第6話 リベンジコイン
「嘘、だろ」
僕は魔物に近づき膝をつく。
「ありえない……そんなはずがない!」
「……どう、して」
魔物の眼球がグルンと動いて、僕を見た。
「どうして、いじめるの……? おせ、ロ……」
そう言うと、魔物は瞳から光を消した。
「いま君が殺した魔物はヒカリちゃんだよ。オセロ君」
「……なぜ、わかる?」
「決まっているだろう……ヒカリちゃんを魔物に改造したのはこの私だ。魔術名【リストア】、その効果は対象の魔力を利用して魔物に改造すること。治癒魔術というのは嘘だったわけだ」
デタラメは言ってない。
目の前の異形がヒカリであることを、僕は本能で理解していた……理解してしまった。
「一体、なんのためにこんなことをした?」
「私の目的は復讐者を作ることさ」
「復讐者……?」
「先刻も言ったが、私はね、オセロ君……復讐劇が好きなんだ」
ハムレットはそう言って、懐から本を出した。
本の表紙には〔Hamret〕と書いてある。
「大切な存在を壊され、怒り狂い、宿敵を容赦なく追い詰めるリベンジャーの慟哭! 剝き出しの感情に心を惹かれる!!」
ハムレットは両腕を広げ、天を仰ぐ。
「そして、復讐劇を読み漁っていたある日、私はこう思うようになった。この私も! その一部になりたいと!」
ハムレットは女性をダンスに誘うように手を差し出してくる。
「君は選ばれたのだ、オセロ君。私の作る復讐劇の役者にね」
「わけのわからないことを……言ってるんじゃないっっ!!!!」
頭は沸騰していて、
思考は殺意に浸食されていた。
僕はただ、怒りのままに拳を握り、ハムレットの顔面目掛けて拳を繰り出した。
――瞬間。
ハムレットは手に持ったステッキのグリップを引っ張った。すると柄の部分がスライドし、刀身が現れた。
仕込み刀だ。
僕は高速で振りぬかれたそれを間一髪、屈んで避ける。
「初見で私の刃を見切るとは……だが」
気づいたら重い衝撃が腹を穿っていた。
「ごふっ!」
ハムレットの左拳がみぞおちに突き刺さっていた。
痛みに怯み、腰の折れた僕の顔面をハムレットは蹴り飛ばす。
その一連の動きを、僕は残像しか追えなかった。
――速すぎる! 人間の動きじゃない……!
「……お前の」
僕は腹を押さえながら、立ち上がる。
「その身勝手な欲望を満たすためだけに、ヒカリを……! みんなを……!!」
ハムレットは顎に手を寄せ、首を傾げた。
「あれれぇ~? おかしいなぁ。
私の記憶が正しければ、ヒカリちゃんを殺したのは君だろう? オセロ君」
ハムレットはとぼける。
全身の血液が頭に昇った気がした。
「君がスコップで彼女の首を斬り裂いたのではないか。こう、スッパリとね!
……忘れてしまったのかな?」
「お前ェ!!!」
僕が動くより先に、
黒い影が僕の背後より飛び出した。
影の正体は魔物。
――ヒカリが、右手の爪をハムレットに振り下ろした。
「オセロに……」
ハムレットは刃で爪を受けた。
「手を出すなぁ!!」
「ヒカリ……」
「まったく、君たちには驚かされる」
まだ自我がある。
ヒカリは、ヒカリの意思はまだ生きている!
「……怪物となった妹を人間に戻すため、世界中を周る冒険譚をつい最近読んだな。もしも、ここで私が退けば、オセロ君は同じことをするのだろうね。ヒカリちゃんを人間に戻すために奔走するのだろう。うんうん、良い話だなぁ。
――欠伸が出るほどに」
ハムレットは刀を鞘にしまう。
「【六消泡刀】」
振りぬかれた刃はあまりの速度に泡のように消え、気づいた時にはハムレットはヒカリの背後に回っていた。
キン。と刃が鞘にしまわれると同時に、ヒカリの体に六つの斬撃が刻まれ血しぶきが上がった。
「残念ながら、それは私の望むストーリーではないな」
バラバラに裂かれたヒカリの体が、地面に落ちる。
「ヒカリ! ヒカリ!! あ、あぁ……うわああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
全身を、灼けつくような怒りが飲み込む。心臓のすぐ側にある何かが熱く滾る。
ハムレットは高らかに笑う。
「人をもっとも強くする感情は憎しみだ! 復讐を果たそうとする意志が、もっとも人を強くする! 私は強者を求む! この私を! 人類の頂点たる私を追い詰める強者を!! 憎いか? んん? 私が憎いかね! オセロォ!!」
僕は立ち上がり、ハムレットを睨みつける。
「ハムレットォ……!!!」
「それでいい! それがいい!!」
――心の底から、その言葉が浮かんだ。
「殺してやる……!」
「カモン、リベンジャー」
拳を握り、殴りかかる。
ハムレットは刀を振り下ろした。――僕はハムレットの太刀を、両手で挟み込み、止めた。
「素ン晴ぁらしい! 二度目で白刃取りをかますとはなぁ!!」
僕は刃を地面に逸らし、ハムレットに殴りかかる。
ハムレットは刃を捨て、僕の拳を左手で払いのけ、腹を蹴り飛ばしてきた。
――重い……!
