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だから剣聖は救われない  作者: ココア
第2章
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命の価値

今回もよろしくお願いします。


「さて、すっかり話が長くなっちゃたけどいい浮世の土産になったでしょ?」


 話を整理するので精一杯なエルフ達を他所に、シェルムはここに来てまた違う雰囲気を感じさせた。今までは無邪気な少年のような雰囲気で、警戒していてもどこか緩んでしまいそうな感じだった。


 しかし、今のシェルムから感じるのは無邪気な少年とは一線を画すものだった。


「本当なら味方でもない君たちにこんな話をするわけないじゃないか。わざわざ自分の国の状況や組織を話したら、それこそ僕が殺されちゃうからね」


 途中で話すのを止めたシェルムに『じゃあなぜ話した?』と聞ける者はいなかった。そこいる誰もが、次にシェルムが何を言うのかを理解していたからだ。


 そして……


「それじゃあ、待ちに待った蹂躙を始めようか」


 その言葉を発した時、初めてシェルムは暗殺者としての顔を見せた。もう笑って許してくれる少年でも、冗談が通じる相手ではないことは誰もが分かっていた。


 もう終わりだと、エルフ達が思ったその時シェルムが再びパチンっと指を鳴らす。それは村全体に響くほどに大きな音だったが、耳を傷つけるような爆音ではなく透き通った音がそのまま広がっていくようなものだった。

 音が響いた瞬間、村を赤く染めていた炎が消えて焼け焦げた村だけが現れ始める。


「炎が……」


 炎が消えたことに驚きと安心を覚えるが、その余裕は直ぐに無くなった。


「あれを見ろ!!」


 一人のエルフが真っ黒に焼け焦げている村の入口を指差す。全員がその場に視線を向けると、そこには重装備を着こなした人間たちが壁のようにそびえたっていた。


「あれは僕たちの兵士だよ。さすがにこの数を僕一人じゃ面倒だからね。数には数で対抗した方が合理的でしょ」


 話しながら指でサインをすると、兵士たちが小さく首を縦に振って一斉に動き出した。一人が一人厳しい訓練に耐えてきた兵士たち。それがエルフを十倍も上回る数村に侵入してきており、もはや絶望的な状態であった。


 一瞬にして焼け野原となった村。幸いまだ誰も殺されてはいないが、この後絶対に殺されるということが分かっているエルフ達はただ恐怖していた。


「……」


 そんな中、ヨグがエルフ達を守るようにしてシェルムの前に立ち塞がる。


「まだそんなことをするの?」


 明らかにイラついているような声色だった。少し黒が混ざったような態度に、ヨグは背中を凍らせていた。こうして立ち塞がっているヨグだが、本当はエルフ達と同じくらいシェルムに恐怖していた。


「僕には勝てないって分かってるよね?なのに、どうして抵抗しようとするの?」


 圧を感じさせる言い方だった。もはや少年のような幼い声色はどこにも残っていない。


「勝てる勝てないの問題じゃない。僕には……ここで立ち向かわないといけない理由があるんだ」


 身を震わせながらも、ヨグは力強い覚悟を持っていた。たとえ勝てない相手と分かっていても、ここで引き下がるわけにはいかない。ここで諦めるわけにはいかないという信念を抱いていた。


「理由か。まあ、僕には全く関係ない話だけど邪魔をするなら……」


 重い腰を上げるように話すシェルムは言葉の途中でヨグの目の前から姿を消した。瞬間移動というよりは、空気に溶け込んだような消え方だった。


 ヨグは直ぐに周囲を警戒し、身を守るようにして構える。しかし…


「――がはっ……!!」


 次にシェルムのことを確認できたのは、己の胸に大きな穴が出来た時だった。


「し、シェルム!!」


「邪魔をするなら殺すだけだよ」


 凍てつくような冷たい声で途中だった言葉の続きを囁く。そして、ヨグの内臓を抉るように胸に突き刺した右手をグリグリとねじる。


「があああああああ!!!」


 シェルムが右手を動かせばヨグに尋常ではない痛みが走る。内臓が抉られ血が噴き出し、風穴が広がって意識が朦朧としてくる。


「ほら、ほら、ほら!どうしたの?僕にあんな啖呵を切っていたのに、君の力はこの程度なのかい?」


 ヨグが断末魔の声を上げようが、どんな悲痛の叫びを上げようがシェルムは全く気にせず内臓を抉り続けた。それも決して決定的なものではなく、長く苦痛が続くように一定の力で抉っていく。村にはさっきの燃え上がる炎と変わり、ヨグの悲痛の叫び声が響いていた。


