後日談(3)
テーブルを片付けた後、スパイルはトランプをシャッフルして配り始めた。ニクスはテーブルに顔を伏せ、時々唸り声を上げたり、足をバタバタ動かしたりしている。
「水だけじゃ、お口直しにならないよね……」
メルシャは苦笑しつつ、同情するように言った。
「うぅ……メルシャからもスパイルに言ってくれよ……入れるなら、もうちょっとマシなモン入れろって……」
「言ったら悪化したんだよね」
「そうだった……くそ……あぁぁぁ、口が崩壊する……」
そんなニクスの様子をおかしそうに眺めながら、鋭斗は配られたカードを確認して並び替えた。
スパイルはカードを配り終えた後、席を立って、何かカップのようなものを1つ持って戻ってきた。ニクスを小突きながら、にやにや笑う。
「大げさだなぁ」
「……」
ニクスは無言で手を出す。スパイルが持ってきたものを受け取ろうとするような動作だ。
「おっと、タダではやれねぇ」
「…………後で話すから、早く」
「しょうがねぇなあ」
スパイルは、持ってきたカップをニクスの手に持たせた。
そのカップにはアイスクリームが入っており、小さなスプーンが突き刺さっている。プディングで「当たり」を引いてしまった人の口直しのために用意していたものだ。
早く出せば良いものを、スパイルはニクスのリアクションを面白がって、出し渋っていたのだ。
ニクスは物凄い勢いでアイスを平らげた。
「ふぅっ」
ようやくひと心地つき、カードを確認。
「よし、始めるぞ」
スパイルの言葉と共に、ババ抜きが始まった。
他にもいくつかのトランプゲームをし、5人で大いに盛り上がった。
もうすぐ年が明ける。トランプを片付け、スパイルはテーブルにコップを並べた。
「各自、自由に注いで乾杯の準備な」
ボトルに入った果実酒やお茶やジュースを冷蔵庫から出して、テーブルに置いていく。
「おい美恵莉、しれっと酒飲もうとするな」
「……ダメ?」
上目遣いをしてくる美恵莉。鋭斗はニクスに目で尋ねる。
「法律上は20歳からだが、保護者の許可があれば飲んで良いらしい」
その答えを聞いて、鋭斗は考えた。自分も両親も酒は強い。遺伝的に、美恵莉も強いはずだ。だから大丈夫だろう、と。
「許可してやるから俺のもいれろ」
「はいはい」
美恵莉は苦笑しつつ、鋭斗のコップにも果実酒を注いだ。
全員が飲み物を注ぎ終わり、コップを手に持って立った。スパイルが鋭斗と美恵莉に説明する。
「10秒前からカウントダウンして、年が明けたら、今年もいい年でありますようにって言って乾杯して飲むんだ」
スパイルの横ではニクスが懐中時計を取り出して見ている。部屋の時計より秒針が見やすいのだ。そして
「20秒前」
と言った。スパイルが懐中時計を覗き込む。
「……10秒前。9、8」
ニクスとスパイルが同時に言い始め、他の3人も一緒にカウントダウンを始めた。
「7、6、5」
鋭斗と美恵莉は、間違って「あけおめ」などと言ってしまわないように気を張る。
「4、3、2、1! 今年もいい年でありますように!」
5人の声が綺麗に重なった。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
口々に言い、コップの中身を飲み干す。
その後も喋りながら追加で注いで飲んだりしていた5人だが、メルシャがあくびをしたことで「そろそろ寝よう」ということになった。
寝る場所は、メルシャはスパイルの部屋、美恵莉は現在空き部屋となっている部屋、男3人はここ——リビングの椅子。
メルシャと美恵莉が部屋へ入ったのを確認し、スパイルはニクスへ問いを投げかけた。
「で、何してたんだ?」