猪に腹へ突進された時のことを思い出した。ハムレットの蹴りは、その5倍重かった。
僕はその場に膝をつき、丸くなる。
どう足掻いても勝てない。そう確信してしまうほどの力の差がある。
「焦るな、まだプロローグだ」
ハムレットはポケットから一枚のコインを出し、僕の目の前に投げた。
コインは8cmほど。手のひらサイズだ。
コインは鮮やかな青色の宝石で出来ている。コインの中心には、“Ⅶ”という字が書いてある。
「受け取りたまえ少年。そのコインはアルハルトンという宝石で出来ており、100万ゼラで売れる代物だ。見込みのある復讐者には必ず渡していてね、君で7人目だ! 捨てるも使うも自由である!」
ハムレットは両腕を広げる。
「私はこれを……“リベンジコイン”と呼んでいる!」
リベンジ……コイン。
「復讐資金といものだ。私から君への出演料だよ。そしてもう1つ、プレゼントだ」
ハムレットが指をパチンと叩く。瞬間――左眼に激痛が走った。
「うぐっ、がああああああああああああっっ!」
熱い……マグマに漬けた包丁で眼球を刻まれているような痛みだ。
痛みに耐えつつ、左瞼を開ける。
凍った地面に映った僕の左眼には黒い“Ⅶ”の文字が刻まれていた。
「その左眼にはある呪いをかけた」
なんだこれは……!?
左眼に、右眼で見ているモノとは違う景色が流れ始めた。
――それは、魔物となったヒカリが村の人たちを貪る光景だ。
「やめろ」
子供を、老人を、貪る光景。
「やめろ……!」
無惨に殺されていく、多くの人たち。
僕らの故郷の人たち。
病気に冒されるヒカリを心配してくれた人たち。
「ヒカリは……優しい子なんだ。こんなことをする子じゃないんだ……!!」
村民を貪ったヒカリは、涙を流し、空に向かって遠吠えした。
「やめてくれ……!!!」
さらには僕がヒカリを殺す映像……今日起こった出来事がループする……!
「朝も昼も夜も今日の惨劇がその左眼に映し出される。寝ていても夢となって現れる」
瞼を閉じても、映像は薄まるだけで消えない。
「私への憎しみを忘れないための処置さ」
ハムレットがステッキで地面をつつくと、〈レキ村〉にあるすべての家が業火に包まれた。
周囲が炎によってライトアップされる。業火を背景に、ハムレットは大声を上げる。
「準備は整った! プロローグは終わり、君と私の物語が始まる!! さぁ冒険を始めよう少年! ――開演だ……!」
ハムレットはそう言い残し、夜の闇に消えていった。
「ヒカリ……」
ヒカリの体に、炎が飛び移る。
僕は体の痛みで一歩も動けない。ただ、届きもしない手を伸ばすことしかできない。
「熱い……熱いよ」
首だけになったヒカリがかすれ声で言う。
「大丈夫だよ。もう少しで、楽になるから」
「オセロ……」
炎に包まれたヒカリの頭、その瞳から涙が流れた。
「一緒に、一緒に行こう……私を、1人にしないで……」
「……」
ごめん。と僕は謝る。
「僕はまだここで、やることがあるんだ」
燃えていくヒカリの体を、ただただ見届けることしかできなかった。
夜が明ける頃には、炎も人も建物もなくなっていて、
涙の枯れた1人の復讐者だけが残っていた。
〔Hamret〕は誤字じゃないです。




