再来のメルド王国②
メルド王国にたどり着くことができたアレンとレムリア。しかし、指名手配をされている二人が堂々と入り口を通ることはできず、全てが眠りに着く時間まで近くの森で待ち伏せていた。
そして、夜のとばりが訪れた頃、メルド王国の中に入ることを行動に移す。
気配も、足音も全て消し去りながら闇夜を進む二つの影が、段々とメルドを包む壁に近づいていく。
国全体を高い壁で覆われているメルド王国は海と隣接している場所にあり、陸の方からの入り口は二つしかない。
しかし、この時間帯ではそのどちらの入り口も当然のように閉まっている。
「どうやって入りますか?」
鉄格子の柵を軽く叩きながらレムリアが問いかける。軽く叩いただけでも、金属音が少しばかり響いてしまう。当然のことながら、壊して入るわけにもいかなかった。
「……確かこの辺に」
そんなレムリアの問いかけに言葉を変えそうとはせず、アレンはなにかを探すように壁をさわる。
そんな姿をレムリアが小首を傾げながら見つめていると、確かに壁があるはず
なのにアレンの腕が少しだけ飲み込まれたかのように無くなる。
「おっ、見つけた」
小さく得意気に笑うと、そのまますり抜けてメルド王国内へ入っていった。
後を追いかけるレムリアも同じようにして壁に手を触れようとすると、目には石で作られた壁が見えているのに、それに触れることはできなかった。
「これは隠し通路でな。10年前、国の中を探検してたときに見つけたんだ。
魔法……なんだろうけど、知識がないからどんな魔法かどうかはわからない」
不思議で仕方ないという表情をしているレムリアに小声で言うと、小さく頷きを見せる。
そして、国の中に入った二人はそのまま住宅街を抜けていき、昼間なら市場が多く並ぶ通りに向かった。
暗闇を動く二つの影がメルド王国を徘徊し、段々と王宮へ近づいていく。
アレンの背中を黙って追うレムリアの頭には『まさか今から奇襲を?』何てことが浮かんでいたが、王宮の門の前で立ち止まるアレン。
そして、殺気すら感じる鋭い眼光でその先にある王宮を睨み付ける。
「あ、アレン様?」
ここまであからさまな殺気を放つのと、ここまで怒りを露にするのを始めて見るレムリアは、アレンの顔を直視することができなくなる。
「どうして……!!あいつは、どうして父さんと母さんを!!」
悔しさを隠しきれないアレンが、憎しみに染まった声色で呟く。その手は強く握りしめられており、爪が食い込んでポタポタと地面に垂れ流れていた。
闇夜に吹く冷たい風が二人を包む。
そして、その風とは反対にレムリアがアレンを見つめる瞳はどんどん暖かくなっていく。
「……ここまで来たんだ。もう、後ろを振り向いたりしない」
溢れかけていた大きな憎しみを再び心にしまうと、王宮にそびえ立つ壁に触れながら西に進む。
「また隠し通路があるのですか?」
「いや王宮にそれはない。それに、この時間から王宮に入っても意味ないからな」
「では、どこに向かっているのですか?」
「この先に……俺の家があるんだよ。いや、俺の家だったか」
寂しそうに言うアレン声はどこか震えていて、覇気を全く感じさせなかった。
そして……そびえ立つ壁がなくなったとき、赤い屋根が目印の小さな家が見えてきた。
「あ、あれは―――」
10年ぶりの我が家を見つけたアレンは心底嬉しそうに、軽い足取りで向かっていく。
父も母も、既にこの世にはいない。しかし、そんな二人と一緒に生きてきた家がある。
それだけで十分価値があると、数秒前のアレンは思っていた。
「な、なんだ……これ……」
家の前にたどり着いたアレンは、その無惨な我が家の光景を目の当たりにして絶句する。
真夜中、若干の灯りしかなかったこの時間帯では遠くから見ても、細かいところまで見えなかったのだ。
母さんが好きな花で満たされていた庭はこれ以上荒らされ、花壇にはゴミや虫の死骸が転がっていて、三人の名前がかかれた表札には鋭利なナイフで傷つけられた痕があり、一人一人の名前の場所にペティナイフが刺さっている。
「誰が……誰がこんなことを……」
見れば見るほど、かつての我が家とはかけ離れている現実を目の当たりにしたアレンは、精神の防衛本能からか、首を振りながらぶつぶつとなにかを呟く。
「違う……こんなの、こんなの俺の家じゃない。ここは俺の家なんかじゃない」
父と母の命を奪われ、その二人と過ごした我が家さえも奪われてしまったアレン。
それら全てを全てを受け止められるほど、強くはなかった。
本当は誰よりも心が弱く、一つ一つの思い出を大事にする一人の人間であったのだ。
「アレン様……」
そんなアレンに優しく寄り添う一人の少女。それは、アレンの唯一の希望と言って良い存在であった。
ずっと、ずっと、ずっと彷徨ってきた暗闇の世界を差す一筋の光のように。
――レムリアが包み込むようにして、後ろから優しくアレンを抱き締める。恨み、憎しみ、悲しみといった様々な感情に押しつぶされそうになっていたアレンの心が、甘やかに溶かされていく。
「アレン様・・・・・・私はここに居ます。私だけはずっと傍に居て見せます」
安心させるように、耳にではなく心に直接訴えかけるように言ったレムリアの言葉は、確かにアレンの心に届いていた。
そして、後ろを振り返ったアレンも同じようにしてレムリアのことを強く抱きしめる。
彼女の体温、吐息、心臓の鼓動が直接伝わる。それに当てられたのか、アレンの心臓も暴走するようにドキドキと大きく、そして加速するように早く鼓動を重ねる。
「あ、アレン様!?」
抱きしめられたレムリアが耳まで真っ赤に染めながら、声色からも明らかな動揺を見せる。どんな表情をすればいいのか、どんな言葉をかけるべきなのか戸惑っていると、首筋に触れるアレンの手が震えていることに気がつく。
「ありがとうレムリア・・・・・・。どうか、どうかお前だけは俺の前から消えないでくれ」
「・・・・・・」
どこか弱々しく、何かに怯えているような言い方にすっかり動揺が冷めてしまう。
少しの沈黙が訪れた後、改めてレムリアがアレンのことを強く抱きしめる。
彼の体温が、彼の鼓動が、彼の心がより強く伝わる。いつもは逞しく、誰よりも強い存在であるはずなのに、こうして抱きしめると何だか幼い子供のような気がしてきていた。
「大丈夫です。私は絶対に離れたりしませんから・・・・・・」
吐息を吹きかけるように耳元で囁く。それはとても艶やかで、それでいてとても愛情に満ちあふれた声だった。




