中編
翌朝。
スパイルは悩んでいた。
(消化に良い物……うーん……)
冷蔵庫を開けてもパントリーを開けても、そういう物は無い。買っていないのだから当然だ。
そこへニクスが起きてきた。すたすたとリビングを横切り、キッチンに置かれているパンを無造作に食べ始める。
「え、おい」
スパイルが困惑して声をかけると、ニクスは振り向いた。パンを飲み込み、明るく笑いかけてくる。もう大丈夫だと主張するように。
(やっぱり良い子すぎるぜ……)
思わず苦笑してしまう。
様子を見ていると、ニクスはすたすたとドアのもとに行き、外に出ようとした。
「待て待て」
即座に呼び止めた。まだ一人で外に出すのは危険だ。
ニクスは不思議そうに振り向き、目を瞬かせている。「これ以上、迷惑をかける訳にはいかない」と言いたげだ。
(何か、逆に心配だな。大人びすぎてるっつうか)
スパイルは嘆息し、ラトゥール剣を2本出した。内1本をニクスに渡し、
「来い」
と言って庭へ行く。
剣を合わせれば、意思疎通できるのではないかと思ったのだ。
ニクスは不思議そうな顔でついてくる。
庭に出た2人は、ラトゥール剣を構えて対峙した。
互いに睨み合い……同時に飛び出す。ぶつかり合ったラトゥール剣が軋みを上げた。
(気ぃ遣う必要なんて無ぇぞ! お前はどうしたいんだ! 一刻も早くここから出て行きたいのか⁉)
思いを込めて踏み込むと、ニクスが驚いた顔で後ろに跳んだ。
更に踏み込む。ニクスは身を屈めて前進、その勢いのまま斬り上げてきた。
出て行きたい訳じゃない、と。
(なら、ここにいろ!)
ニクスの攻撃を防ぎながら、受け流しながら、……次第に剣へ集中していく。
意思疎通など、どうでもよくなっていた。楽しい。剣をぶつけ合うのが、楽しい。
それはスパイル自身の感情でもあり、剣から伝わってくるニクスの感情でもあった。
何合もの打ち合いの後……剣を突き付けられたのは、スパイルだった。
スパイルは尻餅をついた状態で、ニクスを呆然と見上げる。首に当たりそうな所で止められているラトゥール剣が、陽光を受けて煌めいた。
(こいつ、こんなに強かったのか……)
オスク洞窟で勝てたのは、ニクスが消耗していたからに過ぎなかったのだ。
「面白ぇ、もう一回だ!」
新たにラトゥール剣を2本出す。子供相手にムキになるのもどうかと思ったが、ニクスは楽しそうに応じてくれた。
2人は昼まで剣戟に興じていた。
序盤こそニクスがずっと勝っていたが、途中からスパイルも勝てるようになっていった。
スパイルは、なまっていただけだったのだ。人と剣を交えるなど10年以上ぶりだったのだから。
終盤ではほとんど互角。この調子なら、近々勝ち越せるかもしれない。
ニクスは目で「腹減った」と訴えてくる。
「そりゃ良かった」
消化の心配はしなくて良さそうだ。
昼食の準備をしながら、スパイルは考える。
(レトルト食品の場所と電子レンジの使い方を教えれば、自分で用意できるようになるか……?)
ニクスに付きっ切りという訳にはいかない。魔物討伐に行けば、食事は外で済ますことも多い。
言葉の通じない状態で教えるのは難しいが、案外ジェスチャーで通じているので、この件も伝わるだろう。
そういう訳で昼食後、スパイルはニクスに電子レンジの使い方を教え始めた。
コップに水を入れ、電子レンジの中に入れる。
「で、このボタンを押せばスタートだ。分かったか? よし、やってみろ」
そう言って離れると、ニクスは頷き、電子レンジの前に立つ。人差し指がそっとボタンに触れた。
ピッ
ジジジ……
ドカン!
爆発した。
電子レンジが、爆発した。
「…………は?」
ぽかんとしながら呟いたスパイルに、ニクスが申し訳なさそうな目を向ける。「ボタンの押し方を間違えた」と言いたげな顔をしていた。
(何をどう間違えたら爆発するんだ⁉ 訳分かんねぇ!)
とはいえ、実際に爆発しているのだから仕方がない。爆発の規模はごく小さく、電子レンジの破片が飛び散った以外の被害は、それを置いていた台が少し焦げた程度だ。
「……新しいの買ってくるから、待ってろ」
そう言って、スパイルは家を出た。
買い物を済ませて家に帰ったスパイルは、驚いた。木っ端みじんになった電子レンジが、きれいさっぱり消えていたのだ。
「片付けてくれたのか?」
尋ねると、ニクスは頷く。
(……あれ、言葉通じてるっぽいな?)
少し理解できるようになったのかもしれない。嬉しく思いながら、新しい電子レンジを設置した。また爆発しても良いように、安物だ。
先ほどと同じように、水の入ったコップを入れる。
「もう1回試してみろ」
その言葉に反応し、ニクスは電子レンジに近付く。温めスタートのボタンを押そうとして、止まった。そして、少し考えるような素振りを見せ……意を決したようにボタンを押した。
電子レンジが作動する。しばらくして、温め完了を知らせる電子音が鳴った。
「よし。じゃあ、次は……」
他の機能も説明し、実際にさせてみたが、爆発することは無かった。
どうやらニクスは、電子レンジを爆発させずに使う感覚を掴めたようだ。
(いや、どんな感覚だよ)
苦笑しながら、教えられそうなことを教えているうちに、夜になった。
夕食後、ニクスは風呂場へ向かっていく。
その間に後片付けをしようと思っていると、ニクスが戻って来た。その間、1分たらず。
「……⁉ カラスの行水ってレベルじゃねぇぞ⁉ どんな入り方したんだ⁉」
ニクスは首を傾げ、手招きした。「見に来れば良い」とでも言うように。
そうして風呂場に入ったニクスは、何かをぼそりと呟いた。すると。
バッシャーン
ニクスの上から水が勢いよく降りかかる。直後、ふわりと熱風が巻き起こり、瞬く間に水分を飛ばしていった。
スパイルは呆気にとられた。
「………………そう来たか」
これは魔術というものだろう。シャワーの使い方は分からないのかもしれない。
「えっとな、これをこうして……こうすると、出てくるから、次からこれ使えよ」
シャワーヘッドを足元に向けて湯を出して見せると、ニクスはそれを興味深そうに見ながら頷いた。
「あと、体はタオルで拭くもんだ。それから、ドライヤー……は別に使わなくても良いけど」
風呂場から出てすぐの洗面所で、色々教える。ニクスは全ての説明をしっかり聞いて理解してくれた。
午後11時。スパイルはリビングで新聞を読んでいた。
そろそろ寝ようかと思っていた時、先に寝ていたはずのニクスが下りてきた。きょろきょろと視線を彷徨わせ、雑巾を見つけると持って上がろうとする。
「おい?」
声をかけると、ニクスは気まずそうな顔で振り向いた。
(……また吐いたのか?)
一緒に部屋に行ってみると、やはりそうだった。昨日と違って胃液だけのようだ。
(消化不良になってねぇのは良いとして……何で吐くんだ? この部屋が原因か?)
置いていた物の中に、異世界人に合わない物質でも含まれていたのだろうか。
「部屋、交換するか?」
聞いてみたが、ニクスは首を振り、そのままベッドに潜り込んだ。




