実家に行こう
さて、ウチの両親への挨拶も終わり、いよいよ、たっくんの実家へ行かねばならぬ。あたしは、心を決めてるのに、たっくんは、中々、実家に連絡をしようとしない。
「やっぱり、ウチへ行くのはやめて、電話で挨拶するとかじゃ駄目?」
言い出す始末。業を煮やしたあたしは
「じゃあ、たっくんは、あたしが来なくても良いって言ったら、ウチに挨拶に来なかったの!」
「えっ?それは、無いよ。それに、未来ちゃんの家は近いし、すぐ行けるだろ。僕の家は、ここから、新幹線で二時間ぐらい?かかるし、更に在来線に乗って一時間以上?かかるんだよ。一日じゃ帰って来れないし…」
(こっちに来てから、一度も帰ってないな)
「距離なんか関係ないし!会った事もない人達と義理とは言え、家族になるのよ。たっくんは良くてもあたしは、やだよー」
「うっ」
実家に行きたくない、いや、実家の両親と妹の葉月さんとの関係は、良好だ。
ズバリ、地元に帰りたくない。その気持ちは痛い程に分かるし、あたしだって、そんな挨拶は、緊張するし出来ればパスしたい。でも、それで、なし崩しにして機会を逃したら駄目な気がした。
「何かあった時、どうすんの?いきなり、拓也さんの嫁ですがって挨拶するの!」
あたしが譲らない事を分かっているたっくんは、さすがに諦めた。
「電話する…」
「今よ今!」
「うん」
「あたしは、あっちに行ってるから」
強引すぎて少し悪いと思った、あたしは、トイレの前で座って、たっくんが、来るのを待った。暫くして
「決まったよ、こっちにおいでよ」
「ほんと!うん」
立ち上がり、リビングに戻った。
「いつ?」
「来週の土日なら、家族全員いるって」
「じゃ、来週ね」
「未来ちゃん、バイトは大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫!」
「そっか…」
なんだか可哀想だけど、ここで、同情して、有耶無耶にしたくない。
「じゃあ!準備しなくちゃね!」
「準備?まだ、早いよ。十日もある」
「いいえ、やる事があるの」
「やる事?」
「あたしの事を、呼び捨てにするのよ」
「え?呼び捨てって、未来ちゃんを?」
「そうよ、たっくんの実家に行っても、『未来ちゃん』では、おかしいでしょ?」
「おかしいって…」
「だって、あたしは、たっくんより、年下で、しかも妻になるのよ。『ちゃん』づけでは、変だよ」
「そうかな?」
「そうだよー!あたしが、めっちゃ上からみたいじゃん」←実際そうだが
「だから、たっくんは、あたしの事を「未来」って呼び捨てにするのよ!」
「えー、突然、言われても…」
「だから、今から準備って、言ってるのよ」
実は、兼ねてからあたしは、たっくんに
『未来』
と呼び捨てされたかった。が、キッカケがなく、なかなか言えなかった。これを逃すチャンスはない!
「今、現在から、あたしの事は『みらい』って呼び捨てね!ほれほれ、呼んでみ」
戸惑いながらも、たっくんが口を開く
「みみみみみみらい………」
みが多すぎね?
「ちゃん」
ガクン。
「もう、初っ端からダメじゃん。特訓よ。未来って、何度も繰り返すのよ。したらば自然に身につくから」
「うん」
「じゃ、初め!」
「みらいみらいみらいみらいみらい…」
(いいぞ、いいぞ、そのまま頑張って!)
「あたし、コーヒーを入れてくる」
頑張る、たっくんの為に立ち上がる。
「ありがとう、未来ちゃん」
ガクッ!
そんな、調子で気を抜くと、すぐ「ちゃん」づけするので、結構、時間がかかった。
しかし、そのお陰か、あたしは、
「義両親になる人に挨拶」
たっくんは
「地元に帰る」
大きなヤマを多少なりとも、誤魔化す事ができた。
あっという間に、帰省の日になった。
たっくんは、すんなりと
『未来』
と呼べるようになっていた。
(カンペキね!)
