの化物に。
――ドタドタドタ!!!
「ガアァ!!」
魔物の声が背後から聞こえた。僕に気づき、追いかけてきたのだろう。
「おい」
僕は振り返り、僕を爪で切り裂こうと腕を振り上げている魔物を睨む。
「……ヒカリをどこにやった?」
振り下ろされたゴリラのような腕を、飛び上がって避け、魔物の肩に着地。そのまま背後に回り、首を腕で絞める。
「が、はぁ!?」
「あまり人間を舐めるなよ……!」
魔物は床を蹴り砕き、飛び退いた。
「っ!?」
僕を背負ったまま魔物は二階の壁を突き破り外に飛び出る。
背中と後頭部に激痛。僕は魔物から離れ、雪の積もった場所へ落下する。
魔物は凍った地面に足から着地した。
魔物は間を置かずに、尻もちをついている僕へ向かって走ってくる。僕は雪を手に取り魔物の目に向けて投げる。
「ガウ!?」
視界を雪で封じた隙に魔物の股下を滑り抜け、地面に落ちていた雪かきに使っていたであろう鉄のスコップを手に取る。
「ガアアアァァ!!!!」
振り返り、爪を向けてくる魔物。
「鈍いな」
ソニックフィッシュの動きに比べたら全然遅い。
僕は振り回される爪を避け、カウンター気味にスコップを振り、魔物の喉をスコップの先で切り裂いた。
魔物の喉から真っ赤な血が噴き出す。
魔物は悲鳴を上げて倒れた。
「ヒカリ……ヒカリ!! 魔物は倒したよ! 居るなら、居るなら声を上げてくれ!!」
僕は出せるだけの声量で叫ぶ。すると、ザッと背後から足音が聞こえた。
「ヒカリ!?」
後ろを振り返る。
「残念、ハズレだ」
そこに立っていたのは覆面の男――ハムレットさんだった。
「ハムレットさん……?」
「魔術も法術も魔法も無しにこれを倒すとは……やはり、君が七番目に相応しい」
なんだ、なんの話をしている?
「ハムレットさん、ヒカリがどこにいるか知りませんか?」
「知ってるよ。すぐそこにいるじゃないか」
笑い交じりにハムレットさんは言った。
「え?」
周囲を見渡す。しかしヒカリの姿はない。
「ほらそこだよ」
ハムレットさんはそう言って、僕の背後を指さした。
――血みどろの魔物を指さした。
「なにを言ってるんですか、ハムレット――」
「い」
魔物の声が聞こえた。
無機質で、掠れていて、重低音の声だ。
まったく聞いたことのない声……のはずなのに、なぜか聞き馴染みがある。
「いち、ご。イチ、ゴ……」
魔物が、なにかを呟いている。
僕は耳を澄まして、その単語を聞く。
「いちご、じゃむ……」
イチゴジャム。
魔物は、自分から噴き出た真っ赤な血を見て、そう呟いたのだった。