 エルフ達はそれを目の前で見ているのにも関わらず、助けようとしなかった。いや。助けることができなかった。助けにいっても殺される。助けにいかなくても殺される。どちらも変わらない運命が待っているのならばせめて苦しまずに死にたいという考えが生まれ、ヨグの叫び声には耳を背けていた。


「あ、が……」


 やがて、叫ぶ気力も失ってきた頃。もう自分の力で立つ力も残っていないヨグは、突き刺されたシェルムの右手によって何とか立ち上がっている状態だった。二人の真下には、くるぶしがつかるくらいにまで赤い血が溜まっていてヨグの胸の穴も人間の頭くらいの大きさにまで広がっていた。


「これで終わり?」


 残念そうに呟いたシェルムはゆっくりと右手を抜き、手のひらについた血を掃おうと手を振る。右手が抜かれたことによってヨグを支えるものがなくなり、ヨグはそのまま重力に従うようにして地面に倒れた。


「ちょっとじっくりやりすぎちゃったかな。ここまでやるつもりは無かったんだけど」


 あまりにも無残な姿になっているヨグを見て、張本人であるシェルムですら後悔が残るような言い方をする。


「まあいいか。さて、次は誰にしようかな?」


 再び少年のような声のトーンに切り替えたシェルムは、玩具を選ぶようにしてエルフ達を見渡す。顎に手を当てながら、ときおり「うーん」と悩むような声をあげるが、何を悩んでいるのかは誰にも理解できなかった。


「この中にいるはずなんだけどな……」


「シェルム様。いったい何を探しているのですか?」


 いつまでもエルフ達を眺めながら悩んでいるシェルムに、一人の兵士が声をかける。


「ヨグがあんなことを言うなんて普通じゃありえないんだ。僕が言うのもなんだけど、『訓練』を受けて育った者は心が壊れていくからね」


 一つの単語をあえて強調するようにしてシェルムは言った。それを聞いた兵士は額に汗をかきながら唾を飲み込む。シェルムが言った『訓練』というのが兵士たちがしている一般的な訓練でないことを理解していたからだ。


「訓練でも実践でも多くの人を殺してきたよ。殺してきた人が悪人かも善人かも分からない。ただ、命令に従って殺し続けてきた。人は殺せば殺すほどそれに慣れていく。命を奪うという感覚に慣れていくんだ。そうして……心は壊れていく」


 淡々と語りながらシェルムは自身の右手を見つめる。何も握られていない右手は、払えきれなかったヨグの血によって赤く染まっていた。


「壊れるのは一度だけじゃない。段階を踏むようにして、二度も三度も壊れていく。そんな状態の人間は誰かを守るために命をかけれない」


「じゃあどうして?」


「それは簡単だよ。ここに、ヨグの心を直したエルフがいるってことさ。僕はそれを探している」


 再び全てを見通すような眼力でエルフ達を見渡すシェルム。沈黙と心臓を握られるような緊張感が漂う中、シェルムがゆっくりと右手を上げて一人のエルフを指差した。


「見つけた」


 シェルムは嬉しそうに呟く。全員の視線がシェルムが指差しているエルフに向けられる。


――指を指されたのはヨグを愛してヨグが愛している女性。ヨグの心を満たしてくれた女性。ヨグに生きている意味をくれた女性。

 ヨグを変えてくれた女性――セリアだった。

読んでいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

感想・誤字脱字・その他もろもろ常に受け付けております。

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