独りは嫌だ
普通の町よりも一回りも二回りも大きいリーセントは毎日、多くの旅人で賑わう。様々な出店が並ぶ大通り、安くてサービスの良い宿。
にぎやかで、それでいて笑顔の絶えないところはまさに理想の町と称して否定する者はいないだろう。
しかし、表通りから離れた裏通りへ行くとその雰囲気は一変する。
大勢の人も、多くの出店も、サービスの良い宿もない。
薄暗いに道にガラの悪い人間。出店はあっても金にしか興味のない最悪な店主しかいない。
そんな場所……いや、そんな場所だからこそアレンは身をひそめるのに好都合だと考えた。
「部屋を借りたい」
「あー?」
裏の奥の奥のそのまた奥にまである小さくて小汚い宿。中に入ると不機嫌そうな店主が鋭い目つきでアレンのことを睨む。
「一人銀貨1枚だ」
「……」
銀貨1枚。それがこの小さくて、小汚い宿に一泊する値段。
銀貨は銅貨10枚分と同じ価値があり、表通りにある外観が整っていてもっとサービスの良い宿の平均は銅貨3枚ほど。
つまりこの宿は表通りに構える店の3倍以上の金をとるということだ。
「どうした?払えねえならさっさと消え……」
虫を追っ払うかのようにあしらおうとする店主の言葉が急に止まる。それはアレンが懐から取り出した金貨を受け付けの机に置いたタイミングと同じだった。
パチパチと何度も瞬きをして、目が赤くなるほど擦って見直すがそれは間違いなく金貨だった。
そして少し声のトーンを落とした目を合わせずに言う。
「つりはいらないからこれ以上、客を入れないでくれ」
そう言い残し、さっさと部屋のある方向へと進む。受付の店主はアレンが去った後すぐに金貨に飛びつき、涎を垂らしながら金貨を見つめる。
「あーお客さん!部屋にベッドは二つありませんからねー!!」
大声で注意するがその瞳はアレンではなく金貨を映していた。
「……」
そんな声に言葉を返すことはなく、立て付けの悪いドアを開けて部屋の中に入る。
「まあ……野宿よりはましか」
そう言葉を零すアレンの言う通り、部屋はお粗末なものであった。店主の言った通り一つしかなベッド。それも、大人が寝れば体がはみ出してしまうほど小さい。
部屋の隅には誇りがたまっていて、天井には蜘蛛の巣が張っていた。
一歩足を踏み入れるとギシギシと嫌な音を立て、少しばかり下に沈む。それでも何とか慎重に進んでいき、レムリアを優しくベッドに寝かせる。
「取り合えず薬を塗っておくか……」
薬草と言われている草をすり潰し、それを水で溶いたものである。品質のランクは元となる薬草によって変わってくるが、塗るとの塗らないのでは傷の治りの早さが雲泥の差である。
「うっ!?」
薬をつけた手で痛々しい傷口を撫でると体を飛び跳ねさせながら必死に抵抗する素振りを見せる。
「痛むと思うけど……我慢してくれ」
抵抗されても、どんなに苦しいことだとしても薬を塗ることをやめなかった。そして、目立つ傷全てに薬を塗り終えると安定した寝息をしながら眠りにつき始めていた。
薬が効いていたのか、時間が経ったことで痛みが引いてきたのかは微妙なところではあるが、とりあえず安堵の息をはく。
「……」
黙ってレムリアを見つめるアレンの頭には先ほど言われた言葉が離れなかった。
――“この覚悟が本物だと信じたかった”
「……一緒に居てくれるなら覚悟何て要らないのに」
眠るレムリアにアレンが小さく囁いた言葉だった―――――
◆◆◆
―――月が闇夜を照らす時間、リーセントの裏通りはさらにその無気味さを増す。
表通りで酒に酔った人間が誤って裏通りに入り、半殺しにされるという事件はありふれた話であった。
そんな裏通りの奥の奥のさらに奥にある宿。
その一室のベッドで眠っていたレムリアがようやく目を覚ます。
「……あれ?私、何をしていたんだっけ」
汚れた窓から月明かりが差し込み、視界には蜘蛛の巣が目立つ天井の景色が映っていた。ゆっくりと体を起こすと、腕に包帯が巻かれていることに気が付く。
包帯とは極めて高価なもので、その日暮らしをしている旅人が簡単に手に入れることができない代物の一つであった。
そんな包帯が自分の体にしっかりと、丁寧に巻き付けられている。
「気が付いたか?」
部屋から出ていたアレンが戻ってきて、ドアの壁に寄りかかりながら声をかける。
「ア、アレン様……もしかして、アレン様がこの包帯を?」
治療がされている腕を差し出すと、「そうだ」軽い返事をしながら部屋に入ってベッドの近くに置いてあるお粗末なイスに腰掛ける。
ミシミシと嫌な音を立てながら何とかアレンの体重に耐えるイスはいつ壊れてもおかしくはなかったが、そんなことに気を取られることはなくレムリアことをジッと見つめる。
「……ダメだ。いざ言おうとするとうまく言葉がまとまらない」
何度も口を開いては閉じて繰り返していたアレンがうなりながら言葉を零す。
少しの間沈黙の時間が訪れる。そして、アレンが再び顔をあげると
「……レムリアと会った時、正直俺は嘘かと思ったんだ」
「えっ?」
「今までどんな村に行っても、どんな町に行っても、このメルドから抜け出さない限り剣聖のことを良く言う人間はどこにもいなかったからな。だから……レムリアのことを信じてやれなかったんだ」
謝るようにして頭を深く下げる。だが、話はこれでは終わりではなかった。
「……けど、この短い時間の中で分かった。レムリアは本当に俺の味方だっていうことが」
口調がどんどん強くなり、声も大きくなっていたアレンはいつしかイスから立ち上がっていた。
「この町で、この国で、この世界で俺のことを信じてくれているのはレムリアだけなんだ。
だからそんな覚悟なんてものは要らない……。俺のために無理をしないでほしい。ただ隣にいてくれるだけでいいんだ。
どんなに疎まれてもいい、どんなに嫌われてもいい……でも、本当の『独り』にはなりたくないんだ」
―――だから、覚悟なんて持っていなくていいから傍にいて欲しい。
そう言葉を続けたアレンの瞳から大粒の涙がポロポロと溢れていた。それが移されたのか、レムリアも大粒の涙を零す。
「こんな私でもいいのですか?」
「レムリアでいいんだ……。レムリアじゃないと意味が無い」
今、二人は初めて出会ったのかもしれない。互いに信頼をし合い、本当の想いを告げる。
こうして物語はさらに加速していく―――――――――――――