「異世界人と殺し合いになった。因縁のある相手でな……」
苦笑しながら、ニクスは語った。フォスティーエルがどんな人で、何をしたか。どれだけ強い相手だったか。
それを聞いたスパイルは、渋面を浮かべる。
「お前のいた世界、やべぇヤツ多すぎねぇか?」
「……単に、来てる人数が多いからってだけな気もするけどな」
隣からは寝息が聞こえる。鋭斗のものだ。酒を飲み過ぎたのか疲れが溜まっていたのか、話の途中で机に突っ伏してしまった。
「……寝るか」
「そうだな」
鳥のさえずりに混じって、金属音が聞こえる。
鋭斗はゆっくり顔を上げ、窓を見た。体勢が悪かったせいで腕と腰が痛い。
金属音の正体は、思った通り剣戟の音だ。ニクスとスパイルがラトゥール剣をぶつけ合っている。速い。
踏み込むニクス、受け流すスパイル。ニクスがバランスを崩された。スパイルはラトゥール剣をニクスに突きつけ、ニヤリと笑う。
「まだまだだな?」
「よく言うぜ、五分五分じゃねぇか」
ニクスは不満そうに言った。対するスパイルは、からかうような笑みを浮かべる。
「五分五分? 7:3なのに?」
「……じゃあ、4:6でどうだ」
「いいや、7:3だ」
そんなことを言い合いながら、リビングに入る2人。
ニクスは鋭斗が起きているのを見るや否や、
「なあ聞いてくれよ、酷いんだぜ」
苦笑を浮かべて愚痴を言い始めた。
「スパイルが、去年より強くなってるんだ。もう歳なんだから、そろそろ頭打ちになってくれても良いと思わねぇか?」
「もう歳って酷ぇな、まだ40代だってのに」
「俺が前より強くなっても、スパイルも強くなるんじゃ一向に追いつけねぇだろ。せめて剣では勝っていたいのにな」
「聞けよ」
スパイルは拗ねたような表情でニクスを小突いた。
話を聞いていた鋭斗は、スパイルの様子に、声を漏らして笑った。笑いだしたら止まらなくなった。
ニクスとスパイルは顔を見合わせ、してやったり、というような笑みを浮かべた。
1月1日、午前8時。
5人ともリビングに集まり、朝食を終えたところである。
「よし、行くぞ」
通信機を触っていたスパイルが言って、立ち上がった。鋭斗と美恵莉は目を瞬かせる。
ゆっくり過ごすのではなかったのか。
「魔物討伐勝負だよ。討伐完了までの速さと格好良さを競うの。毎年、お父さんとニクスお兄ちゃんが勝負して、メルシャが審査員なんだよ」
メルシャが説明した。ニクスが話を引き継ぐ。
「今年はミエリも審査に加わってもらうぜ。エイトは……俺と組むか?」
「え、それ有り?」
2対1になるが、良いのだろうか。鋭斗が戸惑っていると、
「良いぜ、まとめてかかってこい!」
スパイルが笑って言った。
「という訳で始まりました、魔物討伐勝負! 解説は私、美恵莉がお送りします!」
ノリノリでそんなことを言う美恵莉を、鋭斗は呆れたような目で見た。どうせ、何をしているのか分からずに解説できないのがオチだ。
スパイルの個人用討伐依頼の中から、手ごろな——ボーナス3万くらいの魔物が2体いる場所を選んで、その近くまでやって来たところである。メルシャはストップウォッチを手に持っている。
ここに来るまでの間に、鋭斗とニクスは作戦を話し合っていた。
競う項目の1つである「格好良さ」は、完全に審査員の主観だ。審査員の1人が美恵莉であることを、利用しない手は無い。
美恵莉がどのような動きを格好良いと感じるか、鋭斗はよく知っているのだ。
「では、まずはスパイルさんから! 3、2、1、スタート!」
美恵莉が元気よく言った。
この勝負は、魔物発見までの時間も討伐時間に加算される。スパイルが移動するのに合わせ、他の4人もついて行く。