決行日は金曜日の昼に出かけ、夜に着くように、たっくんは新幹線のチケットを取った。
『夜』
これは、たっくんは、譲れないらしい。特に反対する理由もないので、同意して、あたしは、あたしで、ちゃんと宿泊の準備やらして、たっくんのマンションで合流して、出かけた。
しかし、会うなり、たっくんの暗さが半端ない。出会った頃も、相当、暗かったが比では無い。暗さを通り越して、もう黒い。そう黒い塊の物体と化していた。
「大丈夫?」
声をかけると
「うん、大丈夫だよ」
作り笑いが更に痛々しい。新幹線の中でも、たまにポツリと話すだけ
(今は、何を言ってもダメだろうな…。あー早く終わらせたい)
励ます言葉も見つからず、新幹線は、最寄りの駅に着こうとすると、たっくんは、いきなり、黒いサングラスをした。そして、駅に着くと足早に、タクシー乗り場に行く
「結構、遠いんでしょ?タクシー代かかるよ」
「いいんだ、大丈夫」
タクシーに乗り、実家に近くなればなるほど、暗さは加速し、既にブラックホールのようだ。そして、そろそろ到着する様で
「母さん、もうすぐ着くから」
短い電話をすると
「ほんとー!嬉しいわ!待ってるからねー!」
爆発する様な明るい声が聞こえて来た。その声に、何だかホッとした、あたしだった。
タクシーは、家の前に着き降りると、家族が全員外で待っていた。
「おかえり〜拓也」
「お兄ちゃん!めちゃ変わった!」
「ほんとだ、こりゃびっくりだな」
口々に、そう言う家族をよそに
「とにかく、中へ入ろう!」
避難所のように、たっくんは、家の中へ入り、靴を脱ぐと、いきなり、廊下を歩き始めた。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!そっちは!二階よ」
「あっ!」
気づいたのか、また戻ってきた。
「あーもー、びっくりした!すぐ、部屋に籠ろうとする癖が治ってないのか!」
妹の葉月さんが、声を張り上げる。
「まったくだ!こんなに変わって、嫁さんまで連れてきたってのに!」
お父さんが、呆れる。
「まあまあ、もう、いいでしょ。せっかく帰ってきたんだから、早く居間に行きましょ」
お母さんが促す。
少し落ち着いた、たっくんは、
「はぁ〜」
とため息を漏らし
「未来、ごめん」
あたしを見た。
「いっ…。いいよあたしも、経験者(引きこもり)だし」
そして居間に入り、勧められたソファに座った。前に、たっくん父、母、妹の葉月さん。既にお茶やら、茶菓子が出ていて、お茶をついでもらった。
「彼女が、未来さん」
紹介してもらい、あたしは
「どうぞ、よろしくお願いします」
頭を深く下げた。
「じゃ、帰ろうか」
「はっ?」
「え?」
「へっ?」
「いやいや、今来たとこじゃないか、お茶も飲んで無いし、と言うか今日は、泊まってくんだろ」
父が止める。
「そうよぉ、ろくに話しもしてないじゃない!」
母がイカる。
「未来さんが、可哀想じゃない!」
色々、言われ、少し冷静になった、たっくんは、
「ああ…」
また、座った。
(とにかく、この禁区から出たいんだな)
流石に、あたしも呆れた。
「ゆっくりしてって、ご飯は?」
「あっ新幹線の中で、食べてきました」
「じゃあ、大丈夫そうね。今日は、疲れたでしょ?拓也も、あの調子だし、寝ましょうか?まだ、結婚前だから、拓也は元の部屋で、未来さんには、客間に布団を敷いておいたから」
「ありがとうございます」
何だか、慌ただしく、挨拶してしまい、スッキリしない気持ちで、布団に入った。しかし、前日から、寝てなかった、あたしは、思考が飛んで、瞬時に寝落ちしていた。