「お、いたいた」
スパイルが魔物を発見。魔物の上から雷が、太く束なり降り注ぐ。
「えーっと、あれは……何をしているんでしょうか、解説のニクスさん!」
「雷を落とす魔法の同時発動だな。5……いや、6発同時だ」
「なるほどー! よく分かりませんね!」
美恵莉が馬鹿な実況をしている間に、魔法が次々撃ち込まれ、魔物は消滅した。ストップウォッチを止めたメルシャが微笑む。
「結果は後で発表するね。次はニクスお兄ちゃんとエイトさん。3、2、1、スタートっ」
駆け出すニクスに鋭斗はついて行く。ニクスは既に魔物の気配を察知し、場所を把握していた。
大木のような魔物だ。枝をしならせ攻撃してくる。
2人はタンッと逆方向に跳び、同時に魔法を放った。魔物が雷に焦がされ、痙攣する。
鋭斗の手には、いつの間にかラトゥール剣が握られていた。ニクスが出したものだ。
魔力がまとう。揺らめく炎。横なぎに振るう。
ごうっという音とともに、魔物は断面から燃え尽きていった。
「え、さっきの何? 何で燃えたの?」
美恵莉が首を傾げて言った。ラトゥール剣にまとわれていた炎が見えていなかったのだ。
ラトゥール剣は消えている。負荷に耐え切れず、すぐに壊れてしまった。
「魔法付与……⁉」
驚きの声を上げたのはスパイルだ。
「エイトが使ったのか⁉」
鋭斗はこくりと頷く。
その横で、ニクスはぽかんとしていた。作戦では、「ラトゥール剣を出してくれ」と頼まれただけで、魔法付与を使うとは思っていなかった。
「エイト……凄ぇやつだとは思ってたけど、そこまで出来るか……ああそうか、それで200体を超える魔物を倒し切れたのか……マジで凄ぇ……」
「……驚きすぎじゃないか? ニクスもやってただろ、もっと凄いやつ」
フィノーラの復讐に手を貸した時に、炎の大剣を形作っていた。鋭斗はそれも参考にして、魔法付与を使ったのだ。
「いや俺は、やたら時間かかるし集中いるしで実戦レベルじゃねぇから……」
「ニクスは魔力制御苦手だもんなぁ」
にやにやして口を挟んだスパイルを、ニクスは不満そうに睨む。
「苦手とかじゃねぇ」
自分の魔力との兼ね合いが難しいのだ。魔法を使う分にはまだ制御しやすいが、魔法付与となるとどうしてもキツい。
スパイルは笑いながら、思い出す。先日の、ぼーっとしていた鋭斗を。
あれは、魔法付与を使ったせいでもあったのだろう。
魔法付与は、体力を消耗する上、慣れていないと精神的に疲れる。使う時間が長ければ、その分疲れは増す。
「まあ、オレから見ると全然ダメだったな。魔力を集中させすぎだ。もっと、ぶわっと広げねぇと。だからすぐにラトゥール剣が壊れるんだ。その割に威力も弱ぇし」
「お父さん、負け惜しみを言うには早いよ。まだ勝負の結果を発表していないんだから」
メルシャが苦笑して言った。スパイルは渋面を浮かべる。
「負け惜しみじゃなくて、元騎士としての……」
「タイムはほぼ同じだけれど、お父さんの方が2秒速いよ。格好良さは……ミエリ、どう思う?」
「兄さんが剣振ったところが最高だった」
「……この勝負で魔法付与を使うのは、ちょっとずるい気がするし……引き分けで良いかな」
微笑んで言うメルシャに、スパイルとニクスが抗議する。
「ちゃんと勝敗つけねぇと、罰ゲーム出来ねぇだろうが」
「そうだ、いつも俺が罰ゲーム受けてるんだから、今年くらいスパイルに!」
わいわい言いながら、5人はショッピングセンターへ行った。初売りセールや福袋など、賑わいを見せている。
買い物をしたり、食事をしたり、ゲーセンで遊んだりして、5人は元日を楽しんだのであった。
第三部 完




